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自然と文化 第67号(ニホンミツバチの文化誌)

 事業名 観光資源の調査及び保護思想の普及高揚
 団体名 日本観光振興協会 注目度注目度5
対馬の養蜂
吉田 忠晴
 
 九州最北端に位置する長崎県対馬(上県郡、下県郡)は、北端から南端までの全長は約八二キロメートル、東西は一八キロメートルの細長い島で、福岡県博多から厳原まで一三二キロメートルの距離であるが、対馬の鰐浦から韓国の釜山までは約五三キロメートルと九州本土より朝鮮半島に近い島である。
 ニホンミツバチは、日本各地で和蜂、地蜂、山蜂などの名で呼ばれている。北海道を除き日本に広く分布するトウヨウミツバチの一亜種で、日本亜種である。一八八七年にロシアのラドスコウスキー氏によってニホンミツバチが発見された。一九八六年、ドイツのルットナー博士は、形態学的な検討から、ニホンミツバチの中に本州型と対馬型があることを述べている。さらに、一九九七年に遺伝子多型解析法によるミトコンドリアDNAの分析で、対馬のニホンミツバチは、その位置関係によっても韓国に近いものであることが明らかにされている。
 対馬にはセイヨウミツバチが一次導入されたという情報もあるが、一九八九年からの調査でセイヨウミツバチの生息は確認されていないため、ニホンミツバチだけが生息する日本で唯一の島である。その対馬は、紀伊半島南部の熊野地方と同様にニホンミツバチの飼育が盛んであり、伝統的養蜂が営まれている。
 対馬養蜂の歴史については、古くは元禄年間に書かれた陶山訥庵(一六五七〜一七三二)の「津嶋紀畧乾」に「養蜂は継体天皇(五〇七〜五三一)の頃、太田宿称が山林より巣をとって飼育する方法を村人に教えた」という記録があり、対馬でかなり古い時代よりニホンミツバチが飼養されていたようである。江戸時代になるとかなりのハチミツが生産され、朝鮮使節への差し入れ、将軍、諸大名への進物にハチミツが用いられていた記録が対馬藩日記などに残されている。現在でもニホンミツバチとの関わり合い深く、そのハチミツは秋の祭り時期に「だんつけもち」、「蜜餅」として使われている。
◎蜂洞◎
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[1]山野の急斜面に置かれた蜂洞
 対馬の伝統的巣箱は、「ハチドウ」、「ハットウ」、「ドウ」と呼ばれる蜂洞である。蜂洞の樹種は様々で、ヒノキ、スギ、クロマツ、ハゼノキ、ヤマザクラ、ケヤキなどであるが、ハゼノキが材としては一番良いとされている。最近では入手しやすく、加工が容易なヒノキ、スギが使われている。それらの材を直径二八〜四七センチ、長さ五四〜九二センチに切り、樹皮を剥ぎ取って中央をチェンソーやノミで一六〜二六センチほどにくり抜いた円筒形の丸洞が主に用いられている。くり抜いた筒の上部に蓋を付け、下部に穴や溝を掘り、ミツバチの出入口となる巣門を付ける。穴巣門はドリルで直径一〜二センチ前後の穴を三〜二〇個あけている。チェンソーによる溝巣門は、幅○・九〜一・五センチで長さ八〜一五センチの溝を二〜五本取り付けている。洞によっては穴と溝の両方を組み合わせているものもある。またヒノキやスギの厚さ三センチ、縦七〇〜八○センチ、横二五〜三三センチの板材を四枚張り合わせた角洞や厚さ三センチのヒノキ、スギ材で二七×三四センチ、高さ一九〜二四センチの枠を作り、それを重ねた重箱式が一部で使われている。
 対馬の養蜂家は二千人、蜂群数は二七〇〇〜四〇〇〇群と推定されている。養蜂家は農業、林業、公務員など他に仕事を持ち、養蜂を趣味にしている人がほとんどで六十才以上が大半を占めている。蜂洞の所有は数本から百本以上と様々であるが、平均は五〜十本である。島内の八八パーセントは山岳地形でシイ、カシなどの照葉樹林が点在している。照葉樹など蜜源が多い西海岸側では、蜂洞の八〜九割が山野に設置されているが、東海岸側は植林が進み蜜源樹が少ないため山野に設置されるのは六〜七割であり、他は人家周辺に置かれている。市街地では養蜂家の自宅庭内がほとんどで、塀にそってか、建物の軒下に多く見られる。山野では、道路や畑地の脇、造林地内、傾斜地の突き出し部分など、蜂洞の後側が斜面になって大木や岩などの遮蔽物があり、風雨の吹き込みが少ない場所が選ばれる。空洞(ハチいない洞)に分蜂群が飛来することは、蜂群を確保する上にも重要であるため、ハチが入りやすく、蜜源が豊富な場所は長年の経験によっている。巣門を南か東向きにして、二〜三個の蜂洞を設置する。
 対馬にはクマが生息していないため、本州以南で問題になるような山野地に置かれた蜂洞の被害は全く見られない。ただ大きな被害ではないが、ミツをねらう害敵動物として上げられるのはツシマテンで、その対策として巣門の周辺に有刺鉄線が巻かれている。その他の害虫としてハチノスツヅリガの幼虫で、巣板を食い荒らすスムシがいる。袋状の白い繭を造るため「フクロムシ」とも呼ばれている。このスムシの繁殖によって蜂洞の巣が食い荒らされ、蜂群の逃去が起こることが問題の一つである。その対策として蜂洞の底に堆積した巣屑を掃除し、スムシの幼虫を除去することが行われている。
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[2]家の周辺に置かれた蜂洞
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[3]庭先に置かれた重箱式の三段巣箱
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[4]ツシマテンの被害を防ぐために有刺鉄線の巻かれた蜂洞








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