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第二節 国連海洋法条約の下での海洋科学調査制度
 海洋科学調査に対する規制について、第三次国連海洋法会議では、ジュネーヴでの会議よりも強い要求が出された。要求の出所は、発展途上国で、これを促した主な要因は二つであった。200海里経済水域内の資源開発に応用され得る調査を規制する権限が無ければ、折角200海里経済水域が設定できて、沿岸沖を開発する権利が沿岸国に認められても、その恩恵を沿岸国たる途上国が実現できないのではないかと、恐れた事が第一の要因である。第二に、調査船、特に軍事大国の調査船が、スパイ船として、情報収集に用いられていると、少なくとも若干の途上国が、嫌疑を抱いていた。1968年のプエブロ号事件で、北朝鮮が、12海里内でスパイ行為を働いていたと主張した事等が、疑いを強めた。
 
 海洋科学調査の規制強化の要求に対して、先ず、科学会が反対した。大陸棚条約の発効に連れて、又、排他的漁業水域の発展に呼応して、1960年代半ばから導入された調査の規制が、既に十分重荷であるのに、これ以上強化されれば、調査計画は拒否され、到底飲めない条件を強要され、或いは、官僚主義の不当な引き伸ばしに曝されると憂慮した。彼らの議論によれば、科学調査の余慶は、全人類に及ぶものであり、大洋が一体であるために研究の規制面での、人工の境界は、出来るだけ少ない方が好ましいと論じた。この憂慮が、国連海洋法会議で、途上国によって取り上げられて、海洋法条約で認められた。但し、規制は、ジュネーヴ条約よりも正確さを増し、従って、より狭くなったものもある。規制に服する主たる区域は、排他的経済水域と大陸棚であるが、他の区域についてもジュネーヴ条約を変更した面もある(R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.403-4.)。
 
1.公海
 公海に関して海洋法条約は、科学調査を特に公海の自由として述べている(第87条)。従って全ての国が、科学調査を公海で行ない得る(第257条)。けれども、ジュネーヴ条約と異なり、海洋法条約の下では、大陸棚を越えた公海の部分の海底と底土(subsoil)(横田・高野条約集では「その下」と訳しているが、正確を期す為にこう訳す)は、今や国際海底区域(area)とされている事を銘記しなければならない。「専ら平和的目的の為及び人類全体の利益の為に」科学調査を行なう(第143条第1項)条件でなら、全ての国が、この区域・深海底で科学調査を行なう権利を有するとされる(第256条)。しかし、後述の軍事利用に関して検討する様に、この正確な意義については争いがある。
 
 もう一つの条件は、第143条第3項が定めているもので、この区域の科学調査に於いて、その結果と分析を(国際海底)機構等により普及する事を通じて、諸国が国際協力を促進すべきものとしている。但し、調査が「探査(exploring)」や「見込み調査(prospecting)」になれば、海洋法条約付属書第三の規制を受ける。「見込み調査(prospecting)」の定義は無いが、海底資源の一般的調査であって、生産前の詳細な調査を意味する探査とは異なる(R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.248)。
 
 公海国家の 管轄権を越えた海底を「人類の共通財産」と観念する事により、そこの構成物の科学調査を国際化しようとする政策を、第143条などは強調するものであるが、深海底開発機構の承認まで要求するには至らず、訓示規定に留まり、慣習国際法を変えるには至っていない、との説もある(D.P.E.O'Connell.vol.2, The International Law of the sea, 1984, p.1027)。
2.領海
 基本原則として、領海における科学調査は、沿岸国の同意を得て、しかも、沿岸国の定める条件に従った場合にのみ許される(第245条)。海洋法条約で明示的規定がある訳ではないが、群島水域の法的地位から、ここにも、同じ原則が適用されると.ChurchillとLoweは解している(R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.404)。ジュネーヴ条約とは異なり、領海を無害通航している間は、科学調査を行なえないと明確に定めているが(第19条)、禁止されている科学調査と、無害通航に付随する行為の区別の問題は、既述の様に、解決されてはいない。今後の慣行と諸国の良識に依ると思われる。
 
