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事例34 スチレンモノマー事故
(1) 事故概要
 1988年(昭和63年)6月23日午前2時頃、濃霧(視程300m以下)の津軽海峡東口において、バンクーバーから台湾の高雄に向けて台風を避けるため津軽海峡を抜けて日本海を南下しようと航行していたパナマ籍のケミカルタンカー(13,539総トン、21名乗組)と、鋼材を積載し室蘭から川崎に向けて航行していた日本の貨物船(661総トン、6名乗組)が衝突した。
 ケミカルタンカーの船腹海面上約2mの位置におおよそ縦40cm横1mの亀裂が入り、タンカーの7番船倉から積荷のスチレンモノマー約235KLが流出した。その後、スチレンモノマーを他の船倉に移送したことから流出は止まった。
 
(2) 性状
 スチレンは前述のとおり、無色の特有の強い臭いを有する液体で水に不溶である。流出すると水面に浮かんで蒸発する。有害液体物質のB類物質である。
 
(3) 対応
 当該物質は無色透明で引火性があり、また、有毒であることから、函館海上保安部は巡視船等多数を派遣し警戒にあたるとともに、ただちに付近航行船舶に対し、安全通信による注意喚起を行った。さらに、流出地点を中心とする半径6海里の円内海域を危険海域と定め、船舶の立ち入りを禁止した。
 第3管区海上保安本部の特殊救難隊も、ヘリコプターにより現場に派遣された。
 防除活動は、防爆型で放水能力のあるタグボート及び防災船により危険海域内のガス検知を行いつつ、ガス濃度の濃い部分に海面放水を行い拡散を促進させることを内容とした。
 当該活動は24時間にわたって行われた。この間、大きな被害はなかったが、付近航行中の漁船乗組員が目の痛み、息苦しさなどの体調不良を訴えたのをはじめ、下北半島尻屋埼から北部沿岸部の住民が目の痛みや臭気を感じている。
 本件事故による問題点として、次のことが挙げられた。
 直接事故対応にあたる者の中に、ケミカルについての知識(スチレンモノマーの性状等)をもった者がいなかったため、対処方針がなかなか決まらなかったこと。
 流出した物質が無色透明であったことや現場海域が濃霧であったことから、流出範囲の特定や漂流予測・監視が難しかったこと。
 また、スチレンモノマーが大量に流出した割には被害が少なかったのは、流出事故が発生した場所が、沿岸部や東京湾等の人口密集地帯近郊でなく沖合いであったこと。
 火災が発生しなかったこと。
 流出物質が1種類であったこと。
 作業可能な船舶や呼吸器具等の保護具が近くにあり、早期手配が行えたこと等が要因と考えられている。
 
 なお、海上災害防止センターでは、有害液体物質の防除関係では初の2号業務を発動、24日まで警戒監視を実施した。
事例35 イソプロピルアルコール事故
(1) 事故概要
 1989年(平成元年)10月31日午前1時30分頃、室戸埼東方約4海里の海上において、横浜から大分へ向けの韓国籍のケミカルタンカー(755総トン、13名乗組、イソプロピルアルコール約600KL積載)と、神戸から台湾の高雄向けのパナマ籍コンテナ船(37,042総トン、16名乗組)が衝突し、ケミカルタンカーは船体中央部から折損し、船尾部は沈没、船首部は転覆漂流し、積荷のイソプロピルアルコールが流出した。
 
(2) 性状
 イソプロピルアルコールは前述のとおり、引火性、芳香臭及び揮発性のある無色の液体である。また、水より軽く水溶性であり、蒸気は空気よりも重い。海洋汚染防止上の無害物質である。
 
(3) 対応
 神戸海上保安部の巡視船が、ケミカルタンカーの乗組員4名を救助した。残る行方不明者9名の捜索を高知海上保安部、第3管区海上保安本部の特殊救難隊等が実施した。
 高知海上保安部は、流出物質について付近航行船舶へ周知及び現場海域の警戒を実施した。 なお、漂流していた船首部は後日沈没処分された。
事例36 アセトン事故
(1) 事故概要
 1990年(平成2年)10月25日21時35分頃、関門海峡西口において、神戸から韓国麗水(Yosu)向けのパナマ籍のケミカルタンカー(3,753総トン、19名乗組、トルエン等約2,300トン積載)と、韓国蔚山(Ulsan)から横浜向けのフィリピン籍自動車運搬船(11,409総トン、22名乗組、車両310台積載)が衝突し、ケミカルタンカーからアセトン約200トンが流出した。
 
