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6-3 業界内における地位
(1) 概要
 1908年ドイツのAnschueetzは指北ジャイロコンパスのパテントを取得し、同年米国のElmar Sperryは垂直ダンピングを内蔵する指北力の強いジャイロコンパスを発明した。これらは従来の磁気コンパスの欠点を克服し、近代航海機器の出発点となる画期的な発明であった。AnschuetzとSperryは共に自己の名前を冠する航海機器メーカーを設立し、現在においても業界内で指導的立場を保ち続けている。1935年に英国のRobertson Watson-Wattがレーダーを発明し、第2次世界大戦において大活躍したことは良く知られているが、レーダーはジャイロコンパスに次ぐ航海機器の革命であった。レーダー以降航海機器に革命をもたらしたものについては議論の分かれるところであるが、ECDIS(Electronic Chart Display and Information System)であるとするのが通説である。
 
 米国の航海機器業界は比較的健全な分野であり、多くのメーカーが存在し、大型IBSからリクリエーション用ボートの小型機器まであらゆる種類の製品がメイド・イン・U.S.A.の名の下に世界中で売られている。また他の舶用製品と同様くヨーロッパ或いは日本のメーカーが直接或いは米国内に拠点を置いて進出している。米国の会社でSperryに対抗出来るのはRaytheonであるが、Raytheonは優れた技術を持つ会社を次々と買収して技術を蓄積し、一目置かれてきた。
 
 電子海図システムにGPS(Global Positioning System)を連動すると自船の位置が自動的に表示され、更にオートパイロットと連動させると目的地に自動的に達することが出来るが、当初はかなりのソフトウェアが必要であった。1993年、ワシントンD.C.に設立されたPin Point Systems InternationalはRasterとVector海図を同時にPCプラットフォーム上にレーダーと重ね合せて表示出来るECDISを発表し反響を呼んだ。1997年、SperryはNIMA(National Imagery and Mapping Aency)と共同開発契約を結び、デジタルチャートをCD-ROMから直接読み取りECDIS画面に表示する技術を完成しSperryの製品に組み込んでいる。
 
 1990年代には船舶の小人数運航化が進み、急速に発達した諸種の航海機器を航空機のコックピットのように船橋の一個所に集中しIBSに構成することが、次第に船主やオペレーターの間に受け入れられるようになってきた。IBSの利点の第一は、勿論船舶の安全性向上であるがぎ装上の利点も大きい。IBSのメーカーは米国にも数多く存在するが大手はSperryとRaytheonである。Raytheonは若干後発であるが、IBS分野の技術を持った前述のAnschetzを買収し、更に日本無線の協力を得て参入したものである。SperryやRaytheonの他IBSを製造している会社はテキサス州ヒューストンのFrontronics、ニュージャージー州EdisonのMackay、ワシントン州LynnWoodのSimrad等数社あるが、いずれもSperryやRaytheonに比べれば業界における力は弱い。
(2) Raytheon
 RaytheonのIBSシステムはBridge Control 3000と称するもので、殆ど総ての航海機器を網羅している。Raytheonは2000年、自社のIBSの主要要素を韓国のSamsungのECDISベースのIBS Naru2000に組み込む契約を結んだ。本契約によりRaytheonはアジアにおける市場の大幅拡大を期待している。RaytheonがSamsungに供給する主要要素は、スタンダード20ジャイロコンパス、Pathfinder/ST MK2レーダー、Nautopilot2000等でRaytheonはこれにより年間$10milの売上増を期待している。Raytheonのレーダーの歴史は古く第2次世界大戦中に遡るが、戦後の1946年早くも小型船舶用レーダーを市販している。現在Raytheonでは表示画面径34cm及び25cmのPathfinder/ST ARPAレーダー及びTMレーダーと称する高解度レーダーを売っている。RaytheonのECDISはPathfinder/ST C26及びC20の2種がある。C26は26インチCRT表示でM34 ARPAレーダーと連動する。また小型のC20と連動するのはM25レーダーである。C26及びC20共に各種海図フォームに適合する。
 
