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◎人を撮るということ◎
筑紫………ほんとになつかしいのですね。オンリー・イエスタデイという感じがものすごくある。無心な写真が時代を写しとってしまったという写真の強さもあるし、飛弾野さん自身の撮り方もよかったのだろうと思いますね。
 ただ、一方で、例えばさっきの愛国心の表現で言えば、戦後我々が否定してみんなが見たくないと思ってきたものですね。村々で入営とか出征とか祝ったのですね。しかし、祝って出ていって何をやらかしたかというと、ろくなことをやっていなかった。しかも結果として負けちゃったものだから。
 それから戦後について言うと、いつも背伸びしている時代の写真なのです。なつかしいのは、アッパッパーとか、いろんな着る物だとか、とにかく、今まで持っているものを脱ぎ捨てて、あるいは後ろに下げて、それこそ近代化を図った時代です。建物の落成式が出てくるじゃないですか、あの当時はものすごく嬉しかったのだと思いますよ。あれは東劇という映画館かな。今振り返って見ると、けっこうくだらないものに突進してきたようなところがみられます。それは、戦前の軍国主義だって挙句の果て破綻して、その後は近代化の中で建物だって何だって今、あるものは全然美しくない。一方では捨てようとした過程みたいなものなのですね。だが今見てみるとそんなに悪くない。その最たるものが顔なのですよ。日本人の原型みたいな顔から皆脱皮したかったのです。中でもモダンになりたかった。ところがね、はっきり言ってあの顔がいいんですよ。最近そういう時代の写真見ると、今の日本人くだらなくなっちゃったと、つくづく感じます。
 話が写真からすぐすべっちゃうけど、映画監督の黒沢明さんが亡くなる直前に、多分一番しっかりしたインタビューを私がやらしていただいた。その頃、みんなが黒沢さんに言ったのは、最後に「七人の侍」みたいな映画をつくって死んでくれということ。そんな話になったら、黒沢さんは憮然として、「だって顔がねえじゃないか。時代劇やれる顔がどこにいるのだ。三船敏郎の代わりがどこにいるのだ」と。「日本人の顔はすごくモダンになったかも知れないけど」って、それを言われて、僕はまた、黒沢映画をビデオデイスクで見直しました。一番印象的なのは、「羅生門」という映画で、羅生門のところに雨宿りしている人たちをロングショットで、ぐっと望遠で詰めて、表情を描写するでしょ。あれを見ていると奇岩怪石ですよ。ごつごつのみんなすごい顔している。これが、乞食から何から、全部リアリティーであるから、あそこで喧嘩が始まってくると、それがぐっと迫ってくるじゃないですか。「そんなものを撮るのは無理に決まっているじゃないか」と黒沢さんに言われて、「ああそうですね」と思った覚えがあるんですよ。
 写真の顔見てるとね、美男子でもなければもちろん美女でもない、けれども子供でも大人でもみんな存在感があるじゃないですか。これはやっぱり本物の面白さです。撮った人の意図を超えていろんなものが伝わってくるところが、こういう時代を撮ることのすごさなんですね。
平木……:写真は確かに撮った人の意図をよく超えますね。いや、長野さんから叱られそうですけども(笑)。いかがなものなんですか、その辺は。
長野………それはそうですよ(笑)。でもね、ほんとに筑紫さんがおっしゃったように、ことに戦前の写真見ると、一番、目につくのは、女性も男性も毅然としているんですよね。それはカメラの前に立つから、すましているという、でも最近になるとわりあい、楽な気持ちでカメラの前に立っているからという差はあるかもしれないけども、それを抜きにしても確かに顔も立派だし、居住まいはともかく、凛としているという感じがする。後半になると確かに顔の個性みたいなものは、まったくなくなってますね。
山岸………飛弾野さんの写真を拝見すると、例えば縄をなうとか、共同体でやる仕事がいっぱい写ってますよね。子供もそれを手伝う。生きること、遊ぶってことが一体化している。かつてルイス・ハインに撮られた子供たちもそうでしたが、この頃の子供たちは何か役割を持っていたのですね。写真の力は実は向こう側にもあったんだということですね。