 尚、海洋法条約第19条第二項は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害する、即ち、通航を非無害とする船舶の活動として調査や漁業の他にもaからl号に至るまでの様々な活動を挙げているが、米(当時の)ソ間の統一解釈では、これらを網羅的として平和などを害する活動の限定を計っている。また、これらの何れの活動にも従事していない通航を無害と定義している(R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.86)から、従事すれば自動的に無害性を奪われると解釈している様である。
 国際海峡を通過通航中(in transit passage)あるいは群島航路帯を通航(passage)中の船 は、海峡国や群島国の事前の許可(prior authorization)無しでは、如何なる調査活動も測 量活動(survey activity)も行なう事ができない(第40条及び54条)。
 
3.排他的経済水域と大陸棚に関する規定
 第三次国連海洋法は、すべての国に海洋の科学調査を行なう権利(第238条)と科学調査を促進すべき国家と国際機関の義務を謳っている(第239条)にも拘らず、排他的経済水域と群島水域との概念の発達や領海基線の緩和の為に、その原則が適用される場所的範囲が狭められた。
 
 排他的経済水域と大陸棚における科学調査の規制に関する海洋法条約の最も重要な規定は、第246条から第255条に至る規定であって、大陸棚条約第5条第8項と同じ原則を採用している。従って排他的経済水域と大陸棚における全ての科学調査には沿岸国の同意を必要とする(第246条第2項)。これは、1960年代に近接海域における漁業権概念が発達した為に、そこでの科学調査は制限を受けるに至った傾向を受け継いでいる為である。外国の漁業権が否定される以上、魚類資源存在量の調査も否定されるという議論が行なわれた。この考えは第三次国連海洋法会議で部分的に優勢で、排他的経済水域内における科学調査には沿岸国の同意を要するとの提案がコロンビアなどから出された(これに対して地理的不利国は同意ではなく、通告を提案した)。
 
 大陸棚条約同様、海洋法条約も、「純粋な科学調査」と「応用的調査」とを区別しようとしているが、大陸棚条約と異なるのは、後者がこれら二つの調査を定義しようとしている点である。「応用的調査」とは、「天然資源の探査及び開発(exploration and exploitation)に直接の影響(direct significance)」を及ぼすものを言う(第246条第5項a号)。この様な調査は、沿岸国の天然資源に対する主権的権利を行使する際の、沿岸国の利益を直接侵害する。同じ事は沿岸国の排他的経済水域内で行なわれる同様の調査についても言える。この理由で、他にも、大陸棚の掘削、爆発物の使用或いは海洋環境に有害な物質の持ち込み(introduction)を伴う調査(同項b号)と人工島、施設(installations)及び構築物(structures)の建設、操作又は利用を伴う調査を、応用調査と位置付けている(同項c号)。これら全ての調査をChurchillとLoweは「応用的調査」としているのである。彼らが大陸棚条約第5条第8項に対応させて純粋調査と呼ぶものは、海洋法条約では第246条第3項でいう「専ら平和的目的のために且つ全人類の利益のために海洋環境に関する知識を増進する目的で」行なわれる調査である。
 
 純粋な科学調査に対しては、「通常の状況において(normal circumstances)は、沿岸国は同意を与えなければならない」と、ChurchillとLoweは、「must give」と明確に義務と解している( R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.406)が、条約の表現では「与えられるものとされる(shall be given)」である。過去に科学者たちが実際に経験した様な、同意を不合理に遅延したり拒否したりする事態、が起こる事の無い様にする為に、規則と手続きを定めるべきものとされる(shall establish第246条第3項)。これ についてO'Connellは、実際はこれと反対になると予想していた。何故なら、調査計画(proposed research)が、天然資源の探査及び開発に直接的影響がある場合、即ちChurchillとLoweが「応用的調査」と呼んでいるものの場合には、沿岸国は、完全な自由裁量を有し、上の同意を与えない(withhold)権利を持っているからである。しかも、資源が生物、非生物とを問わず、掘削を含まなくとも、海洋環境に有害な物質や爆発物を使わなくとも、或いは構築物を建設しなくとも、調査計画の性質と目的について不正確な事前情報しか提供しない場合や過去の調査で沿岸国に対する義務の履行を怠った場合にも、同意を与えない権利を有する事に変わりはない(第246条第5項d号)からである。従って実際には、純粋な「海洋科学調査」と、資源探査開発に影響のある「応用調査」との区別は、困難だとO'Connellが考えていた 。「直接的」という文言は、目的が密接性とか関連性があるとかの意味を含むだろうが、調査計画の性質に関する争いを緩和するとはO'Connellは期待していない(D.P.O'Conne, vol.2, The International Law of the Sea, 1984, pp.1028)。
 