 Raytheonは必ずしも規模の大きな会社ではないが、他社の買収等で活発に新分野への参入を果たしてきた。前述のAnschuetzの買収、Samsungとの提携もその例であるが、1996年にはGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)用機器を最初に作ったStandard Radioを買収し、その技術を手に入れている。StandardのシステムはSTR2000 MF/HF、STR1500 Inmarsat C及びSTR8400VHFシステムの3種であり、いずれもSOLASのGMDSSの規則を満たしている。
 
 Raytheonも分野毎に会社を分割して運営している。航海機器はRaytheon Marineに属しているが、船舶と陸上を結ぶデータコミュニケーションシステム等はRaytheon Systemsの扱いである。1998年Raytheon Systemsは、米海軍から最終的には$400milとなるデータコミュニケーションシステムの第1年度契約を$9.5milで受注している。2001年3月Raytheon MarineはRecreational Marineを$108milで買収しRay Marineの名で運営し、リクリエーションボート用航海機器の分野に本格的に進出することを公表した。
(3) 外国企業
 外国企業で、SperryやRaytheonと米国で競合しているのは、STN ATRAS、Furuno、Kelvin-Hughesである。ハンブルグのSTN ATLASの航海指令システムNACOSは全世界のINS適合を要求される新造貨物船の35%、クルーズ船の60%に装備され、総数は650基に及ぶが内40基はシリーズ4と称する最新の型式である。シリーズ4は最新のレーダーRadar pilot Atlas 1000が付けられる等、高速フェリーにも対応可能なシステムとなっている。
 またFurunoのIBSはVoyagerと呼ばれているが、ワンマン操船を指向し全ての情報をIBSに集中し機器、部品は全てFuruno製である。
 Kelvin-HughesのNINASはIBSを纏めるにあたり、航空機コックピット画面表示技術のエキスパートSmithグループの手を借り画面表示に工夫を凝らしているほか、配置にフレキシビリテイがあるのも特徴である。各機能のモジュールはオペレーターの意向にしたがって最適に配置される。
(4) DD21をめぐる動き
 1998年7月LittonのIngalls造船所は、米海軍の21世紀沿岸駆逐艦DD21の設計及びシステムコンセプトを作り上げるためにRaytheon Systemsと組むことを公表した。Raytheon MarineはLitton傘下のSperryと競争相手であるが、米海軍が求めているものがLittonの中では開発の困難なシステムコンセプトであったのが、その理由である。米海軍はDD21の開発をIngalls造船所とBath Iron Worksの2社に競わせ各チームに3年間に$105milずつを与え競争させることとした。この競争設計でBathはLockheed Martinと組みIngallsは上記の如くRaytheonと組んだ。
 
 DD21の建造自体は前述の如くブッシュ政権になってから待ったがかかったが、技術的にみた開発計画は興味のあるものである。米海軍は、DD21に従来の艦艇とは異なった種々の新技術を導入しようとしていた。LM2500を発電に用いその電力で推進をはじめとする艦内の全てのシステムを作動させるIPSを採用しその要素技術としてPEBB(Power Electronic Building Blocks)、永久磁石モーター、パルス動力システム、燃料電池、エネルギー貯蔵装置等21世紀技術がふんだんに利用されることになっていた。IPS自体の大筋の開発はLockheed MartinのOR&SS(Ocean Radar & sensor System)に1995年に発注されほぼ完成に近いが、IPSの開発の目玉は何といっても25,000HPの誘導電動機の開発である。
 
