4. 貿易取引電子化促進の課題
4.1 貿易取引における銀行の役割と貿易取引電子化推進の銀行にとっての意義
貿易業務には取引が国境を跨ぎ、かつ遠隔地間で行われるという特性がある故、商取引当事者の間に何らかの仲介者が介在する場合が多くなりますが、銀行は物品の受け渡しと代金決済が確実に行われ取引が円滑に行われるよう、各種の保証や資金面の融通等も含めた仲介機能を果たしています。具体的には、輸出地における荷為替手形の買取や取立、輸入地における信用状発行、代金決済や付随する与信等の業務を行ってきています。従来、これらの業務は紙ベースのドキュメントを中心として行われて来ており、特に輸出地における信用状付の荷為替手形買取に際しては、荷主から持ち込まれたドキュメントに記載された事項の一つ一つが信用状条件と齟齬を来さないかどうかにつき目視によりチェックを行っています。そのような齟齬(一般に「ディスクレ」といいます)がないことを条件として輸入地側の銀行の保証が行われることもあり、労働集約的でありながらかなりリスクを伴う事務を日々行っています。また、顧客との対面業務を行う営業店とドキュメントチェック等の集中業務を行う事務処理センターとの間も紙ベースの受け渡しにより行われており、複数の関係者の間で何度も重複して確認、授受が繰り返されています。既に述べたとおり、銀行はこれらの旧態依然とした業務を多くの人的リソースを投入し、あたかも工場の大量生産ラインの如く行っているというのが現状です。
仮に貿易取引のドキュメントが電子化、標準化され、ネットワーク上で受け渡しできるようになれば、これらはどうなるのでしょうか。例えば、ドキュメントのチェックの自動化、データの二次利用(業務システムへの取り込み)、データの形でのドキュメント保管による検索の容易化等によって、事務の効率化とリスク削減が期待できるようになります。また事務処理のスピードの向上等により顧客に対しても迅速で品質の高いサービスが提供できると考えられます。
ただし、既往の事務処理ラインの他に別途電子化に対応する事務処理ラインを新たに設けるとなれば、一定の人員の投入とシステム投資が必要となるため、合理化効果もある程度の業務量が確保できないことには、費用対効果でマイナスになることもあり得ます。また実現できれば最も効果が高いと考えられるドキュメントの自動チェックにしても、データとして入力される信用状の条件が複雑であったり、或いは標準化の仕様が業界によって異なるといった事態が起こることも実取引においては起り得るため、容易に実現できると考えるのは早計かもしれません。さらに、船荷証券やインボイス、パッキングリスト等ドキュメントを当初作成する船会社や荷主が電子化に対応し、ドキュメントをデータとして銀行に送って来ない限り、銀行は自らの電子化を促進できないというジレンマもあります。貿易取引電子化普及のためのディストリビューターとして銀行に一定の役割はあるとも考えられますが、やはり荷主が電子化のメリットにつき明確に認識できる環境を今後如何に作っていくかが鍵になると思われます。
以上、適正に電子化が進み適当な業務量を確保することができれば銀行としても電子化のメリットがかなり享受できる点について簡単に述べましたが、実際に現在行われている取引がBolero等によって電子化された場合に影響を受ける銀行の実務面の取扱いや、その他普及の制約となる事項について、制度面、電子化の鍵を握る荷主等のインセンティブに係る問題、インフラ運営事業そのものに係る課題、に分けて次節で触れてみたいと思います。
4.2 銀行関連業務に係る課題
4.2.1 電子式船荷証券の担保的機能
例えばBoleroが採用しているBolero B/Lというスキームは、紙ベースの船荷証券の持つ機能を電子的に代替することを目的として開発されたものですが、実際に当該Bolero B/Lを始めとする電子的なドキュメントを以って荷主から銀行に買取等が持ちこまれる場合、従来紙ベースであれば確保していた担保としての位置付けがどう変わるのかが銀行にとって重要なイシューとなります。Bolero B/Lは一般に電子式船荷証券と呼ばれますが、法的には船荷証券とはいえず、わが国の商法に規定されている船荷証券という有価証券としての効力は認められません。新たに法的措置が行われない限りあくまでデータはデータに過ぎないということです。例えば、銀行が荷主からBolero B/Lを含む電子ドキュメントを買い取り、Boleroの中央登録機関(物理的にはオランダ)にある電子式船荷証券の所有権移転等管理機能(Title Registry)において、担保権者として記録されていたケースで、荷主の倒産等により荷主の他の債権者が荷物に差し押えをかけた場合に当該銀行は当該債権者に対抗できるのか、という問題です。