(2) 性状
 アセトンは前述のとおり、揮発性が高い引火性のある無色の液体である。また、水より軽く水溶性であり、蒸気は空気よりも重い。海洋汚染防止上の無害物質である。
 
(3) 対応
 第7管区海上保安本部では、巡視艇及び消防艇を出動させ、衝突現場付近並びにケミカルタンカー周辺のガス検知及び付近航行船舶の警戒を実施するとともに、放水による拡散措置を行った。その結果、流出したアセトンは全量が揮発または水溶し、二次災害の発生はなかった。
事例37 酢酸エチル事故
(1) 事故概要
 1994年(平成6年)2月14日午前5時50分頃、大阪北港の夢洲沖約3海里で、日本のケミカルタンカー(761重量トン、6名乗組、酢酸エチル約540トン積載)と日本の貨物船(1,424重量トン、5名乗組)が衝突し、ケミカルタンカーの左舷に直径約1mの穴があき、積荷の酢酸エチルの一部が流出した。
 
(2) 性状
 酢酸エチルは引火点−3℃、爆発限界(容積%)2〜12%の芳香臭のある無色の液体である。蒸気は空気よりも重く、水に微溶で加水分解しやすく酢酸とエタノールに分離する。有害液体物質のD類物質である。
 
(3) 対応
 酢酸エチルは引火性があるため、消防艇が出動し周辺海域に放水・拡散作業を行った。
事例38 メタキシレン事故
(1) 事故概要
 1997年(平成9年)10月9日、横浜港錨地(金沢区鳥浜沖約3km)に停泊中のノルウェー籍のケミカルタンカー(22,714総トン)のタンクに亀裂(水面下1.3mのところに約5cm)が生じ、積荷のメタキシレンの一部が流出した。
 
(2) 性状
 メタキシレンは引火点25℃、爆発限界(容積%)1〜7%の芳香族臭のある無色の液体である。水より軽く水に難溶であり、蒸気は空気よりも重く低所に滞留しやすく、また、爆発性混合物を形成しやすい。有害液体物質のC類物質である。
 
(3) 対応
 ケミカルタンカーの周囲にオイルフェンスが展張されるとともに、同船周辺に航泊禁止措置のほか、航行警報、ガス検知等が実施された。
事例39〜50 その他
(1) 事例39 粗製ベンゼン流出
 1983年(昭和58年)8月5日午後11時40分頃、和歌山県紀伊日御埼付近で日本のケミカルタンカー(355G/T)が底触、1番タンクに亀裂が入り浸水し、粗製ベンゼン約6KLが流出した。
 粗製ベンゼンは、ベンゼン、トルエン、キシレン、スチレン等の混合物である。引火性の強い液体で、空気との爆発性混合ガスを形成しやすい。主成分であるベンゼンは引火点−11℃、爆発範囲(容積%)1〜7%の非常に揮発性の高い液体である。
 
(2) 事例40 トルエン爆発事故
 1983年(昭和58年)11月26日午後4時30分頃、名古屋港において日本のケミカルタンカー(499総トン)が、船首近くのスロップタンク付近でタンククリーニング用のトルエンの取り出し作業中、爆発・火災が発生した。
 火災はただちに鎮火するものの、船長以下3名が全身火傷で重体となった。
 トルエンは引火点5℃、爆発限界(容積%)1〜7%、芳香臭のある無色の液体である。水より軽く水に難溶であり、蒸気は空気より重く海面に沿って移動し遠距離引火の可能性がある。引火・爆発事故例が多い。有害液体物質のC類物質である。
 
