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3) 生きなおしとしてのセルフケアとは何か

 「セルフケア」は、疲れたりバランスを崩している自分を、自分の力で回復させることだけでなく、他者の痛みに共感し、寄りそうことのできる傷つきやすさをもったまま、「自己を育む」という観点からも捉えることができると考えたが、このような点について「生きなおしとしてのセルフケア」というキーワードで議論をしてきた。
 ここで言う「生きなおし」とは、それまでの自分の生き方を、良くない生き方だとして改めるということではない。生きなおしというのは、他者の苦しみを一緒に引き受けて、一緒に泣く、そして、そこからそれぞれが、それまでの生き方や価値観を変えて、生きなおしが始まっていくという意味である。つまり、人の苦しみに出会って、自分の存在の新しい気づきが始まって、生き直しの物語が自分の中に始まっていくと言える。
 障害のある子をもつAさんが語ってくれた次のような事柄も、生きなおしの一つであると言える。
 
 自分の娘に障害があるとわかって、それを受け入れる段階で、「これまで私が教えられてきたことは全部間違っていた」ということに、初めて気づいた。人間はなるべく他人の世話にならずに自立して生きていく方が良い生き方であるとか、五体満足で生まれてくることが幸せなことだとか、人の役に立ち経済的な活動に貢献することでその人の価値が決まるとか、そういうことが、ぜんぶ間違いであると気づいた。それからは自分自身がずいぶん変わった。変わらないで生きていく親もいるけど、でも、それでは自分がみじめになる。私は、それが間違いだと気づいたことで、ずいぶん世界が拡がったと思う。(調査の記録より)
 
 また、病を得ることで、自己変容を経験したと言う人もいる。Bさんは、30代の女性で、アナウンサーとして活躍していたが、数年前に乳がんを患った。
 
 私が一番辛かったとき、夫もそばにいてくれない、何もかもなくして、そういうなかでも、「そうか、みんなそれぞれ違うんだ」と思える経験があった。
 みんなそれぞれ違うということを受け入れると、「すべてがOK」になってきた。そうすると、私の周りにあったカーテンがすーっと開いた。本当にカーテンが開いたという感じがした。カーテンが開くと、実は、私は一人だと思っていたけれど、本当にたくさんの眼差しがこちらに差し伸べられていることに気づくことができた。(調査の記録より)
 
 「生きなおし」とは、苦悩や哀しみを取り除いて、具体的に解決していくことではない。苦悩や哀しみに揺さぶられる自分を受け入れ、それらと何度も何度も折り合いをつけていく作業であると言える。








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