船荷証券の譲渡によって移転される権利は「物件的な権利」と「債権的な権利」から構成され紙ベースの取引においては当然ながらこれらが一体不可分のものとして動きますが、電子化された場合にはこれらの権利は分離されると考えられ、どのような法律構成を取れば第三者対抗が具備されるのか、といった民法の一般法理に基づく議論も行われています。物件的な権利については紙ベースの船荷証券による場合とほぼ同様の効力を確保できるものの、債権的な権利の移転に関しては「指名債権譲渡」による方法と「更改」による方法が考えられますが、日本においては債務者への通知(又は債務者の承諾)、更改契約が各々確定日付のある証書によってなされる必要があります。これに比して、実用化以前に欧米主要各国の法制度につきリサーチを行ったBoleroによれば、「更改(正確には英国法上のNovation)」による債権的権利の移転に際しては確定日付のある証書が不要である国が大半であるとのことであり、担保権の確保という点では日本の銀行は不利ではないかとも考えられます。確かに前述のようなケースにおいては銀行が第三者に対抗できる、といった解釈論もあるようですが、未だ実取引に基づく具体的な判例等があるわけではなく、邦銀の立場からすれば紙ベースの船荷証券に比べ担保価値としては不安定なものとなることは間違いないようであり、当面は買取に係る荷主への与信判断に際しては荷主本人の信用力に重点を置かなければならなくなると考えられます。
また、Boleroにおいては、Rulebookという統一約定で、銀行がBolero B/Lを担保として取得する場合にはPledge(≒質権)によることとする旨規定されていますが、日本において銀行が船荷証券を含む船積書類を買い取る場合には、従来から「譲渡担保」として取り扱って来ています。質権は目的物を質権者の占有に移すことによってなされる担保制度ですが、民法上の規定から輸入地側でT/R(Trust Receipt)38が発生する場合に不都合が生じる等の制約があるため、譲渡担保が採用されているようです。担保としての取扱いについては、船積書類の買取の際に銀行と荷主の間で交わされる「外国向為替手形取引約定書」において具体的な規定がなされていることから、「実際の買取を行うに当たって、Title Registry上では買取銀行はPledgee Holderとされているものの、従来の「外国向為替手形取引約定書」上の譲渡担保として取り扱う」旨の追加約定を銀行と荷主との間で結ぶ等の対応が必要となると考えられます。
38Trust Receipt : 輸入貨物が輸入地の銀行の担保となっているケースで、輸入者が輸入貨物を売却しその代金をもって手形決済等に充てようとする場合には、荷物を一旦物理的に引き取る必要がある。このような時に、輸入地銀行が譲渡担保として所有権を有している輸入貨物を顧客(輸入者)に貸し渡すこと。
4.2.2 信用状に係る取扱い
BoleroやTEDI等によって船積書類が電子化されるようになると、信用状との関係につき考慮が必要となる事項が出てきます。「銀行の買取等の業務において船積書類が電子的に呈示された場合に信用状統一規則(UCP500)との関係で問題がないか」という点と、「信用状自体が電子化できるのか」といった問題です。
UCP500自体には、信用状そのものや呈示される船積書類に関し電子であってはならないと規定されている訳ではありません(ただし、電子的に呈示された場合の認定基準や安全性に係る要求事項等について具体的な規定もありません)。実際に信用状に電子化された船積書類を許容する文言が記載され、信用状がデータとして送付されるとしても、関係する当事者間でUCP500に準拠して処理することに予め同意していればUCP500そのものと齟齬を来たすような事態にはならないようです。しかし現行のUCP500を前提として電子化に対応するには実際の運用につき不透明な部分が残ることや、当事者間で個々に合意を行う煩雑さ等を勘案すれば、UCP500に何らかの形で信用状の電子的呈示等に係る取扱いにつき規定されることが望ましいと考えられていました。
このような要請を受け、国際商業会議所(ICC)のパリ本部は、船積書類の電子的呈示等を許容するUCP500の追補版(eUCP)に関する案を作成し昨年各国の委員会に示しました。これに対し日本委員会も賛成し、最終的には11月に採用が決定されました。eUCPについては、本年の4月以降に適用開始されることとなっていますが、半年程度の間、eUCPの適用等の状況に関しモニタリングを行った上でUCP本文の改定を行い2004年秋頃を目途としてUCPの本文に盛り込まれる等の検討が行われるようです。Boleroが開発しているSURF等の従来の信用状に代わるようなスキームについてもeUCPとの整合性が確保される必要があると考えます。