 沿岸国が同意を与えない事が不適切であるか否かを巡る紛争は、第三者による強制的紛争解決には全く服しない。例外は、海洋法条約付属書第五の強制調停であるが、ここでも、第246条第5項下の沿岸国の裁量権を問題にする事はできない(第297条第2項)。
 
 一定の場合には、沿岸国の同意が黙示的に与えられたものと解されるが、沿岸国が加盟国となっている国際機関が調査計画を行なう場合で、詳細な計画を沿岸国が承認したときや計画の通報を受けて四ヵ月以内に沿岸国が反対を表明しなかった場合(第247条)と必要 な事前情報を調査国から提供されたのに沿岸国が四ヵ月以内に対応しない場合(第252条) であり、これらの場合には、それから更に二ヵ月後からは調査を始める事が出来る(第252条)。これらは、調査許可を沿岸国が出さない危険を極小にする為の規定である。
 
 他国の排他的経済水域や大陸棚での科学調査を望む国は、多くの義務に服さなければならない。第一に、調査実施許可申請者は、調査の目的と性質を事前に沿岸国に通報しなければならないという要件がある。その中には、用いる乗り物の詳細、活動を実施する水域の正確な地理、目的とするデータ(expected dara)、陣容が含まれる(第248条)。
 
 第二に、沿岸国が望めば、それらの代表者か参加者を認めなければならず、近隣地理的不利国に対しても一定の条件の下で可能な限り認められる(第249条第1項a号及び第254条第3項)。
 第三に、沿岸国が要請すれば、調査の結果と科学標本あるいは見本を提出し、データ評価の助力をしなければならない。更に、調査結果を、国際的に利用できる状態にしなければならない(第249条第1項b〜e号)。科学者によっては、発見を隠しておきたいと思う者もあろうから、これらの規定は、調査の自由を妨げ、又は知的財産権の保護に抵触する恐れがある。或いは、義務回避を招いて調査者の義務や調査に対する沿岸国の管轄権の範囲についての論争を巻きおこす恐れがあるなど、問題は多い。
 
 調査国がこれらの義務を怠れば、沿岸国は、その終了或いは停止を求める事が出来る(第253条)。純粋な調査の場合には、条約第246条第1項や第249条第2項の文言から、沿岸国は、上に述べた以上の条件を設定できないと解される( R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.406)。これに対して応用的調査の場合には、沿岸国の排他的経済水域内での応用調査に関して、条件を沿岸国が定める事を、第246条第1項の挙げた一覧の条件が害するものではない、と第249条第2項が定めている。
 
 最後に、調査の純粋と応用との如何に拘らず、沿岸国の合法的活動に不当に干渉する様態で調査を行なってはならない(第246条第8項)。
 
 この様に、調査が、手続きや規則に従って行なわれない場合には、沿岸国は、その終了を求める事が出来るが、そうでなければ、沿岸国は、海洋調査を容易にしなければならず、調査船を援助し、特に、寄港権を与えなければならない(第255条)。
 
 ジュネーヴ大陸棚条約と比較して、純粋な「海洋科学調査」と資源探査開発に影響のある「応用調査」との区別が、海洋法条約では、より明確にされ、通常の同意を得られる計画についての争いが減るとChurchillとLoweは評価する。又、沿岸国が不当に同意を与えるのを遅延してはならない義務を定めている点と、黙示的に同意を与えたと見做す規定も改善と評価されている。調査が守るべき条件と、必要な通報(notice)量を特定している点も評価している。但し、「通常の状況において」の内容は、殆ど明確さを増していない。尤も、第246条第4項が、外交関係の不存在でも通常の状況が存在すると規定しているのは、沿岸国と調査国との間に敵対関係(hostility)か重大な緊張が無い限りは、通常の状況にある事を意味する。
 
 大陸棚が200海里外に延びている場合の、その大陸棚部分の上部水柱で行なわれる調査が海底を対象としているときに、沿岸国の同意が必要か否かの問題が大陸棚条約の場合同様に残っている。第246条第2項は唯「大陸棚上における」調査と言っているのだが、物理的に海床の上で行なわれる調査のみに同意が必要とも解される。これは第257条によって支持されている様に見える。全ての国は排他的経済水域を越える水柱で調査を行なう権利を有すると定めているからである。これは、排他的経済水域外では、地理的位置の如何を問わず、科学調査を行なう慣習国際法上の現存の権利を保持する規定の一つである(第256条及び第257条。前者は深海底での科学調査の権利を認めている)。
 
