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エッセイ 新たな“生と死”を求めて 10
尾崎 雄
(プロフィール)1942年6月生まれ、フリージャーナリスト、老・病・死を考える会世話人、元日本経済新聞編集委員。著書に「人間らしく死にたい」(日本経済新聞社)、「介護保険に賭ける男たち」(日経事業出版社)ほか。現在仙台白百合女子大学で非常勤講師として死生学、終末ケア論等を教える。
ホスピスよ、おまえもか! 根強い施設信仰
 タイでは坊さんが子どものエイズ患者のためにホスピスをやっているという。昨年はヨーロッパ、今年はアメリカと海外のホスピスを見てきた。次はアジアのホスピスについて知りたいと大阪で開かれたホスピス・緩和ケア国際シンポジウムに行き、意外なことを知った。
 ロザリン・ショー・アジア・太平洋ホスピス連絡協議会らの報告によると、シンガポールにおけるがん死亡者の60%はホスピスケアを受けて亡くなっている。
 「日本の3%に比べると驚異的な数字」(柏木哲夫日本ホスピス・緩和ケア振興財団理事長)だ。それはホスピス・ケアをホスピスという入院施設ではなく、在宅で行っているからである。また、それは施設ケアに比べて経済的負担が軽いため行政効率を重んじる政府の支持を得ているからでもある。もちろん家族ががん患者を看護できるように在宅用の機器を整備し、その使い方を家族にきちんと教え、さらに家族の対応が困難になったときは24時間365日、専門スタッフが駆けつける体制を整えているという。
 わが国のホスピスは現在91施設。アジア諸国の中で数だけは一番多い。一般の人は、いや多くの医者もホスピスは入院施設だと誤解しているが、欧米のホスピスは「在宅」が原則。グローバルスタンダードは在宅である。わが国は1990年から国の一定基準を満たす「緩和ケア病棟」の入院患者に医療保険を適用した結果、ホスピス施設が増え、施設依存という老人福祉の二の舞いを演じている。「ホスピスよ、お前もか!」だ。
 シンガポールの「ホスピス」は当時、淀川キリスト教病院ホスピス長だった柏木哲夫氏が招かれて行った講演から始まる。弟子に追い抜かれた柏木氏は複雑な心境だろう。
 イエズスの聖心病院みこころホスピス(熊本市)の井田栄一医師らが、まとめた調査によると「ホスピス・ケアを受け死亡した7538人の死亡場所は、ホスピス病棟97.7%、自宅2.3%だった」
 (「臨牀看護」2001年10月号、以下同じ)。
 「承認施設に所属する医師が訪問診察を担当する在宅ホスピスケアに取り組んでいたのは、2000年の承認86施設のうち53施設。(中略)ホスピス担当医師は、病棟死の経験を年々積み上げているが、在宅死の経験はまだ十分とはいえない。しかし、ホスピス病棟と在宅ホスピスの一貫したケアを実践する努力をしているといえる。今後もホスピスケアに習熟した医師が、在宅ホスピスケアに取り組むことで、日本の医療システムにおける在宅ホスピスの確立とその質の向上を期待することができる」
 旧厚生省の末期医療に関する意識調査等検討報告会報告書(1998年)によると一般市民のうち在宅死を希望する人は約10%に留まっている。日本人の施設信仰は老人介護の場でも末期患者の看取りの場でも根強いのである。








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