8. 普及への課題
BOLEROやTEDIなどの、具体的な貿易手続き電子化が実用されうる状況になってきていますが、そのような仕組みが存在するようになったという事と、世の貿易関係業者企業が、一斉に飛びついて、短期間に電子化が普及する、という事では、その間にある意味でのGAPがあり、そのGAPを克服することが現状の大きな課題と思われます。その課題とは何かということを、ここで少し考察します。普及を阻害するものの原因は、ひとつに限らない、いわゆる複合的な要因というものがあるでしょう。しかし、それをもう少しわかりやすくするために、とりあえず、外的要因と内的要因とに分けて、その対応策或いは見えている方向性を考えてみます。
8.1 外的要因
まず、外的要因です。主には、法制面の課題、そして、技術的な課題があるでしょう。
8.1.1 法制面
まず、ひとつに電子化の法的裏付けという課題があります。この法的裏付けがしっかりしていないと、使うユーザー側としては、電子化利用に不安を感じて、積極的に踏み込むことを躊躇してしまうことになります。今までは、法制面での整備が遅々として、進展しない、という面が確かにありましたが、しかし、この間題に対しては、ようやく政府の現実的対応が着手されつつある状況になったと考えます。たとえば、すでに実施されている電子署名法や、書面を電子的手段で代替する、つまりペーパーレス化を認めるIT書面一括法。これも、現時点では一部の業種のみの対応ですが、引き続き拡大されることが期待されます。
8.1.2 電子インボイス
そして、そのペーパーレス化の大きなひとつの制度改善の例が、電子インボイスです。現在、税関申告用のインボイスは、税関に対して書面による提出義務が課せられていますが、まもなく電子的インボイスでの提出を受け入れることになります。法制上の対応も準備される予定です。電子インボイスのフォーマットについては、関税局において、広く流通している各社、各業界、或いはネットワークでのインボイスを相当に分析、検討され、最大公約数的項目で、広く利用可能な形で決められているようです。従来インボイスは書面でなくてはいけない、ということが、一貫する貿易取引電子化促進の阻害要因となっていたわけですが、これが是正されることになり、これは電子化の大きな促進要因となると考えられます。
電子インボイスの制度の具体的手順としては、まず電子インボイスを荷主が作成して税関で新たに開発されたシステムである、CuPES7に送信します。すると、CuPES内で受理番号が自動採番され、それを荷主は取得します。そして、荷主は、その受理番号を通関業者に連絡して、その連絡を受けた通関業者は、NACCS回線を通して、CuPESにアクセスして該当する電子インボイスを参照できる上、そのデータをNACCSでの申告データに取り込むことが可能になります。これにより、荷主はレスペーパーによるコスト節減、業務効率化が図れると共に、通関業者においても、申告処理での業務効率化が実現されることになります。
7CuPES:Customs Procedure Entry System
8.1.3 PKI
次に、業務的/技術的課題があります。貿易手続を処理する者として、さらに確実に業務効率向上が可能な機能や技術を取りいれて、完成度を上げてほしい、という思いがあります。これは、つまるところ、各業務機能、技術において、よりグローバルスタンダード、標準化へ、という流れで解決の道が進んで行くと、思われます。その一例として、PKI8があります。貿易手続き電子化も含め、E-COMMERCEの世界では、暗号化が必須のものですが、その暗号化においても、標準化の方向が進んでおり、今アジアPKIの動きが出ています。さらに、今後、グローバルな形のPKIが構築される方向となり、結果、貿易手続き電子化においても、その方向に沿い、対応して行くことになるでしょう。
8PKI:Public Key Infrastructure
8.1.4 ebXML
また、さらに業務面の影響も大きいと思われるのが、ebXMLです。今後のインターネット利用のデータ交換において、いわゆるB to Bにおける標準XMLのグローバルスタンダード最有力と言われています。現在、UN/CEFACT9、OASIS10等の国際機関/団体で、鋭意仕様を確定させている過程にあります。いずれ、TEDIもebXML対応されると思われます。
9UN/CEFACT:United Nations Centre for Trade Facilitation and Electronic Business
10OASIS:Organization for the Advancement of Structured Information Standards
8.2 ユーザー側要因
以上説明した、外的要因は、今後も紆余曲折はあるでしょうが、着実に解決ないしは確定の方向に向かうであろうことが期待できるのではないか、と思います。そして、次に乗り越えるべきハードルとしてあるのは、まさにユーザー側に内在する要因と思われます。つまり、ユーザーとして、使いたくても、おいそれと使えない事情がある、ということです。このようなユーザー側の具体的事由の分析は、結果として、普及のための課題を明確にし、その除去、対応策を追及する上で、非常に重要なものと考えます。従い、それら要因のいくつかに対して、小生の稚拙ながらの、いかに解釈すべきか、或いは、対応策案の「ようなもの」を掲げてみます。
8.2.1 費用対効果
そもそも、導入時の費用対効果について、目先の問題で、多分計算すると、効果はでにくいものです。なぜなら、導入時点では、過渡的な時期として、新しい方式と旧来方式が両方並存する形で、結果としてコストが膨らむ傾向にあります。また、両方式並存で、実務担当者は処理が煩雑にもなり、新方式に不慣れなために、ミスが出る等の、余計なコストもかかるでしょう。しかし、これらは、目先の過渡的プロセスであり、その観点で新しい電子化の流れをほんとうに回避してしまっていいのか、という問題があります。
