おわりに
FastShipは既に崩壊しつつあるプロジェクト
現在のところ、FastShipについては早期に実現する見込みはない、ということになる。最大の障壁は資金の調達であるが、これについて最も重要であり「あて」にされているのはTitle XI融資保証制度である。しかし、2002会計年度のTitle XI融資保証予算として、議会がMarAdに配算を認めたのは3,300万ドルに留まっている。これに2001会計年度からの繰り越し分を加えると、2002会計年度は融資保証予算約4,000万ドル、保証可能規模は約8億ドルとなる。
一方、FastShip社は一社の単独プロジェクトで約15億ドルの融資保証を申請している(船価のみでなく設計開発費、乗組員の訓練等プロジェクトの直接経費に対し保証を申請していることに注意)。これでは単独のプロジェクトで一会計年度の保証可能規模を超えてしまい、MarAdも「プロジェクトの採算性やリスクを検討する以前に、制度的、予算的に保証の承認は不可能」としている。
ところで、Title XI融資保証制度については、その存在自体に風当たりが強くなってきた。ブッシュ政権は「特定産業の保護になるような施策は執らない」ことを基本としており、2002会計年度予算要求書ではTitle XI融資保証予算全額カットを要求した。これは事実上の融資保証の廃止である。これには、国民的人気の高い(しかしブッシュ大統領とは疎遠な)ジョン・マッケイン上院議員(共和党アリゾナ州)も強い支持を表明した。しかし、議会にはトレント・ロット共和党上院院内総務(ミシシッピ州)を始め、海事産業の保護を表明する有力議員が党派を超えて存在する。このため、2002会計年度においてもTitle XI融資保証制度は存続することが許された。
しかし、2002会計年度MarAd予算法案が上下両院を通過した直後、American Classic Voyage社というクルーズ客船会社の経営が破綻した。この会社はノースロップ・グラマンのインガルス造船所(ミシシッピ州)に豪華客船2隻を発注していたほか、その他の船舶の建改造も行っていたが、その資金の大半をTitle XIにより調達していた。MarAdの保証債務の残額は3億6,700万ドルであるが、現時点(2001年12月)では、その全てを回収することは困難で、MarAdが代位弁済し最終的に納税者の負担となる額は最悪2億ドルに達するといわれている。このプロジェクトについては、米国運輸省が監察部による監査に着手し、議会も公聴会の開催を決めたが、ブッシュ政権の予算担当者は、早くも「Title XIはいわれのない企業助成であり、2003会計年度でも予算のカットを求めていく」と述べている。
以上から、近い将来Title XI融資保証予算が、FastShip社が希望する程度にまで増額されるとは思えない。むしろ、制度そのものの存続が危ぶまれている。まして1件で15億ドルのプロジェクトともなればリスクも巨大であり、American Classic Voyage社で痛い目にあったMarAdも特に慎重になるであろう。なお、融資保証の対象を純粋に4隻分の船価のみに限定しても、融資保証額は約7億ドルに達し、事情に大きな相違はない。
従ってFastShip社が、MarAd以外の資金供給先を見つけない限り、FastShipは頓挫したままになるが、このようなリスクの大きい投資を引き受けそうな投資機関が現れるとは考えにくい。結局、資金面から、FastShipは実現しないまま消えていく運命にあるプロジェクトとなろう。FastShip社は1990年代半ばの米国の景気拡大期に設立された。このようなプロジェクトは景気拡大期に打ち上げられ、景気後退とともに消えていく運命にあるのかもしれない。
ADXとFastShip
FastShip社のライバルと見なされていたADCL社のADXプロジェクトはADCL社自身の経営破綻により、FastShip以前に退場を余儀なくされたのは本文に書かれているとおりである。ADCL社の経営破綻は、同社の高速コンテナ船隊の推進器(可変ピッチ・プロペラ)により顧客に見放されたのが原因とされているが、同社の経営はそれ以前から非常に苦しかった、とする関係者もいる。
ただ、ADXプロジェクトはFastShipより現実的なものと思われていた。FastShipが米国建造で1隻当たりの船価約2億ドルとされていたのに対し、ADX側は米国以外で建造するとし、船価は1隻当たり約1億ドルを目標としていた。FastShipの主機はジェット燃料使用のガス・タービンであるのに対し、ADX側は重油使用のディーゼル・エンジンで十分としていた。ADCL社が、どこまで本格的にADXプロジェクトを検討していたのかについては今や誰も判らない。しかし、1,000〜1,300TEU前後の高速コンテナ船として、ADXプロジェクトは決して突飛な発想ではなく、FastShipよりも実現性もあり競争力もあったものであった、と思われる。
