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エッセイ まちのお医者さん最前線 10
川崎幸クリニック院長 杉山 孝博
すぎやま たかひろ
1947年愛知県生まれ、東京大学医学部卒業。川崎幸病院副院長を経て現職に。在宅の高齢者宅等を自転車で往診する銀輪先生として、また「ぼけの専門家」として地域医療に情熱を傾ける。
お年寄リと上手に暮らすには
 人と人とが仲良く気持ちよく暮らしていくことは誰もが願うことである。とはいうものの、長い人生を歩む中で、様々な人生経験を通してその人なりの生き方を貫こうとしているお年寄りと上手に暮らすことは必ずしも容易ではない。あまりにも気負って上手に付き合おうと思うと、逆にぎこちなくなりうまくゆかないことが多い。
 お年寄りに限らず、人と人との付き合い方の基本は思いやりである。相手の気持ちや立場をできるだけ理解する努力の中から思いやりが生まれる。老いを経験していない若い人がお年寄りの気持ちを理解するためには、お年寄りの世界に関心を持ち正しい知識を得ようとする姿勢が大切である。
 第一は、老いとは、できたことができなくなる、知り合いが少なくなるなど、喪失感や不安、寂しさが意識の深くに溜まってくることがまず特徴といえる。挨拶や声かけ、役割分担などによりお年寄りの不安な気持ちを軽くしてあげることが必要である。
 かつての充実していた時代の話をするのは寂しさの裏返しでもある。私たちも同級会などで旧友に会うと時間を忘れて夢中でおしゃべりするが、そのような時間をお年寄りに持たせてあげたいものだ。
 第二には、プライドがあり、老いたことを認めたくない気持ちが強いため、人の世話になることを拒絶する姿勢は、周りが考えるより強いものである。さりげなく勧めるとか、こちらからお願いするような仕方がしばしば有効である。家族の言うことより他人の言うことの方がよく聞き入れるので、第三者から話してもらうなどの工夫をするとよい。
 第三には、老いに伴う身体の変化により特徴ある症状が出てくるのでその特徴を知ることである。例えば、味覚の中で塩味(しおあじ)が最も低下するためお年寄りの作る料理は塩辛くなり、若い人の作った料理はお年寄りにとっては物足りなく感じる。腎臓や心臓の働きが低下するため昼に尿が作られなくて夜間排尿の回数が多くなる。介護者が夜間おむつを何回も替えなければならないので大変だが、夜に尿が作られることで1日の帳尻が合うと考えれば気持ちも変わるのではないだろうか。
 第四には、お年寄りは年齢差より個人差が大きいのが特徴である。「隣の○○さんは85歳でも元気なのに、うちのお義父さんはあの人より若いのに何もできなくなって…」と、つい愚痴を言いたくなるが、個人差があるし、本人にいやな思いをさせるだけなので言わない方がよい。
 第五には、高齢社会は元気で意欲的な高齢者が増加しているのも大きな特徴である。昔の75歳の方と現在の75歳の方を考えれば明らかにイメージが違う。お年寄りが積極的に行動をすることを、「年だからやめたほうがいいのでは」などと抑制しないでむしろ評価してあげるのがよい。
 お年寄りの現在は私たちの未来である。自分であったらどのように感じ何を望むかを考えることが大切であると思う。








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