(3) 事例41 ベンゼン爆発事故
 1984年(昭和59年)2月8日午前10時50分頃、東京湾中ノ瀬付近を横浜港向け航行中の日本のケミカルタンカー(199総トン、4名乗組)がベンゼン荷卸し後のガスフリー作業中に爆発、1名が死亡し、1名が重傷を被った。
 1985年(昭和60年)12月17日11時35分頃、水島港内桟橋係留中の日本のケミカルタンカー(494総トン、6名乗組)がベンゼンを積込中、1番左舷貨物タンクが爆発、次いで同右舷タンクも引火爆発して火災となり、船体及び桟橋を損傷するとともに乗組員2名が死亡した。火災は午後0時30分頃鎮火した。
 この爆発は、騒音防止の目的で液面計フロートに樹脂製クッションを装着する際、静電気の帯電についての検討が不十分で、ベンゼンを積込中、同フロートに流動帯電によって生じた静電気が蓄積し、接地されたガイドパイプとの間で火花放電が発生して付近の爆発範囲のベンゼン混合気に着火したことによるものである。
 1986年(昭和61年)10月17日午前9時15分頃、日本のケミカルタンカー(486総トン、8名乗組)が、水島で積み込んだベンゼンを神戸沖にて中型タンカー(8,599重量トン)に揚荷移送後、ポンプ室残液抜き取り作業中に爆発、2名が死亡し、3名が火傷を被った。
 ベンゼンは非常に揮発性が高く、かつ、引火性の高い芳香臭のある無色の液体である。蒸気は空気よりも重く低所に滞留しやすく、また、空気との爆発性混合物を生成しやすい。静電気が原因と思われる引火・爆発事故例が多い。有害液体物質のC類物質である。
 
(4) 事例42 エタノール流出事故
 1984年(昭和59年)6月29日午後11時37分頃、神戸港沖でノルウェー籍のケミカルタンカー(17,056総トン)とパナマ籍のコンテナ船(14,628総トン)が衝突し、ケミカルタンカーの積荷の飲料用エタノール約1,572トンが流出した。
 エタノールは前述のとおり、引火性でアルコール臭のある無色の液体で、水溶性である。海洋汚染防止上の無害物質である。
 
(5) 事例43 イソプロピルアルコール及びノルマルヘキサン流出事故
 1984年(昭和59年)7月5日午前4時54分頃、播磨灘において日本のケミカルタンカー(293総トン)とパナマ籍のタンカー(106,118総トン)が衝突し、ケミカルタンカーから積荷のイソプロピルアルコール約204KL及びノルマルヘキサン約75KLが流出した。
 イソプロピルアルコールは前述のとおり、引火性、芳香臭及び揮発性のある無色の液体である。水より軽く水溶性で、蒸気は空気よりも重い。海洋汚染防止上の無害物質である。
 ノルマルヘキサンは引火点−22℃、爆発限界(容積%)1〜8%の芳香臭のある無色の液体である。水より軽く水に難溶で、蒸気は空気よりも重く低所に滞留しやすく火災・爆発の原因となる。海洋汚染防止上の無害物質である。
 
(6) 事例44 酢酸エチル流出事故
 1987年(昭和62年)9月25日23時40分頃、備讃瀬戸南航路航行中の日本のケミカルタンカー(213総トン)が乗揚げ、積荷の酢酸エチル約155KLの一部約13KLが流出したが、まもなく蒸発・拡散した。
 酢酸エチルは前述のとおり、引火性で芳香臭のある無色の液体である。蒸気は空気よりも重く、水に微溶で加水分解しやすく、酢酸とエタノールに分離する。有害液体物質のD類物質である。
 
(7) 事例45 けい酸ソーダ積載ケミカルタンカー沈没
 1988年(昭和63年)9月23日午前2時頃、坂出沖の備讃瀬戸東航路を西航中の日本のケミカルタンカー(193総トン、積荷けい酸ソーダ)が、西航中の中国船(6,239総トン)に追突され、鍋島灯台から62度750m付近で沈没した。
 積載中のけい酸ソーダの流出が懸念されたが、潜水員による調査の結果、タンクに損傷はなく、積荷の流出はないことが確認された。同船は10月4日にサルベージにより引き揚げられた。
 けい酸ソーダ水溶液は、有害液体物質のC類物質である。
 
