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解剖学実習を終えて
 小芝 泰
 二月二日、私たちは解剖学実習の全ての課程を終えました。終わりにあたって、これほど感慨を覚える授業は経験したことがありません。思えば昨年の十月、実習を始める前には、人体の構造についての一般常識を超えてほとんど何一つ知ることのなかった私たちが、人の身体の専門家としての医師への第一歩を踏み出したのだと実感しています。
 率直に言えば、実習が始まる前にはとても気が重く感じていました。ご遺体を自分の手で切り開く、という全くはじめての体験に不安と緊張を感じていました。そこで、最初の実習を前にして、患者さんの生命と身体を預かる医師を志す以上、何としても十分な知識と技量をもった医師になる、という気持ちと、医学教育のためにご遺体を捧げてくださった方がいるのだ、ということをなかば意識的に自分に言い聞かせました。
 実習が進むにつれて、ご遺体に接する緊張感が薄れていくことに、驚かされました。実習が始まる前はどれほど平静に作業できるかということに不安を感じていたのに、終わりに近づくにつれて、作業に熱中しているときには、時折意識的にご遺体に接しているのだということを思い起こす必要がありました。人は慣れるものだな、と妙に感心をしました。私自身患者として、医師と一般の人との感覚の乖離を感じることがありますが、医師となった後の自分自身に警戒感を感じました。
 医学知識はもちろんですが、それにとどまらず、この実習を通して多くのことを学んだように思います。知識の定着はまだ不十分ですが、ご遺体を提供してくださった方のご遺志に背かぬように、この得難い経験から学べる限りのことを学ぼう、という気持ちを自分なりに持ち続けられたように思い、それをとてもうれしく思っています。ご遺体を提供したくださった方、および、そのご遺族の方々はもちろんのこと、精力的に素晴らしいご指導をしてくださった先生方など、多くの方のおかげで、とてもよい勉強ができました。末筆ながら、心から、お礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。








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