さて、eUCPに基づく電子的な船積書類等の提示を前提とする取引に関する信用状が実際に輸入地銀行から輸出地銀行宛にSWIFTで送信されてくるケースを想定する場合、実用化当初はこの実務的な取扱いにつき問題が発生する可能性があります。輸入地銀行がSWIFTの電文中にeUCP適用文言を挿入し何の予告もなく信用状に係るメッセージ(MT70039)を送付してくるような事態が起こる場合、世界各国の銀行から一日に何百ものMT700を受信している銀行では、膨大な数の信用状の中からeUCP適用の信用状がないかどうかを一つ一つ確認しなければなりません。当該文言がデータフォーマットのいずれの欄にどのように記載するのかについてSWIFTによって少なくともルール化される必要があります。また輸入地銀行側においても当該文言の判別等を行うためのシステム対応が必要となる可能性が高いと考えられます。また、eUCPにおいては船積書類の分割提示が許容される旨の記載があり、実取引に際し電子ドキュメントが銀行に対し分割して送付される場合には、銀行としては手続上煩雑になることが考えられます。個々の取引ごとに、荷主等から送付されたドキュメントが全種類揃っているかの確認を行い、揃っていない場合には不足しているドキュメントの提示を受けるまでの管理業務が新たに発生します。
39SWIFTは、ネットワーク上でやりとりされるメッセージにつきメッセージタイプ(MT)という標準を定めており、例えば、顧客送金取引についてはMT100番台、銀行間付替えについてはMT200番台、信用状についてはMT700番台、といったように銀行は取引種類に応じた標準フォーマットのメッセージを使い分けている。
一方、Boleroは信用状自体のデータフォーマットを既に用意しています。信用状自体を電子化する場合についても課題も検討してみましょう。銀行間においては現在SWIFTを利用して信用状データを送付し、受領した銀行は当該データを紙に出力、これを輸出者に通知し、手交しています。紙ベ−スの取引の場合、輸出者が他の船積書類とともに買取に持ち込んだ場合には、信用状と他の船積書類の記載内容との間に齟齬がないかどうかを目視で点検していますが、信用状自体も電子化してしまえばこれらの点検業務がかなりの部分を自動的に行うことも夢ではなくなります。ただし輸出地においては信用状を荷主に通知する銀行と、当該荷主が実際に買取に持ちこむ銀行が異なるケースが往々にしてあります。このようなケースを当初から視野に入れるとすると、例えば通知銀行はBoleroに加盟しているが買取銀行がBoleroに加盟していない場合にどう対応するのか、といった点や信用状の残高管理をどうするのか、といった問題が発生する可能性があります。当面の間はトレードチェーンと呼ばれる固定的な企業間での定型的な取引から実取引がスタートすると考えられますが、いずれ具体的な対応の検討が必要になると思われます。
4.2.3 荷為替手形
荷為替手形は日本においては手形法に基づく為替手形に該当しますが、手形に係る法制度は各国によってかなり大きく異なると言われており、荷為替手形そのものを電子化し、各国をまたがる運用を統一的にルールとして策定するのは困難であると言われています。あくまで異例扱いにはなりますが、銀行としては荷為替手形を用いない取引について、荷主の信用状況等に応じて一部買取等を既に行っています。それでは荷為替手形自体の電子化が不能であるとして全て使えないとした場合にどのような影響が出ると考えられるでしょうか。まず、輸出地の法制度等(為替管理法等)によって荷為替手形の振出が義務付けられているケースについてはそもそも電子的な取引が行えない可能性があります。また輸入地において輸入者が代金決済までの猶予期間が必要とされるユーザンス取引においては、従来為替手形を用いて行ってきた引受けができなくなることから、別途船積書類の引渡し条件を支払確約書等と引き換えに引き渡す条件とするといった対応が必要となると考えられます。また、経済産業省所管の機構によって運営されている輸出手形保険については保険適用に際し手形の振り出しが要件とされていることから、現状ではBolero等を利用した取引に関しては当該保険の利用ができないことにも留意する必要があります。
4.3 制度的課題
4.3.1 国内通関システムとの連携
銀行にとって顧客である荷主と貿易取引電子化に関し意見交換を行う際によく耳にするのは、「荷主間、荷主と船会社、保険、銀行間の取引が電子化されたとしても、通関を行うに際し電子的に行うことができなければ真の意味での合理化効果は得られない」という意見です。既に荷主間の受発注等いわゆるサプライチェーンの川上部分においては一部でeマーケットプレース等を活用して電子的なやりとりが行われており、さらにBoleroやTEDIといった銀行や運輸企業との間でもデータ連携が実現できたとしても、当該部分でやり、とりされたデータはそのままでは通関申請には利用できない、ということがその主旨であるようです。輸出入取引を行うに際し通関申請は必ずついてまわる業務であり、通関との連携が図れぬまま中途半端に電子化が進んだ場合、荷主にとっては業務面で却って重荷になることも考えられます。
