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解剖学実習を終えて
 有光 竜樹
 平成十二年の後期、十月から私達の解剖実習が始まりました。解剖実習はすべての医学生が経験します。専門が医学と関係ない外部の人達も医学部では解剖が行われているということは知っていることであり、私も大学に入る前から医学の道を進むことになれば、いずれ解剖を経験するのであろうということは強く意識していました。そしてそれは大きな不安を抱かせるものでもありました。それまでの実生活において遺体を目のあたりにすることは、身内の葬式に行った時だけでした。それ故、自分が本当の人間の遺体を前にし、それにメスを入れるということに対し非現実的なイメージしか描けなかったのです。
 実習は黙の後、荘厳な空気の漂う中で始まりました。最初はご遺体を前にした緊張と、実習の手順の勝手が分からないことから、実習室を出て家路につく頃には毎日ぐったりと疲れ果てていました。しかし、実習が進むにつれて、月並みな表現ではありますが、人体の仕組みの巧妙さとその神秘に少しずつ触れていくことができ、驚き、感心することしきりでした。
 そしてもう一つ、実習を始めるにあたって知ったことは、献体して下さる人々の存在でした。実習のご遺体は、模型でも人形でもない、血の通った、そして今まで生きてきた歴史を持った人達なのです。そういった人生の先達の人々が、生前に私達学生のために、医学の研鑽のために自らの体を捧げようと決意して下さったことを思う時、私達は感謝の念を感じずにはいられません。この人々の意志に報いるべく、自分が医学生である自覚を深め、日々の勉学に励んでいきたいと思います。








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