一方、取引の相手先から、標準化システムEDIを使おう、ということを要請されたら、それを費用対効果がない、と言って断られるか、という問題があります。断ることは、即、商権の喪失の可能性があります。つまり、言いかえれば、「逆の費用対効果」とでも呼ぶべき観点があります。「今その電子化をしないと、どれだけの損失になるか」、というものも考え方があるのではないでしょうか。逆に、相手から言われる前に、準備していれば、これは商権の拡大の可能性すら出てきます。「当社は標準的電子化ができています。御社はやらないのですか?」と、とたんに立場が逆転するわけです。つまり、「電子化」が取引決定に際してのひとつの要因になる、ということは、近い将来において、ありえそうな状況です。
8.2.2 「横並び」社会
日本の企業の風土として、とかく他社状況、前例重視の風潮があり、簡単に一歩が踏み出し難い状況があると考えられます。欧米社会では、狩猟民族に例えられ、他より速く獲物に追いつき、獲得することが大事ということが言われています。一方、日本では、農耕民族に例えられ、皆と強調して全体利益を考える、また、「出る杭は打たれる」とまで言われるように、横並び意識が重要視されます。
しかし、ことIT関連、さらにITを基盤とした現代の企業経営においては、欧米型の「速さ」優先が要求されているようです。いわゆる、サバイバルの時代では、即断即決、そして差別化を考え、脇をしめつつ、積極的に前進することが求められます。「周囲が乗らないから、自身も乗らない」という状況はなくなりつつあり、数の大小はともかくも、先駆者利益をねらう、野心的企業は出現するものでしょう。
8.2.3 「乗り換え派」の課題(標準化と差別化)
「うちはすでに当社グループ内で独自のシステムで、電子化を実現しており、それを、また別の標準的システムに乗り換えるのにメリットが見出せない」、という国際的企業の話しを聞きます。言ってみれば、乗り換え要件とでも呼ぶべきものです。これには、標準化の本質、そして一方、差別化というものをよく理解し、考えて行くということが必要ではないか、と思います。
電子化対象業務は、世界に大きく広がる貿易手続業務あり、世界の多数企業と連携させていくためには、効率性を考慮し、中長期的視点にたてば、標準化の採用は避けて通れない道ではないか、と考えられます。また、海外からそれら標準システムを利用した企業が参入してきた場合に、果たして独自仕様がどこまで通用するか、という問題もあろうかと思います。標準化と差別化との関係という観点からいえば、効率化をねらう業務処理は標準化にまかせて、その上で、本業の分野で差別化をめざす、という本筋が確かに存在するでしょう。
8.2.4 先行者メリット
先行して対処した方が有利、という観点では、導入を決めてから、実際に稼動させ、効率化を得るまでには、時間がどうしてもかかる、ということが言えます。システム導入の際には、業務の分析のプロセスが必ずありますし、その結果として、BPR11を行うことが必要です。その時間的余裕を考え、早期に決断することがシステム導入の成功の源になるのではないか、と思います。
11BPR:Business Process Re-engineering
また、電子化というのは、目先の費用対効果ではなく、今や、大きな経営戦略マターになっている、ということを理解しなければならない、と思います。短期的ではない、長い目の大局的視点で考えることが必要であり、電子化実現は、経営トップが深く関わるべきものです。そして、経営トップの経営判断が早く、電子化に積極的なところが、結局は、早い先行者メリットを得る、ということではないでしょうか。
8.2.5 クリティカルマス
電子化の普及の仕方を推測すると、まず勇気ある先駆者企業が、多分少しずつ現れてくることになるでしょう。そして、その最初に使い始めた企業の成功事例を見ながら、次にさらに少し多い企業が利用しはじめます。また、その成功事例をみて、より多くの企業が利用することになる、という段階で普及は進んでいくと考えられます。そして、ある程度の普及度合いが進むと、次には爆発的な加速で普及が進むという、つまり、クリティカルマスを越えての、急激な右肩上がりの普及となります。
そのような普及した段階で、利用開始して電子化のメリットを得ようとすることは、確かにありうることですが、ほんとうの意味での先行者メリット享受の観点からすると、時すでに遅し、かも知れません。ほんとうに他社に先駆けてのメリットを得ようとすると、他社に先駆けての利用を行うことが肝心ではないか、と思います。また、この他社に先行して利用する企業が多いほど、実際に先行者メリットは、早く大きなものになると言えるのではないか、と思います。
8.3 サービス提供側要因
一方、サービスを提供する側も、ユーザー普及が進展するよう、種々策を講じなければ、ならないのは事実です。サービス提供者は、そのようなユーザーの動向をつかみながら、事業展開を考えるわけで、その中で、対象拡大、機能拡張や大量処理を含めたサービス増強を果たしていくことが必要になります。
その際に重要なのは、機能拡張を含めたシステム増強が、果たして、ほんとうにユーザーの立場でのメリットを追求したものを提供しているか、という視点です。ユーザーが実際に導入、使用した上での、そのシステムに対する反応の生の声が、サービス提供者に対しての一番の改善要件と考えられます。そして、その反応の生の声にいち早く応えて対応を行うサービス提供者が、その後に繁栄する、という図式になるのが、経済原則ではないか、と思います。重要なのはユーザーオリエンテッドなシステム、というのが結論でありましょう。