 DD21の開発では上記の如く、RaytheonはLittonと組んで充分力を発揮する場を与えられていたが、これとは別に1999年6月Raytheonは次期艦艇搭載用の多機能レーダー(Multi-Function Radar: MFR)の開発、製造を$140milで受注している。
 以上の如くLittonが指向する軍需の分野では、少なくなってきているパイを業界内で均等に分かち合う体制作りが進んでいる。
6-4 業績を向上させた要因
 Littonにより買収されたことでSperryの業績が伸びたことは論を待たない。Sperryはもともと技術力のある国際的な会社であったが、規模が小さく総合力に欠けていた。SperryがLittonの傘下に入りその方針に従って業績を伸ばしていくことが不可欠であった。LittonがIngalls造船所を傘下に収めた1961年以降の伸びは目覚しい。Littonのこれ迄の歴史を辿るときその企業成長を支えてきた幾つかの要因を指摘することができる。第1の要因は目指す方向(軍需指向)に徹底していたことである。第2の要因は社内であれ社外であれ採算を向上させる部門には重点投資或いは買収し、不採算を予想される部門は思い切って切り捨てる方針を中途半端ではなく進めてきた点である。第3の要因としては技術開発であれビジネスの進め方であれ、従来のやり方にとらわれないフレキシブルな態度を持ち続けている点である。
 
 第1の軍需指向は、1994年のWestern Atlasの分離によく現れている。1994年Littonは従来社内で維持してきた油田サービス、産業自動化システム部門を分離しWestern Atlas Inc.を設立し、同社がLittonの非防衛関連事業を受け持つことになった。この時期は一般には軍需から民需への転換が行われていた時期であり、米国造船業もタイトルXIによって商船建造が増えるのを期待していた時期である。しかしこの時期からタイトルXIの成功を危ぶみ、艦艇建造に注力したのはある意味では卓見である。Ingallsは、過去に商船建造の経験があるとは言えLittonの傘下に入ってからは殆ど大型商船を建造していない。一つにはIngalls造船所自体が商船建造に適さないという物理条件によるが、この物理条件を変更して迄商船建造を望まないLittonの体質のたまものでもある。しかし最近になって艦艇と比較的工数配分が似ているクルーズ船の建造には熱心であり、前述の如く、米国籍のクルーズ船を建造していた。Littonの軍需指向は、政府予算指向と言い変えた方が適切かも知れない。上述のクルーズ船もタイトルXIの対象船舶であり、その他政府予算で発注されるものには先進エレクトロニクスであれ情報システムであれどんどん手を出している。
 
 現在Littonが艦艇がらみで力を入れている研究開発はDD21の全体設計と超伝導モーターの開発の2点である。超伝導モーターも開発が間に合えばDD21に搭載されるが、一応独立した研究項目である。米海軍は、今後全艦艇をIPS化する予定であるので、IPSがらみの研究に参加することは今後の艦艇受注に絶対必要である。英国とフランスも次世代艦艇を全電動とする共同研究を進めているので、IPSは世界的趨勢でもある。IPSの目玉である超伝導モーターは、電気抵抗がないためその出力/重量比は他の電動推進システムに比して遥かに優れており、出力密度が高く無音に近い艦艇用としては理想的モーターである。しかし超伝導モーターはコイルその他を低温に保つ必要があり、艦上で信頼性のある小型冷却装置は開発段階である。海軍では、DD21にどのようなIPSが採用されるにせよ、超伝導モーターが開発され次第入れ替える予定であると言っている。
 
 このような状況の中LittonとASC(American Superconductor Corporation)は2000年11月高温超伝導(High Temperature Super Conductor: HTS)技術を艦艇及び商船に利用する技術の共同開発契約に調印した。ASCは非常にコンパクトなHTSモーターのパテントを所有している。2000年7月、ASCとRockwell Automationは世界初の1,000BHP HTSモーターの開発に成功し、次いで2001年7月には5,000BHPのHTSモーターの実証試験にも成功した。ASCのHTSモーターは、従来の銅線ワイヤーモーターと同じ寸法で100倍の出力密度である。LittonとASCの開発連合に対し、米海軍は33,500BHPのHTSモーターの設計を発注し、続いて製造及びテストを発注する予定である。HTSは1986年IBMにより開発され、未だ低温を必要とするものの、従来の極低温材料LTSに比べれば温度は5−10倍高く、船舶への超伝導モーターの適用をより現実ならしめた材料である。
 
