1.2.1 調査趣旨
環境に対応して生物が生息していることから、生物の生息の状況や変化から環境の状況や変化を評価できる。さらに、生物の食物連鎖構造はピラミッドで表現でき、低次ほど生物量が多く、高次ほど生物量が少ないピラミッド型が理想であり、安定しているといえる。ここでは、海湾に生息する海洋生物の出現状況を簡単に把握することで、その海湾における比較的低次の食物連鎖構造が安定しているかどうかをチェックする。
1.2.2 使用データ
対象海湾において現地調査を行い、データを取得する。
1.2.3 調査手法
(1) 調査対象とする海域環境
海湾が保持している磯や干潟といった「場」は、生物にとってその生息を決定付ける重要な要素であり、同じ海湾でも場所によって生息する生物が多種多様である。直立した基質の表面には、潮がごくわずかにかかるだけの潮上帯から、潮が常にかぶっている潮下帯までの、ほんの1〜2mほどの高さではあるが、それぞれの環境を好む多様な生物が層状に群集を構成している。また、傾斜のゆるい干潟などでは、同様な環境が水際線まで延々と連続しているが、礫の下や隣接する構造物の陰、地盤が砂か泥かの違いで様々な生物が潜んでいる。このように、環境や基質の違いによって様々な生物が生息しているので、調査をするときはできるだけ多様な環境を調べることが必要である。
一般的に、内湾域にみられる基質といえば、1.磯場、2.砂浜3.干潟(泥干潟・砂干潟)、4.人工護岸、5.海底(泥・砂)、6.海草場(アマモ・コアマモ場)、7.リーフ、8.マングローブの8つほどが考えられる。6の海草場(アマモ・コアマモ場)はアマモ・コアマモ場は、多くの魚介類が摂餌、産卵、幼稚魚の育成場として利用しており、アマモ・コアマモが存在するということで、そこに依存する生態系が健全であると判断される。また、7の熱帯・亜熱帯地方の内湾域におけるリーフでは、造礁サンゴやウミトサカなどが群生し、生息する生物も多種多様で、生態系の安定性が非常に高いものであると判断できる。さらにヒルギやオヒルギといった8のマングローブと称される植物が群生する熱帯地方の河口域では、複雑に入り組んだ根の隙間や樹上を生活の場として、海洋生物に限らず、様々な生物が生活している。サンゴ礁域と全く正反対な富栄養環境であるが、この生態系が成立している背景には、リターなどの有機物とそれらを消費するマングローブをはじめとする植物やデトリタス食生物が、絶妙のバランスを保ちながら共存していることの証しでもある。従って、これらの3つの環境が存在すれば、その場の生態系は安定に保たれていると判断できるので、調査は行わない。
調査を行う際には、前に挙げた5つの場(磯場、砂浜、干潟、人工護岸、海底)をできるだけ含むようにすることが望ましい。
(2) 調査対象とする生物
内湾環境における食物連鎖の中で発生、あるいは生産され、多くの生物の餌となっているものは、1.動・植物プランクトン、2.懸濁物および堆積物中の有機物、3.海藻類および小型の動物の3つに代表される。これらは内湾で消費されないと、環境に様々な弊害をもたらすものもある。つまり、これらを消費する生物が生息していることで食物連鎖が正常に行われ、内湾の生態系は安定を保つことができる。
(A)プランクトンを食べる生物
フジツボなどの甲殻類は触手を利用してプランクトンを食べる。アサリなどの二枚貝は、海水をろ過することにより、プランクトンを濾しとって食べる。これらの生物の生息をチェックすることにより、プランクトンを食べる生物がきちんと生息しているかどうかを確かめる。
(B)懸濁物および堆積物中の有機物や、死肉などを食べる生物
干潟や海底に生息するゴカイ類は、泥や砂といっしょに有機物を取りこんで、栄養分だけを吸収する。また、フナムシは打ち上げられた魚の死肉や海藻類などを食べて分解する働きをしている。これらの有機物を利用する生物をチェックすることで、分解者としての働きをする生物が生息しているかどうかを確かめる。
(C)海藻(草)類や貝類を食べる生物(および海藻類の生息)
ウニ類や巻貝の仲間は、海藻(草)類を主食にしているものが多い。これらの動物の生息をチェックし、海藻(草)類を食べる生物がきちんと生息しているかどうかを確かめる。しかし、ウニ類などによる海藻(草)類の食害により、磯焼け現象が起きていることも考えられるので、海藻(草)類の生息状況もあわせてチェックする。
(3) 調査時期
生物は水温が高い夏季に活発に活動する。岩の隙間に生息する生物や穴の中に棲む生物は地表に出てきて活動するため、夏季に調査をすると生物も見つけやすい。従って、基本的には6月から9月ごろにかけて調査をすることが望ましい。しかし、アラメやカジメなどの海藻類は、秋から冬にかけて繁茂するため、海藻をチェックする磯場では秋季または冬季にも調査を行う。
(4) 調査範囲および時間帯
(A)磯場
磯場の形態にもよるが、少なくとも潮上帯から潮間帯を含む20m×20mほどのエリアを調査する。時間帯はできるだけ潮間帯が露出している干潮時を狙って行う。
(B)砂浜
調査エリアは、砂浜が始まるところから水際線まで、幅約20mくらいの範囲を歩き、ところどころ砂を掘り返したり、漂着物をどかしてみたりしながら行う。
(C)干潟
調査エリアは、干潟が始まるところから水際線までを歩き、底質(砂か泥か)を確かめながら、幅20mくらいを調査する。時間帯は、潮間帯が露出している干潮時でなければならない。
(D)人工護岸
護岸形状にもよるが、潮上帯から潮下帯を含む海岸線の20mほどを調査する。時間帯はできるだけ潮間帯が露出している干潮時を狙って行う。
(E)海底
1地点につき、最低0.1m2(エクマンバージ採泥器:15cm×15cmなら5回分、20cm×20cmなら3回分;スミスマッキンタイヤ型採泥器:22cm×22cmなら2回、33cm×33cmなら1回分[図III-4])の分量を調査する。
(出典:「水質汚濁調査指針」日本水産資源保護協会、1980)
図III-4 エクマンバージ採泥器およびスミスマッキンタイヤ採泥器
(5) 調査手法
図III-5に示した生物チェックシートを持って、選定した場に出かけ、表に載っている生物が生息しているかどうか調べる。
出典: 奥谷喬司「海辺の生きもの」山と渓谷社、1994
「決定版 生物大図鑑 貝類」株式会社世界文化社、1986
峯水亮「海の甲殻類」文一総合出版、2000
西村三郎「日本海岸動物図鑑〔I〕」保育社、1992
内海冨士夫「標準原色図鑑全集16 海岸動物」保育社、1971
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図III-5(1) 生物チェックシート(磯場)
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図III-5(2) 生物チェックシート(砂浜)
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図III-5(3) 生物チェックシート(干潟)