FastShipプロジェクトで疑問点の一つは米国建造にこだわっていることである。米国造船所の商船開発能力と建造能力は低く、国際競争力もほとんどない。商船建造コストが国際市場の2倍以上に達しているのは米国造船業界自体が認めている。単純に考えれば、プロジェクトの開発の大部分を米国で行おうと、船舶の設計と建造だけは我が国や欧州の造船所に発注すれば、船価コストを大幅に削減することができるのに、FastShip社は米国以外での建造を考慮した形跡すらない。
この本当の理由は明らかでないが、第一にTitle XI融資保証制度を活用することにより、資金を低コストで調達できることがあろう。この場合、米国建造でなければならない。第二に米国で建造することにより、米海軍や有力議員の支援が得られると考えたのかも知れない。
高速貨物船の軍事利用
高速船については、世界中の軍隊、特に海軍や海上輸送部隊が注目している。海軍が高速船に寄せる期待は、大きく分けて二種類ある。第一は、戦闘艦艇の高速化であり、第二は輸送船の高速化である。同じ高速化といっても、前者と後者では開発される技術も目的も大きく異なっている。
第一の戦闘艦艇の高速化に関する米海軍の動向については、本文では全く触れなかったので、ここで簡単に触れておく。米海軍は、2001年11月、次期主力駆逐艦と目されていたDD-21級ステルス駆逐艦の開発を断念した。この大型駆逐艦の開発には紆余曲折があったが、結局、次世代の米軍軍備のあり方を検討してきたラムスフェルド国防長官の支持を取り付けられなかった。これに替わって開発されることとなったのがDD-Xであるが、これは小型で沿岸にも進出し地上部隊の直接支援も行う高速艦である。また、主な装備をモジュール化し、用途に合わせて積載することにより、一般戦闘型、ミサイル型、補給型等様々なバリエーションの建造が可能な標準船型を開発の目標としている。
一方、第二の輸送船の高速化については、本文中でもCCDoTTプロジェクトで紹介したとおりである。高速輸送船は軍事用であるとはいえ、当然ながら民間商船としても使うことができ、CCDoTTプロジェクトで考えられている超高速三胴型輸送船(VHSST)も、ほとんどそのまま商船に転用できる。気になるのはCCDoTTが国防予算として認められたプロジェクトであり、連邦予算により研究開発が進められている点である。目的としては国防であるが、実態は商船にも容易に転用できるもので、プロジェクト自身も商船転用を目的の一つとしており、国防の名を借りた民間助成とも考えられる。研究開発は基礎研究の段階であると思われるが、今後の進捗状況と応用研究から先のステップへの進め方については、今後とも注意を要すると思われる。近年、米国造船業界に対しては、国防の名を冠した巨額の研究開発助成制度(NSRP ASE)があり、政府の助成により船舶建造技術を研究開発している例があるからである。ただし、CCDoTT自身は、船型開発をフィンランドのクバナ・マサ・マリンに発注しており、今のところ米国造船業への支援といった意味合いは小さい。
なお、輸送船の高速化については、有事の度に指摘されてきた。湾岸戦争の際には、陸上部隊の展開や補給線の確保に時間がかかり批判を受けた。現在、米軍にはCCDoTT以外はこれといった高速輸送船開発プロジェクトはない。しかし、2001年9月に発生した同時多発テロとこれに続くアフガニスタン攻撃は、高速輸送船プロジェクトを推進させることになるかもしれない。
安全規制はよりソフト化が進む
高速船の安全基準として、標準的なものはIMOのHSCコードであるが、HSCコード中には具体的な基準が設定されていない箇所も少なくない。これは基準の機能要件化ともいえ、特に防火構造においてFEM解析を求めている点は機能要件化そのものであるが、設計者からすれば設計の自由度が増す替わりに自らで安全を証明しなければならず、規制実行者(検査官)からすれば証明された「安全性」をシナリオから客観的に判断する必要がある。一方、各船級協会の中には、HSCコードの理念を踏まえ、機能要件を一般規則化した独自の船級規則(一定の具体的要件に満足すれば、機能要件も満足される。しかし、限界の設計にはならない。)を模索する傾向にある。
米国でも、高速船に関しては主に在来型船を対象としているUSCG規則(連邦規則)、船級協会規則であるABSルールとDNVルール、これに加えてHSCコードが併存している状況で、基準の「つまみ食い」状態になっている観があり、設計者も困っている、という。
一方で、高速船の安全確保には、構造設備と同等に船内組織や陸上支援のあり方も重要である、という認識は今や固まっていると思われる。USCGでは、高速船は同じ航路で頻繁に反復して航行する、乗客や船型に比し少人数の船員で運航している、運航中は船員による保守や整備を期待できない、と見ており、このような運航パターンは航空機の運航パターンと同様である、としている。従って、在来型の船舶とは別個に、船員の訓練、船内の組織と陸上支援体制を規制する必要があるとしている。これは、HSCコードでも規定されているが、USCGはこれを国内の高速船に普遍的に課すことを考慮している。
以上は主として高速旅客船に関する動向であるが、HSCコードや一部の船級協会規則には規定があるものの、高速貨物船については専用の規則すら無い状態である。これは、高速貨物船、特に外洋を航行するものの実態がないためであろうが、基本的には高速旅客船の規則の動向に追随するものと思われる。いずれにせよ、米国での高速船の規制動向については、今後も調査を続けることとする。
