3.燃焼試験
3−1. FIA着火燃焼特性分析
収集した燃料油についてFIA装置により着火特性試験を行ない、その着火性・燃焼性の結果をもとに、燃料が主燃焼に移った以降の異常燃焼、たとえば低速舶用ディーゼル機関に油膜焼損によるスカッフィングを引き起こすような燃焼との相関について調べた。ここで、着火遅れMD、主燃焼開始MD’、全燃焼期間Mat、主燃焼期間(Mat−MD’)と定義した。燃焼期間が短い燃料ほど燃焼性がよく、燃焼期間の長い燃料は燃焼性が悪いと考えられる。MD’とMatについてパターン化・区分して、その燃料が安全であるかどうか簡単に判断できるような試みを行った。
MD’が9.5ms以上でかつMatが21ms以上である領域(図3−1−1のAの領域)は、機関特に中高速機関では、起動不良も起こし使用に適さない燃料と思われる。
燃料が主燃焼に移った以降の燃焼に変化を起こすサンプル、すなわちFIA着火燃焼特性試験においてMD’が遅く(9.5ms以上)かつMatが一定以上長い(21ms以上)サンプルは、低速舶用ディーゼル機関におけるスカッフィングを引き起こすような燃焼期間の長い燃焼をしていると考えられる。FIAによる着火燃焼特性試験とその評価によって、スカッフィングを引き起こしディーゼル機関の信頼性を低下させるような燃焼性の悪い燃料を特定することが可能であることが判った。
図3−1−1 主燃焼開始MD’と全燃焼期間との関係
3−2. 液滴燃焼試験
単一液滴燃焼手法を用いて各燃料油の燃焼過程の相違点を明確にする。懸垂液滴の液滴中に懸垂棒の容積が含まれるため、燃焼時間に及ぼす懸垂棒の影響を少なくする為により大きな液滴を使用する必要がある。ここでは懸垂可能な大きさとして初期直径が1.6mmの液滴を用い、各燃料油について着火遅れと燃焼時間を測定した。更に、低速機関の燃焼で問題となる後燃えを判断するために、蒸発減量の少なく着火が早くなる1100Kの試験を追加した。
燃料は本年度の資料をS1〜S9グループ、昨年度検討に供したBFO−A、BFO−S、NYK1をBFYグループ、NA、NC、DIの1と2をNADグループに分けて扱った。
燃料油S1〜S9について、空気温度1100Kに於ける液滴の燃焼時間と着火遅れ関係を図3−2−1に示す。850K、950Kに於ける着火遅れと燃焼時間の関係も調査したが、燃焼時間は着火時の液滴量の影響を受け、燃焼時間の評価が逆転した。
いずれにしろ障害発生燃料の、着火遅れは比較的大きな値を示した。
図3−2−1 着火遅れと燃焼時間の関係
3−3. 示差熱分析試験
示差熱天秤によって各試料の分析を昇温速度を変えて(20℃/分、100℃/分)行ない、両昇温速度による熱重量TGおよび示差熱DTAの変化の違いから燃焼性の良否の判断を試みた。
この結果舶用燃料油のTGの変化は通常3つの領域に分割できる事が明かになった。昨年度の舶用燃料油調査小委員会報告書参照。室温〜400℃付近の第1領域は留出分の蒸発、約400℃〜500℃の範囲にある第2領域は残留物の熱分解、500℃以降の第3領域は炭素分などの表面燃焼によるものと考えられている。
今年度は、昨年度同様に第1領域の初期の蒸発や発熱の解析によってダンベル燃料を中心に検討を実施するとともに、燃焼性との関連性が強いと考えられる第3領域の燃焼温度の解析によって燃焼障害との関連性の検討を試みた。
一般にダンベル燃料は軽質分と重質分のバランスが悪く燃焼障害を発生しやすい燃料油と言われているが、障害発生の有無および程度は燃料油の燃焼性によるほか実際のエンジンの運転状態などにもよる。過去に同一船・同型エンジンで同様傾向のFOが使用され、最初の使用では問題なかったが、1年後に使用したところエンジンに障害が発生したケースがあった。
(1)第1領域
留出分の着火・燃焼性と相関が強いと考えられる第1領域は、TGの減量パターンによっていくつかのグループに分けることができる。その中でTGが150〜300℃の範囲で急激に減少し(100℃/分で20%以上)、以後減少率が低下するパターンを持つ燃料油は、通称ダンベル燃料と呼ばれるものである。昨年度と同様に今年度の試料についてDTAの変化に着目し、昇温速度20℃/分の時の第1領域終了部の発熱ピーク時の値(μV)を横軸に、昇温速度100℃/分の時の第1領域終了部の発熱ピーク時の値(μV)を昇温速度20℃/分の時の値で除した値を縦軸に解析した結果を昨年度データと併せ、図3−3−1に示す。
図3−3−1 第一領域終点出の発熱の比較
一般には、両者の関係は逆比例に近いに関係にあるが、ダンベル燃料の中には昇温速度100℃/分の発熱割合が小さくこの関係から外れるものがある。Sample No.1およびNo.9は、他のダンベル燃料に比べ昇温速度20℃/分および100℃/分の発熱が小さく燃焼性が悪いと考えられる。
(2)第3領域
重質分の燃焼性との相関が強いと考えられる第3領域には、炭素分などの残留分の燃焼によると考えられる大きな発熱ピークを伴った減量が500〜600℃の範囲で認められる。これまでの経験によれば一般分析から求めた残留炭素分およびアスファルテンが多く含まれる燃料油ほど第3領域の減量率が高く、これらの値が同じであっても残留分の燃焼時間が長く燃え切り性が悪い燃料油は、減量曲線および発熱曲線がより高温側にシフトする傾向にある。
そこで今年度の試料については、第3領域のTG終点温度およびDTAピーク温度、終点温度に着目し、これら(第3領域の終点・ピーク温度)の和の値を求め昇温速度100℃/分の時の値を横軸に、これを昇温速度20℃/分の時の値で除した値を縦軸に解析した結果を図3−3−2に示す。
図3−3−2 第3領域終点温度およびピーク温度の比較
ここで両者の関係は右上がりに近い関係となり、重質分の燃え切り性が悪いと考えられる燃料油は、昇温速度100℃/分の時の終点・ピーク温度の和が大きい。
また、図の中心から右側にプロットされた燃え切り性が悪いと考えられる試料は、昇温速度20℃/分および100℃/分の示差熱分析結果において、TG終点温度およびDTAピーク温度、終点温度が他の試料より高く、昇温速度100℃/分における500℃以上の減量率が高い特徴が認められる。
示差熱分析のまとめと今後の課題
第1領域の解析では昇温速度20℃/分の第1領域了部の発熱が少ないものほど昇温速度100℃/分の時の発熱割合が大きく逆比例に近い傾向にあるが、ダンベル燃料の中には昇温速度100℃/分でも発熱割合が少ない試料が認められた。
第3領域の解析では昇温速度100℃/分のTGおよびDTAの変化が20℃/分の場合と比較してより高温側にシフトするものほど燃え切り性が悪い傾向を認めた。
第1領域および第3領域の解析によって試料の着火性・燃焼性について評価検討してきたが、実際のエンジンでの燃焼障害との関係となると過去のダンベル燃料トラブル例にもあるように、燃料油性状のほかエンジンの状態などの因子が絡むため相関関係の把握は複雑である。しかしながら障害との関係を詳細に調査し明らかにするためには燃料油そのものの着火性・燃焼性の把握が必要であり、他の実験データの結果も合わせ引き続き検討の必要があると考える。