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自然と文化 第67号(ニホンミツバチの文化誌)

 事業名 観光資源の調査及び保護思想の普及高揚
 団体名 日本観光振興協会 注目度注目度5
熊野におけるワバチの飼養
井上直人
 
 熊野地方はニホンミツバチ(Apis cerana japonica文献[16])の伝統的飼養がわが国で最も盛んなところであり、近世には「熊野蜜」として有名であった文献[1][2][15][25]。今でも山中の目につく場所には特徴ある巣箱が数多く置かれている。そこでは自然とのふれあいが少ない町の生活からはなかなか想像できない民俗の知恵が生きており、またその知恵の背景には日常生活では気付かない私たちの自然観が横たわっているはずである。こうした自然観は人間社会でのさまざまな考え方にも反映し、また逆のこともあろう。
 民俗の内にある自然観と伝統技術を凝視することは、己の無意識の日常を理解することに繋がると考えられ、ひいては将来の「自然とのつきあい方」に指針を与えるかもしれない。ところが、こうした民俗生態学的な観点からの研究は少ないのが現状である。
 そこでここではそうした視点と希望を持って、この山岳地帯の人と野生動植物の関係に着目してみたい。ここで言う自然観とは、(1)動植物や環境の分類、(2)それら生物と環境の諸関係についての認識、(3)生物を含む環境の(人にとっての)意味のおよそ三つで構成されると考えられる。民俗の自然観は自然科学における分類学や生態学といったアカデミズムの知識とは異なり、生活の中でのみ意味を持ち機能する知恵(民衆の生態智)と言える。
調査の方法
ア 飼養についての聞き取り調査
 ここでは熊野の山岳地帯に在住し、古くからの養蜂にくわしい古座川町松根の中地貞吉さん(一九一一年生)、古座川町中崎くぼ在住の串橋明雄さん(一九一五年生)、本宮町久保野栗外垣の古根川博さん(一九二二年生)、串本町大島の古田康郎さん(一九四〇年生)などの多くの方から聞き取りすることができた。期間は一九九四年から一九九六年にかけてである。私の調査でわかる時間的範囲は主に明治時代まで、地理的範囲は串本町、田辺市、本宮町、花園村、熊野川町で囲まれる紀伊半島中南部の通称「熊野」註[1]である図[1]。
[1]熊野における主な調査地点
z0019_01.jpg
イ ニホンミツバチとセイヨウミツバチの花粉源の調査
 和歌山県ではミカンの花が終わった夏から秋にかけての蜜源と花粉源が不足する。そこで、ハチの主なタンパク質源である花粉に着目し、収集された花粉の形態文献[3]を観察することによって訪花植物を逆探知しょうとした。調査場所は田辺市上秋津(谷口修一氏と西平勝氏)の巣箱で、二つは隣接したところに設置されている。
 巣箱の前で約四日間、花粉採収器(松原喜八總本場製)を設置して、殺傷せずにハチの足に付着した花粉ダンゴを採取した。採集時期は一九九六年八月三十日から九月十二日までの間と十一月である。花粉はFAAで固定し、顕微鏡で検鏡し、種類ごとに計数した。
◎呼び名と形態や生態的特徴◎
 熊野でのニホンミツバチの呼び名はヤマバチ、ヤマンバチ、ミツバチ、ヤマミツバチ、またはワバチ(和蜂:日本在来の蜂という意味)とさまざまである。はっきりしていることは、明治時代に導入されたセイヨウミツバチに対比させて区別していることである。たとえば、ヤマンバチとミツバチ、ワバチとヨウバチ、ミツバチとセイヨウミツバチといった具合に区別している。飼っている人に伺うと、かならずといっていいほどセイヨウミツバチとの対比が出てきて、そうした比較による分類の見方がどれほど重要かがわかる。
 明治時代からの欧米文化の受容の過程で、大正から昭和にかけて熊野地方にもセイヨウミツバチが盛んに導入された文献[2]。セイヨウミツバチは「花にあわなかった」(適合する蜜源・花粉源が山に少なかったこと)ことや、寒かったことから、熊野の山中では結果として飼養に失敗し、撤退したという。従ってワバチというヨウバチと対比させた言葉は割合新しいものと考えられる。名称は部落によっても異なるが、ここでは代表的な名称としてワバチという呼び名を用いることにする。
 初めてワバチが入ったタルは蜜が多い。「たぶん新環境で何が起るかわからんから、がんばるんだろう(古根川さん)」という。また「ワバチは臆病で刺さない」などとその性格については多数の知識があり、要約するのは簡単ではない。しかしここではごく単純に、聞き取り調査の結果からワバチとヨウバチの形態や生態を比較をしたものを一覧表にまとめてみた表[1]。要約するとワバチはヨウバチと比べて山の環境に適応し、量は少ないが高級な蜜がとれ、おとなしいが、群れをコントロールしにくいという特性を持っているといえる。