長野………いや、その子供のまなざしですが、目がくりくりっとしてこっちを見ている力が強いです。光りがありますよね。今の子供の目を見てるとどろんとしていますよね。だから、さっきからの話で、人がだんだん存在感を失ってきたという。私は写真を1970代からしばらく止めてて、80年代から撮り始めた時に、人のそばへ寄って人を撮ろうという気にあまりならないんですよね。むしろその背景と人との関係みたいなもののほうにしか目がいかない。これは我々の世代の仲間がみんな言うんですよね。「最近ともかく人を撮りたいと思わない」という。例えば鬼海弘雄さんの「王たちの肖像」を見ると、浅草に集う異形の人たちばかりを撮ったポートレート集なのですが、それが皆存在感を主張しているでしょ。むしろ今ではあれのほうが異様ですよね。
平木………逆に瀬戸正人さんが地下鉄の中で乗客の若い女の子を撮った写真が不気味なんですよね。みんなトローンとして、ほんとに石と同じようにしていましてね。
長野………先ほど筑紫さんがたまたま東川が写真の町になって、そのことで飛弾野さんの写真がこうやってクローズアップされたということをおっしゃったんだけども、おそらく、日本全国のいろんなところにこういう写真があるのだろうと思うんですよね。前から私は残念だなと思うのは、家庭のアルバムを、記録として公的な機関で収集することは割合少ないんですよね。例えば写真美術館なんてものが出来ていますが、こういう仕事はあまりしていません。だから図書館とかでそういうものを集めて下さると、将来はたいへんな貴重な資料になるだろうと思うんですよ。
平木………ほんとに普遍性を持つ、タイミングってあると思うんですね。僕は美術館に勤務していた時に、イギリス人のアルバムを100万円ほどの値で収集したことがあります。目的は、イギリス人が水兵で世界周航を果たしていて、長崎に寄港して上野彦馬の写真を買っている、アルバムの中にそれが6枚入っていたからです。また僕らは異国の人ですから、ほかの写真がすごく面白いんです。イギリスの由緒ある家庭の人たちはこういうふうなファミリーツリーを作って、そこに顔写真が入っていたりする。いろんな行った先だとか、いわゆる通過儀礼を撮っているんです。手書きで文字も入っていますけども、思い出の絵を入れたりしているんですね。それと共にこの家族が何故この写真を手放さなきゃいけなかったのか、私にはとても気になりました。でもそういう時代の表現ですから、やっぱりある種普遍性を持っていますね。
岡部………彼は東川の村役場に勤めているので、家庭のアルバムに貼る写真の撮影とはまったく違う仕事をしていて、そこが彼の写真のひとつの立脚点みたいな感じがします。ある種の客観性を持って歴史を見ている、まなざしがあります。それがヨーロッパのカメラマン、初期の頃のカメラマンに共通する部分です。ただ単に自分の家の周りや、例えば家族の写真を撮っていた人が、そこまでいけるかどうかは私にはわかりませんが。
長野………それが面白いのですよ。渋沢家の記念写真を集めて一冊のそこまでいけるかどうか私はちょっと分からないですけど。本にまとめた立派な本があるのです。それは、渋沢家のいろんな行事の記念撮影だけを一冊本にしているのです。これが面白いのですよ。それこそ顔付きから服装から、していることから、明治から大正、昭和に亘ってどんどんどんどん変わっていく。だからまあ、あれは渋沢家だからそういうことが出来たんだろうけども、個人の家の記念写真でもけっこう普遍性が持てるんで、大事にしてほしいなと思います。
筑紫………おらが町みたいにそばにいれば撮る、自分が撮りたいと思うものだけ。それがファミリー写真じゃない広がりを出している。建物が着工する節目節目みたいな時によく撮っているじゃないですか。








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