 第2の要因である重点投資に関し、Littonは2000年度の施策として年次報告書の中で重点部門のマネージメントの入れ替え、生産性向上のための重点投資、技術競争力向上のための重点投資の必要性を述べ、今後注力すべき部門として連邦関係情報システム及びサービス、商業用エレクトロニクス、及び造船を上げている。2000年度Littonが売却した部門即ち今後伸びないとみた部門は天候情報システム部門、農業イメージング及び商業用データ・アウトソーシング部門である。
 
 Littonの近年の買収・分離状況を見てみると、上記の重点投資方針が更に鮮明となる。1999年8月2日、Littonは艦艇、商船の新造、改造及びオーバーホールを行ってきたAvondaleを1株当たり$39.5、総額$590milで買収した。買収時点でAvondaleが建造していたのはLPD17クラス強襲揚陸艦、海軍シーリフト貨物船、商業用ダブルハルタンカー等であった。LPDプログラムは、Avondaleが主契約会社となり、最初の2隻は、Avondaleで、3隻目はチームメンバーの造船所でいずれもコスト返済方式で建造されている。また、最後の4隻目もAvondaleが建造することになっている。シーリフトプログラムでは海軍はAvondaleで合計7隻建造することを予定しており、Littonの買収時点ではすでに3隻が引き渡し済みであった。Avondaleのダブルハルタンカーの受注量は3隻で、更に2隻のオプション付であった。以上を考えると、LittonのAvondale買収は非常に好条件であったということが出来る。
 
 2000年度Littonは軍用、航空機、商業用の電気コネクターの製造供給会社である英国のTECを買収している。TECの1998年の売上は$8.6milであった。Littonの1999年の買収は、ボイス及びデータ電気スイッチ機器、航空交通コントロール用データレコーダーのメーカーDenro、家庭電気器具及び自動車用のペースト状ハンダ及びハンダ付け器具を製造する日本のTarutin、無線及びコンピューター用の同軸コネクター、コンタクト、ケーブル装置等のメーカーRetconnが含まれる。1999年のAvondaleを除く買収予算は$70milであったが、実際の買収総額は$90milに達した。1998年度Littonは、連邦政府情報部門、国防総省及び民間に情報技術とサービスを提供しこの方面では第一人者のTASCを$440milで買収しているが、この額はTASCの1997年の総収入と同じである。
 分離・売却の方では、2000年度LESを売却して7.6milの税引き前利益を得ている。また、同じ2000年度第3四半期に天候情報システム部門及び農業イメージ部門を127.6milで売却し、税引き前利益$11.6milを得ている。1999年には社内の記録保管ソフトウエア部門を売却して税引き前利益$12.8milを得ている。以上の如くLittonでは買収、分離・売却が日常茶飯事の如く行われている。
 
 第3の要因である過去の事例にとらわれないフレキシブルな対応は、Littonの会社運営の全ての面に現れている。上述の買収、売却の問題も、会社のリストラと称してそれを実施する会社は多いがLittonのように一定の基準を設けて経営手段として毎年のように買収、分離・売却を行う会社は少ない。Littonが過去の事例にとらわれない好例は、1970年のSpruanceクラス駆逐艦30隻一括建造によく現れている。30隻全てがIngalls西岸造船所で建造されたが、この造船所自体油圧装置を組み込んだ船体ブロック建造台の上でブロックが建造され、建造台が移動して船体を形成していく流れ作業方式を取り込んだ斬新なものであるが、当時は艦艇のような複雑な構造の船にブロック建造が可能であるとは誰も思っていなかった。
 
 海軍も最初2隻はブロック建造を許さなかったがLittonの熱意に押され3隻目以降ブロック建造を実施した。勿論細かい点ではLittonは数々の失敗を経験したが、総体的には大成功であり、最終沈下ユニット上における完成率は92%であったと言われている。なお、BathやGDを向こうに廻し、Littonに30隻一括受注の栄誉をもたらした競争設計の立役者は、当時マサチューセッツ工科大学で研究中をLittonに引き抜かれた若干30才のDr. Leopoldであり、過去の造船設計法を無視した数々の新機軸を生み出した。








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