NVIC 5-01
上記の考えに基づき、USCGでは2001年4月にNVIC 5-01(Navigational Vessel Inspection Circular:航海船舶検査通牒、5-01は2001年の5番目のNVICであることを示す)を発出した。これは、HSCコードにある運航管理体制の規定を内航船にも適用しようというものであるが、適用は「大きさにかかわりなく速力30kt以上の旅客船」であり、HSCコードのようにHSCコードを適用しない高速船や排水量フルード数による適用範囲とは無関係となっている。
NVIC 5-01の内容自体は、HSCコードと類似であるので詳細には記述しないが、乗組員に対する特別な訓練、船内組織体制の明確化、陸上支援体制とりわけ運航管理体制の明確化、運航管理マニュアルの整備等を求めており、今後USCGの検査の際にチェックする、という。
NVIC 5-01自体は、USCGの検査官に対するガイダンスであり原則的には強制力はない。ただし、USCGは、今後、内航高速旅客船オペレーターに対しNVIC 5-01に基づく指導を強化するとしており、最終的には連邦規則による強制規制としたい、という。
NVIC 5-01について、ある内航高速旅客オペレーターは「大半の内航高速旅客船のオペレーターは、規模の小さい民間会社であり、NVIC 5-01で求められるような社内体制とするのは大変だ。」といい、また、別のオペレーターは「これまで乗組員の訓練は、船上でOJT(オン・ジョブ・トレーニング)で良かった。今後は教習所でUSCGが推奨するコースを受講しなければならない。コース参加のための旅費や経費、コース参加中の代替要員の確保等、小規模の会社には負担が大きい。」としている。
このような考え方は、ある程度高速貨物船にも課せられると考えた方が良いだろう。
高速船は安全な乗り物か
USCGを含め、米国内の関係者は高速船、特に高速旅客船が達成している現在の安全水準については満足しているようだ。今まで、米国内では、高速旅客船は大事故を起こしておらず、死亡事故のリスクも十分に低い。
ただし、これは現在の話であり、将来、この水準を維持できるかについては問題もあるという。第一に、現在は高速船の絶対数が少なく、高速船同士が衝突の危険を感じるようなことは、まず起こりえない。第二に現在高速船が就航している航路は限定的であり、一般の貨物船が航行するような航路とは離れている場合がほとんどである。今後、高速船の普及が進めば、このような状態が続くとは考えられず、高速船の安全水準を確保するためには、航路帯の制限、速力の制限(これは環境問題とも関係する)等の規制が必要となる、とUSCGでは見ていると思われ、今後とも情報を収集する必要がある。
環境規制ではウェーキ・ウオッシュ
高速船には、高速船特有の環境問題が存在する。ウェーキ・ウオッシュがこれであり、高速船が発生させる強力な引き波が沿岸の人やボートに危険を及ぼし、海底を浸食してしまう問題である。ウェーキ・ウオッシュについては、船型や速力によって発生する引き波が異なるのはもちろん、水域の水深や形状によっても伝搬が異なるやっかいな問題であり、発生や伝搬のメカニズムの研究も着手されたばかりである。カナダのブリティッシュ・コロンビア州では、州政府の肝いりで高速旅客船が建造されたものの、ウェーキ・ウオッシュが一因となって運航中止に追い込まれたことがある。研究が開始されたばかりであり、具体的な規制の議論にも至っていないが、今後の動向には注意が必要である。我が国でも、せっかく開設された高速船航路がウェーキ・ウオッシュによる非難を浴びないよう、なんらかの配慮が必要と思われる。速力変更地点と進路変更地点に注意するだけでも、ウェーキの発生を抑えることができる、という。また、米国での規制の動向は、国際的にも反映されやすいので、この点からも今後調査を続けることとしたい。
次に、いかにも米国らしい環境問題として、海洋ほ乳生物の問題がある。一般に船舶の航行が海洋ほ乳類に悪影響を与えていると極端な主張をする環境団体もあるが、高速船については影響を心配する環境活動家は多い。想定される影響としては、航路付近から離脱せざるを得ないことによる生息地の減少、騒音によるコミュニケーション障害、ウェーキ・ウオッシュによる生息地へのダメージ、等である。これらも、近年クローズ・アップされてきた問題であり、具体的な被害の事例や規制等の動きはないが、米国の高速旅客船オペレーターは既に脅威となり得る、と感じ始めている。あるオペレーターは「もしクジラと衝突したら、それで航路も会社もおしまい。」と言っていた。今後とも、環境保護団体等の動向を把握することとしたい。
まとめ
米国でも高速貨物船の実態はなく、今後の開発やプロジェクトの進捗を待たなければならない。規制も同様で、高速貨物船プロジェクトの進捗に応じて対応が定まっていくものと思われる。当部でも高速船に関する情報は、精力的に収集し分析することとしたい。「高速貨物船」といいながら、相当部分が高速旅客船で占められた感はあるが、この報告書が、我が国関係各位の参考となれば幸いである。