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解剖実習を終えて
 松下 紀子
 解剖実習が始まることをわかっていても、どういう様子なのかが想像できず、実習はいったいどんな世界なのかと思い、とても緊張した。最初の実習の時には自分が解剖をしっかりやれるのか不安だった。幼少時のとき以来、自分の身の回りで亡くなった人がいないので、遺体の様子など知らず、カバーをとった時は少なからずショックだった。このご遺体はかつては生きていたのだと思うと、お顔を直視することはできなかった。
 私は、もし自分自身が解剖される、もしくはその遺族だったら、やるべきことだけはしっかりやってもらわないといやだし、ぞんざいにあつかわれるのも耐えられないから、せめてこの後期の間だけはちゃんとした人でありたいと思っていたので、自分なりに必死にやった。でも、はじめのうちはご遺体に対して“ひと″という意識がすごく働いていたけれど、実習が進むにつれてだんだん“ひと″というよりは“もの″“作業対象″という感じになっていって、そう思わないと実習できなくて、どこかにわりきれないものを感じたし、今も感じる。慣れるにつれて、そう思うにつれて、やり方が少しずつ雑になったように思う。とくに、一回目の同定試験が終わったあとは、気が抜けた感もあった。が、顔面や頭部の解剖の初回はさすがに精神的に重かった。実習がある間はつねにどこかに疲労感がたまったような状態が続いた。でも、疲労感がとれなくても、食欲がなくなるとか、眠れなくなるとかいったことはなかったのがせめてもの救いだった。班の中でも自分のたくましさを感じた。自分のそういう部分は実習を進めるのには役立ったが、自分としては、どうかとも思った。
 この実習で、ほんとうに人体についてさまざまのことを学べたと思う。この貴重な経験を今後にいかしたい。献体してくださったかたに感謝します。ありがとうございました。








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