わが国においては通関作業の迅速かつ的確な処理を目的として運営される電子情報処理システム(NACCS: Nippon Automated Cargo Clearance System)が財務省の認可法人である通関情報処理センターによって運営されており、輸出入申告という税関当局に対する法律行為の電子化がNACCS特例法という法的根拠に基づき実現されていますが、独自のデータフォーマットを前提としており、新たに出現するプロジェクト運営主体によって個別に策定されたフォーマットのままでは正当な申請として受付が行われません。既に日本でも一部でBoleroを実用化したとの情報もありますが、現状では通関までシームレスに行うことができているわけではありません。
一方、東アジアにおいては各国通関を相互接続していこうとする動きも始まっており、シンガポール、香港等6ケ国の電子通関の運営者等が協働を開始、日本からはTEDI Clubがその窓口を担当しています。わが国の関税法は「関税の確定、納付、徴収及び還付並びに貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理を図るため必要な事項を定める(第一条:主旨)」こととしており、そもそも通関業務自体には輸出入振興という概念が含まれていないことから単純な話ではないことは理解できますが、貿易立国としての地位がアジア諸国に比して相対的にも下がって来ていると言われる昨今の状況に鑑みれば、電子通関業務に関する運営につき一層のオープン化が図られることが期待されます。
昨年内閣のIT戦略本部において策定されたe−ジャパン重点計画においては、TEDIについては当該システムとアジア各地域の税関等の政府手続用システムとの連携促進(2001年度を目途)、NACCSについては「2003年度までの実現を予定している輸出入手続の電子化の一環として、民間の収納インフラの利活用や各種輸出入手続の申告・申請・受付システムと貿易関連手続の電子化に係る民間システムとの連携等を検討」とされており、民間企業としてはこれらが早期に実現されることを期待します。
4.3.2 原産地証明、領事査証等の運用
必ずしも全ての取引に必要となるわけではありませんが、紙ベースで原産地証明や領事査証等が必要とされるものについては全て電子的に取引を完結させるのは現状では困難です。銀行としても一部のドキュメントはデータで、また別のドキュメントは紙ベースで買取や取立に持ち込まれた場合、取扱いが煩雑になる他、そもそも電子化のメリットを享受できません。これらの書類については行政手続きや法律面の対応が必要となり、さらに相手方の国も関係することから、電子化した場合の取扱いの明確化やフォーマットの規定については容易には実現できないと思われます。当該書類に記載されるデータ(場合によっては画像データとして取り込む)のみを送付し、紙ベースの原本については別途追送等で対応する手段も考えられますが、敢えてそこまで実行するニーズがあるか否かについては第一義的には荷主の事情によります。そもそも貿易取引の電子化はこのような書類が必要とされない取引から段階的に普及していくという見方もありますが、貿易取引の電子化が広範に進むことを前提とすればいずれは国際的運用ルールの策定等が必要となると思われます。
4.4 荷主等の導入インセンティブに係る課題
4.4.1 費用対効果
冒頭で、「貿易金融EDIプロジェクトは、紙ベースの貿易ドキュメントを電子化しインターネット上でやりとりすることにより、ドキュメントの受け渡し時間の短縮化、データの再利用(再入力の回避)による業務効率化、各種のリスクや通信等に係るコストの削減等を一挙に実現する」ために推進されていると説明しましたが、実際に企業が海外の取引先を含めた電子化を進め、それによるメリットを享受するためには、一定のシステム投資、新たな事務体制の構築、法的側面の検討が必要となりこれらには新たなコストが発生します。また貿易金融EDIインフラを利用するには、現状では年会費形式の利用料が必要となります。システムや事務体制の再構築については企業内部の問題であり、個別事情によって変わってくるとも思われますが、利用料等のコストについては、銀行のファームバンキング等の料金に比して依然として高いレベルにあると言わざるを得ません。これはインフラ運営者の事業活動という側面から当初の段階ではそうせざるを得ない点があることについては致し方ない面もありますが、これが普及のネックとなる可能性もあります。