 何れの解釈が採られようと、第246条第6項の規定で、調査の制限が緩和される。即ち、沿岸国の大陸棚の200海里外で開発又は詳細な探査を自ら行なう区域を沿岸国が指定できるが、その外部については、他国が調査する事について沿岸国といえども裁量権を行使できない。
 
 科学調査の設備の地位(location)は、大陸棚開発の為の建造物(structure)と同じ規則に従う。即ち、これらは、島としての地位を有せず、固有の領海をもたず、領海画定に影響する事がない(第259条)とされ、500mの安全水域を持つ(第260条)。確立された海運航路に対する障害となってはならない(第261条)。
 
 第三次国連海洋法条約には、又、世界的或いは地域的協力に関する一般条項があり、情報や知識の公開(publication)や普及(dissemination)が謳われている(第243-4条及び第275-7条)。これらは、海洋技術の発達と移転に関する対応する規定(第267-74条)と共に、実際には、勧告の性質を越えるものと見做される可能性は有りそうにもない、というのが、オコンネルの予想であった(D.P.O'Conne, vol.2, The International Law of the Sea, 1984, pp.1029)。
 
 既に百を超す国々が排他的経済水域を設定しているが、科学調査の扱い方は様々で、第一にアメリカ合衆国の様に、科学調査に何らの管轄権を主張しない若干の国がある。但し、同国は、国際法に従って合理的に主張される科学調査に対して行使される他国の管轄権を尊重すると断っている。第二に大多数と言っても良い国々は、科学調査に対して、「管轄権」「排他的管轄権」或いは「科学調査を承認し、規律し、統制する(authorize, regulate and control)管轄権」を主張するが、それ以上の詳しい規定をしないでいる。第三に、象牙海岸国、ホンデュラス、インドネシア、モロッコ及びタンザニア等の国は、排他的経済水域内での調査には、沿岸国の同意を必要とするとしているが、詳細は欠いている。海洋法条約の制度に広い意味で従い、若干の細目を定めているのが、ブルガリア、ガボン、ガーナ、アイスランド、モルディヴ、メキシコ、ポルトガル、ルーマニア、セネガル及びヴェネズウェラである。海洋法条約に酷似する規定を定めているのは、マレイシア、ポーランド、ロシア、スペイン及びウクライナである。これに反して海洋法条約とは程遠い規定を定めているのが、トリニダードトバゴとブラジルである。前者は、同国の大陸棚で行なわれる調査の結果は、同国の財産とされ、同国の明示の同意が無ければ公表できないとする。又、調査のデータと標本も同国の財産とされ、調査船の旗国の国民でない調査員の参加には、同国の同意を要するとしている。次に、ブラジルによれば、調査の承認が与えられるのは、調査がブラジルの科学と技術の発展に貢献し、且つ、ブラジルの機関との契約による場合だけである。但し、ブラジルの機関が調査に全く興味を示さない場合は別である。しかも、調査員に要求される情報と条件は、海洋法条約のものより遥かに厳しい。最後にイタリアは、排他的経済水域を主張しないまま、大筋では海洋法条約に沿った調査規制をしてきた。但し、黙示的同意の規定は無い。さらに大陸棚条約の影響をより強く受けている多くの国々は、大陸棚に関する調査に同意を要求している。
 
ここで科学調査のカナダにおける手続をやや詳しく述べると次の様になる。
 
 運輸相は科学調査の為にブイや航路が変更・移動された場合には、その水域(seceur)を航海中の船に通報する。科学調査計画に必要とされる材料や装備の検証(verification)を担当する。運輸相の指揮下で、沿岸警備隊は、カナダ水域内で科学調査を行なう外国船の活動と許可をコントロールする(S. April, La recherche scientific marine: point de vue canadien, in D. Pharand and U. Leanza ed., The Continenal Shelf and the Exclusive Economic Zone, 1993, p.360)。
 
 国防相は、カナダの管轄下の水域で行なわれる外国船による全ての活動に関心を寄せる。調査を行なう権利は、カナダの安全と保護の為の重要な利益の観点から、一定の区域では制限される。従って、一定の外国船は、フリゲート艦隊を容するハリファックスや海底探知装置(detecteurs de sous-marins)のある地域での航海を許されない。更にカナダ艦隊が演習を行なっている水域への立ち入りを国防省は、制限する(S.April,1993,p.361)。
 