(8) 事例46 アクリロニトリル等積載ケミカルタンカー火災
 1989年(平成元年)3月14日午前5時45分頃、野島埼から110度、55海里の海上において、米国ヒューストンからパナマ運河経由横浜向けのリベリア籍のケミカルタンカー(23,038総トン、英国人4名、フィリピン人19名、計23名乗組、積荷アクリロニトリル、メタノール等約36,000トン)が火災中であることを自衛艦が発見した。
 第三管区海上保安本部では対策本部を設置し、巡視船艇、航空機、ヘリコプター、特殊救難隊等を出動させ、行方不明者の捜索及び監視・警戒を実施した。また、海上自衛隊からも自衛艦及びヘリコプターが出動し、捜索を実施した。
 同船は爆発炎上を繰り返しながら漂流を続けていたが、熱風と有毒ガスのため、同船には400〜500mまで接近するのが限界であったという。
 銚子海上保安部では、館山及び銚子周辺の沿岸漁港に対し、漁船が現場付近に出漁しないよう指導した。
 同船から事前に、「荒天のため、7番タンクのヒーティングコイルか積載貨物の苛性ソーダに損傷が予想される。」とのテレックス連絡があったという。
 最終的に乗組員23名の手がかりは得られず、同船は犬吠埼東南東約210海里において沈没した。
 
(9) 事例47 希硝酸による腐食破孔
 1992年(平成4年)6月5日午後0時15分頃、新居浜港においてケミカルタンカー(288総トン、5名乗組)が希硝酸を積込中、ドレン排出孔から積荷が漏出し、貨物ポンプ室に隣接する船底外板、バラストタンク、燃料タンク等に腐食破孔を生じた。
 積込前に検査のため開放した荷役管系諸弁等の復旧状態の確認が不十分で、貨物ポンプの取出元弁のドレンプラグが復旧されず、積込中にドレン排出孔から希硝酸が漏出し、貨物ポンプ室下の船底外板等を腐食破孔させたものである。
 硝酸は刺激臭のある無色または淡黄色の水溶性の液体である。強い酸化性があり、大部分の金属を腐食する。有害液体物質のC類物質である。
 
(10) 事例48 ブタジエン積載液化ガスタンカー沈没・タンク漂流
 1996年(平成8年)7月27日、鹿児島県甑島西方約200海里、済洲島の南方約100海里の韓国との中間線付近において、韓国麗水(Yosu)から台湾高雄向けのパナマ籍の液化ガスタンカー(2,102総トン)が沈没し、積載していた引火性高圧ガス(ブタジエン、1,521トン)タンクが漂流した。
 海上保安庁本庁、第十管区海上保安本部、韓国海警庁、液化ガスタンカーの代理店等がタンク処理のために連絡調整にあたった。
 乗組員16名は全員救助された。
 最終的にはガスフリーが行われた後、サルベージ船によるタンクの曳航が行われた。
 ブタジエンは引火点−60℃、爆発限界(容積%)2〜12%、沸点−4℃の弱い芳香臭のある無色の気体(常温加圧下で液体)で、水に難溶である。空気よりも重く低所に滞留しやすく、爆発性混合物を形成する。
 
(11) 事例49 グリセリン積載ケミカルタンカー転覆
 1997年(平成9年)4月28日、神戸港においてケミカルタンカー(198総トン、4名乗組)が転覆した。給水船がこれを発見し、その後第5管区海上保安本部の巡視艇が乗組員2名を救助したが、同2名が死亡した。
 同船は、神戸港において液体精製グリセリンを417トン積載し、大阪港へ向け航行中であった。他船を避けるため全速力のまま右舵一杯にとり、その後急激に左舵一杯に戻したため、右舷側に大きく傾き復原力を失い転覆したものである。貨物の積載にあたり復原性確保についての検討が不十分で、二重底バラストタンクにバラストを漲水しなかったのが原因と考えられる。
 同保安本部では、オイルフェンスを張って流出した燃料重油の拡散を防ぐとともに、半径300mを航行・停泊禁止とした。
 グリセリンは海洋汚染防止上の無害物質である。
 
(12) 事例50 塩化ビニルモノマー積載液化ガスタンカー転覆・沈没
 1997年(平成9年)11月22日、荒天下の対馬北東約12海里において、徳山から韓国鎮海(Chinhae)向けのタイ籍の液化ガス(LPG/塩化ビニルモノマー)タンカー(1,684総トン、積荷塩化ビニルモノマー)で、タンク下部空所の浸水警報が作動した。同船は排水しつつ続航したが、やがて船体傾斜が増加し、後に転覆・沈没した。乗組員15名は全員救助された。
 巡視船艇による浮流油調査、ガス検知、船主への指導等が実施された。
 塩化ビニルモノマーは前述のとおり、毒性を有し、非常に揮発性が高く、大気中では広範な濃度範囲において爆発性・可燃性混合物を形成する。








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