4.4.2 企業内部の組織・意思決定プロセス
大手の貿易商社等においては、一連の取引に関し営業、物流、財務、経理、オペレーション部門等様々なセクションが関与してきます(中小企業においても複数部門に業務が跨ることは十分あり得ます)。またこれらの実務を行うために導入するシステムが部署により異なるケースもあり、対外的な電子化と併せて社内効率化を実現するには相当の社内調整と体力が必要となることが想定されます。電子化によりプロセッシングを単純化しようとする場合、貿易を業とする企業特有の組織形態が、その導入阻害要因にならないとも限りません。これらを解決するには、部門横断的に業務を見ることのできる業務企画的なセクションによるイニシヤティブの発揮や経営レベルのトップダウンによる意思決定や裁定が場合によっては必要となるかもしれません。
4.4.3 海外企業等の動向
Bolero等を利用して貿易取引を海外も含めてシームレスに行うには、関連する全ての企業がBolero等のメンバーとなり、トレードチェーン全体として電子化に対応する必要があります。したがって輸出地或いは輸入地の荷主が貿易金融EDIインフラを活用し業務効率化を実現しようとする場合、当初から海外側の対応をも視野に入れる必要があります。したがって相手先の国に電子化の土壌がない場合や相手企業にインセンティブがない場合についてはかなりの困難が伴うことが予想されます。
一方で、海外の取引先の方が先行して電子化に動くケースもあるでしょう。荷主としては、上記[2]のように社内だけの検討だけではなかなか電子化に動けないという意見がある反面、海外の取引先が電子化に向けて動くのであれば短期的な採算は度外視しても対応せざるを得ない、という意見が多いのも事実です。「外圧」という言葉がありますが、日本における貿易取引の電子化普及には海外企業の取組み状況が非常に大きく影響することもあり、今後の海外の動向についても注視する必要があります。
4.5 プロジェクトとしての事業性、プロジェクト間の機能連携等に関する課題
4.5.1 電子貿易取引インフラの事業性
BoleroやTEDIのように共通プラットフォーム的なインフラ上で展開される電子的な貿易取引が普及する前提として、それらのインフラを運営する主体が安定した事業として継続的に展開していけるかどうかという点が課題となります。インフラ運営者としてもシステム開発等先行して投資した分を回収できるよう安定的な収入が必要となりますが、普及の前段階においてユーザーが未だ数少ない場合には、運営者側によって料金が高く設定される蓋然性が高くなるでしょう。しかし既に述べたように高い料金体系が設定されることによって、ユーザーが増える為の障害となることも考えられます。安定かつ継続したサービスの受け手としてのユーザーの観点から考えれば、貿易金融EDIのようなインフラ事業については、資本面で安定的な有する母体によって運営されるか、或いは、可能であれば国家による資本面でのサポート等が行われることが望まれるものと思われます。
4.5.2 プロジェクト間の機能連携等
現段階では複数の貿易取引電子化に関するプロジェクトが並行して動いていますが、機能面等でかなりの重複が見られることについて既に言及しました。いずれも本格実用化の一歩手前の段階であり開発競争を行っているようにも見えますが、今後具体的な実用化事例が増えてきた場合に、インフラ間で機能同士が競合し合うことも十分予想されます。競合によって適正な価格競争が生み出される場合には意味があるかもしれませんが、企業が取引を行うインフラを選択する場合、料金が低いことのみを以って別のインフラに切り替えるのは容易にいかないことも考えられます。このような状況下、当初成功事例が少ない段階では、潜在的なニーズはあっても実際の導入を「様子見」する企業が増えてくることもあり得ます。
特定の取引のみを対象とする輸出入業者は特定のインフラのみを活用することで事足りるケースがあるかもしれませんが、銀行のように基本的にはあらゆる業種の企業に対応しなければならない業界としては、取引先によってBoleroとTEDIを使い分けなければならないようになり、これにSWIFTやIdentrusが個別にインターフェースの開発を行った場合には、非効率な業務運営を行わなければならなくなる可能性もあります。
既にBoleroやSWITF、Identrusの間では一部の機能について提携する等の動きも出ていますが、重複する機能開発に多額のコストをかけるよりは、相互補完しあって料金に反映させて共存共栄を図る方が得策であるようにも思えます。インターネットというオープンなネットワークやXMLといった柔軟な対応が可能となる新技術が駆使されているにも拘わらず、いわゆる「多端末現象」が起きるようなことにならないことを祈ります。