 国連海洋法条約の発効と加盟国が多数である事の為に、科学調査に関する慣習法が何かという問題の重要性は薄れてきた。それでも、上述の慣行の大半が、海洋法条約の発効前に行なわれた事を鑑みれば、排他的経済水域と大陸棚で行なわれる調査に沿岸国の同意を要するとする原則は、今や慣習国際法の一部になっていると結論できよう。しかし、調査の通報の期間とか、黙示の同意など国連海洋法条約制度の具体的細部の多くは、国際慣習法にはなっていないし、今後なりそうにもない。何故ならば、国家の慣行が不足しているし、また其の性格が基本的には規範形成の性質を有しないからである。又、個々の手続き要求の法的効力(validity)の問題を検討するには、対効力(opposability)の問題が決定的となろう(R.R. Churchill and A.V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd ed., 1999, p.406)。
 
 排他的経済水域に加えて、過去或いは現在でも排他的漁業水域を主張してきている国々の大半は、この水域での漁業調査に対して管轄権を主張してきた。勿論個々の場合には、対効力の問題があるが、一般的には、これらの主張は、慣習国際法規則となっていると解される。第一にこの様な主張に対する抗議が殆ど無かったし、第二に、12海里排他的漁業水域に関してなされた同様の主張が、一般的には認められたと言って良いからである。
 
 調査についての同意制度を海岸に接する大半の国々が定めている割りには、それに関する情報は少ない。その中で、1983〜1995年の米国の公的研究によれば、国務省が米国調査船の為に140国の領海や排他的経済水域について要請を出した件数が、1600件で、その内拒否されたのは、43件に過ぎず、調査者が条件に従わなかった事などを主な理由として同意が取り消されたのが148件であった。米国が直面した主要な問題は、要請への回答の遅延、最後の土壇場での許可の取消、データを公表しない様にとの要請、関係沿岸国の官僚機構による協力の不足や人員の提供等である(J.A. Roach and R.W. Smith, United States Responses to the Excessive Maritime Claims, 1996, pp.438-41. R.R.Churchill and A.V. Loweの引用に依る。atp.410)。
 
 この経験から、海洋法条約の定める同意制度を機能させる細則についての立法や行政手続きを多くの国々が、未だ定めていない事が窺われる。地域的レベルでは、バルト海洋保護委員会が、バルト諸国に調査申請手続きを簡素化且つ迅速化する様に勧告した。欧州委員会も同様の措置を執る様に加盟国に提案した。海洋探査国際評議会(the International Council for the Exploration of the Sea)も1984年に決議を採択して、「調査が、官僚機構的手続きによって時々、妨害される」事を銘記し、「例えば、予告に要求される期間を最小限に止めるとか、提出書類の書式を標準化する事などにより、関連手続きを簡素化する事」を呼び掛けている(A.H.A. Soons, "The Regulations of Marine Scientific Research by the European Community and its Member States", 23, ODIL, 1992, p.259. R.R.Churchill and A.V.Loweの引用に依る。atp.410)。
 
 大陸棚については、第三次海洋法会議で、大陸棚条約の第5条第8項の条文が放棄され、大陸棚上の科学調査と排他的経済水域における其れとを、第246条で一纏にして規定した。これは実際には、「科学調査」と「探査」の違いを曖昧にする側面を持つ。
 
 「軍事目的の海洋学的調査」の場合には、目的に関して問題が更に複雑化される。というのも、第三次海洋法会議では、公海に於いてさえ、「調査は専ら平和的目的の為に、又全人類の為に、行なわなければならない」とされているからである。ところが、潜水艦対潜水艦戦争では、音波の伝播を乱す水温の層の把握が、有効性を左右するから、この点での普段の調査は、防衛政策にとって、到底、交渉の対象にはなりえない。海戦における電子戦も大気の状況の調査に依存する。これらの様々な目的に応じた設備を備えたソ連船が、大洋に乗り出していた。米国のプエブロ号は、北朝鮮に拿捕されたときに、艦長は「国際地球物理学年に因む太陽黒点観察を含む海洋学的調査に従事していた」と主張したのである(「Knaus, 1 Ocean Dev.& Int.L.J.(1973), 95.D.P.O'Conne」の引用に依る。vol.2, The International Law of the Sea, 1984, at pp.1033)。








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