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2) セルフケアへの着目

 以上のような観点でプログラム開発をするにあたって、私たちが着目したのは第一に「セルフケア」の重要性であった。
 「セルフケア」とは、自分で自分をケアしていくことであるが、私たちの調査のなかでも、「介護疲れを誰かに癒してほしい」という声とともに、「自分自身の力を高めることで、良い状態でケアできるようになっていきたい」という声が多く聞かれた。
 ケアに関わる人は、ケアの必要な人を前にして自分自身の価値観や生き方が大きく揺さぶられる経験をする。ケアする相手に誠実に向き合い、理解しようとすればするほど、大切に思えば思うほど、そこで感じる喜びや苦悩はひととおりではない。「セルフケア」とは、このような苦悩を他の誰かが取り除くことではない。絶え間なく揺さぶられることで疲れ切った心と身体を、他の誰かに頼って回復させることは、根本的な解決とはならず、自分の力で生きていくことをむしろ不安にさせる。
 「セルフケア」とは、何かの原因で充分に力を発揮できなくなっている「ケアする人」が、ふたたび自分の力で歩き始め、本来もっている力を最大限に発揮できるようになることである。そして、この「セルフケア」ができるために必要なのが、他者が見守ったり、配慮・気づかいをし、寄りそう「ケア」である。
 私たちの研究委員会では、「セルフケア」とは何かについて、さらに多面的に議論をするために、10月に東京で開催した「ケアする人のケア」研究集会「ケアを介した魂の交流」(詳細は後述)において、「私のセルフケアは、・・・だったらいいなあ」というキーワードでディスカッションをする場をもった。
 その結果の一部は次のとおりである。
 
・日常生活(仕事)から離れることができる時間と空間
・自分が弱みを見せても許される時間と空間
・24時間いつでもちょっとした事を話すことができるという人
・仕事から逃れられる場所があること。
・ベテラン経験してもアドバイスをうける。
(詳細は別紙参照)
 
 これらの結果から、セルフケアのために有効なことは、大きく分けて二つあると言える。一つは、同僚や家族、友人など、話をしたり愚痴をきいたり、話し合いができるような他者の存在によって、自分で自分を回復させるきっかけにできるということである。ケアする人が、癒され、力を発揮していけるためには、自分でその力を取り戻すことが必要であるが、そのためには、それを見守る他者の存在が重層的に存在していることが非常に重要になる。
 そして、もう一つは、日常の業務から離れる時間や空間があることで、ふたたび自己をたてなおすことができるという点である。ケアする人は、他者と対時したり、寄りそったりする中で、哀しみや辛さなどを自分のこととして引き受けることも少なくない。そして、自らの内面に、人間としての弱さを持っているからこそ、他者の苦悩に共感できると言える。しかし、ケアする人は、「他者を援助する」立場であることから、「明るく、強く、いつも元気な」状態が周囲から期待されており、ケアする人自らも、そのような役割を果たすように振る舞いがちである。ケアする人は、そのような役割から一旦距離をおくことで、自分を取り戻し、ふたたび他者の苦悩を引き受けながら自分を育んでいくことができると言える。
 私たちは、「セルフケア」を、傷つき弱くなった自己をもう一度回復させるという意味合いだけでなく、傷つきやすさをもったまま、挫折と試行錯誤を繰り返していくことを含めて捉えていきたいと考えている。








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