表[1]熊野におけるワバチとヨウバチの分類とそれにかかわる知識
学名(和名) Apis Cerana japonica
Radoszkowski
(ニホンミツバチ)
Apis mellifera L .
(セイヨウミツバチ)
民俗呼称  ワバチ、ヤマンバチ、
ヤマミツバチ、ミツバチ
ヨウバチ、セイヨウミツバチ、
ミツバチ
大きさ 小さい 大きい
体色 黒味が強い 黄味が強い
性格 おとなしい 攻撃的
住み場所 平野
定住性 低い 高い
蜜源 山の小さな花 里の大きな花
蜜の質 良い(ねばい) 悪い(薄い)
採蜜量 少ない 多い
蜜の色 濃茶
[5]
薄茶
蜜の価格 高い 安い
注)古座川町、本宮町、田辺町、串本町での聞き取り調査から作成。
表[2]熊野山塊におけるワバチの蜜源となる主な植物
季節
ウメ
サクラ*
シイ*(5月)
畑の花(トウモロコシなど)
タラ
クリ
イタドリ*
ノギク類
チャノキ*
クロモジ(4月)
トチ*
ツガ*(6月)
ウバメガシ
リョウブ
ゴンゼツ
ヤマハギ
山の花は少ない
注)古座川町、本宮町、田辺町での聞き取り調査から作成。
*印は複数の人によって重要とされた種。
このほかに数多いが、細かい花によく飛んでくる傾向あり。
クロキ(スギ、ヒノキなどの木以外を指す)によく飛んでくる傾向あり。
 花が少ないと考えられる山中でワバチがどのような生活を送っているのかについての人々の知識を知るために聞き取り調査した結果が表[2]である。シイ類、ツガ、トチなどの大きな樹木が大切な蜜源と花粉源になっていると考えられている。実際に搾られた蜜の中に混入している花粉を調べるとシイ類が多数認められ、人々の観察どうりに春の照葉樹が蜜源として極めて大切なことがわかった。山ではワバチが生活力が強いが、里ではヨウバチの方がワバチより強いということを指摘する人が多い。そこで、蜜や花粉が少なくなる秋に花粉の採集という面から比較して見るために、平野部の同じ場所で飼養されている両種の集めてきた花粉について調べてみた図[2]。
[2]ミツバチの収集した花粉の種間差異 A・ニホンミツバチ、B・セイヨウミツバチ(巣箱の設置場所と採取時期は同じ、写真の倍率も同じ)
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 九月初旬ではワバチが集めてくる花粉の量はヨウバチのそれの半分にも満たず、ワバチの花粉を補集するのはかなり苦労した。また十一月ではワバチの花粉は全く採集できなかったが、ヨウバチは盛んに集めていた。採集できた九月の花粉を顕微鏡で観察すると、花粉の種組成は両種で大きな差異があることがわかった。ワバチ(図[2]のA)はほとんど同じ種類の花粉から構成されており、種類が少ない傾向であった。ヨウバチ(図[2]のB)はいろいろな大きさの異なる種から構成され、比較的種類が多い傾向であった。ヨウバチの集めた花粉の中にはツユクサやススキなどの草原や耕地といった撹乱された場所で生育する草種が認められたが、ワバチでは少なかった。
 個々の種名を正確に判定するのは困難なので、それにこだわらず、収集された花粉の組成を数量的に分析したのが図[3]である。ワバチの曲線の勾配がヨウバチよりもきついことと、ワバチの花粉の種数が少ない特徴が見られた。このことから、少ないデータではあるが、南紀平野部(田辺市)での九月のワバチは特定の植物からの花粉を集中的に集める傾向があるのに対して、ヨウバチはいろいろな蜜源・花粉源を探索・収集する傾向があることが示された。またヨウバチは雑草の蜜も盛んに集めていると推察され、蜜源スペクトルが広いために花粉収集量が比較的多かったのではないかと考えられた。
[3]ミツバチが収集した花粉の種類順位曲線
z0020_03.jpg
 熊野の山中では里に比べると、秋の蜜源は極めて少なくなる。ヨウバチは体が大きいために越冬用のエネルギーとタンパクを比較的多量に集め、また多量に消費せざるを得ないため、山は厳しい生活環境なのであろうと想像される。ヨウバチが平野部で強く山で弱いというハチの「すみわけ」の理由の一部について若干の理解はできたが、山岳環境の中での種間比較はそこにヨウバチがいないために不可能であった。これは今後の課題である。








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