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シリーズ・市民のための介護保険
高齢者の居場所は官も民も皆で支える自立支援住宅に
さぁ、言おう
介護保倹の本質=在宅介護を支える「住まい」のあり方を考えよう
 
 介護保険の最大の誤算は高齢者が「施設」に殺到していることだという指摘がある。本来の「在宅」理念を実現するには大型施設依存から脱皮し、民活による高齢者も住める住宅整備へと住宅政策を転換すべきだという声が高い。そんな動きを追ってみた。
国の整備の動き
●グループホームの推進(自宅でない在宅)
●PFI制度の活用(設置主体を民間企業等に拡大し、公設民営型による整備促進)
●特別養護老人ホームの個室化・ユニット化の整備促進(居住環境の改善、尊厳重視)
介護保険の実施が施設不足に拍車?
 「父親の行き場に困っているんです」。会社員のIさん(54歳)は神奈川県の自宅で要介護1と2の両親を世話していたが、ヘルパーが「もう在宅では面倒見られません」とサジを投げたため、老人保健施設に預けた。アルツハイマー病の母親(82歳)はともかく、頭が痛いのは、まだらぼけの父親(85歳)。時々正気に返ると要介護高齢者と一緒に暮らすことが耐えられず「こんなところには居たくない。出してくれ」と、しょっちゅう訴える。
 かといって有料老人ホームに2人とも入れるには経済的な負担が重過ぎる。「まだらぼけの父親を預かってくれる特別養護老人ホーム(特養)はないものか」。八方手を尽くして受け入れてくれそうな施設を探しているが、どこの特養も待機者の列。結局「安い有料老人ホームに2人ともお願いするほかない」とIさんは観念した。Iさんの両親のように特養ホームの空きを待つ要介護高齢者は全国に溢れている。それは他人事ではない。
 共同通信の調査によると特養ホームへの入居順番を待つ待機者は2001年7月現在で介護保険実施前に比べて1.48倍に増えた。1人で数か所に申し込むのが普通といわれ、とりわけ大都市圏ではその傾向が強く、神戸市では1人平均3・5か所、横浜市では最高で60か所申し込んでいる人もいるという。横浜市の場合で見ると、自宅で待っている人は待機者の45.9%。残りはIさんの両親のように他の老人介護施設にいながら特養入居を待っている“介護難民“。特養待ち老人の29.1%はIさん一家のように老人保健施設に入居して待機中だ。
 介護給付金額で見ると、2001年6月の場合、在宅サービス給付額は総給付額の37.2%に留まっているのに対して施設介護費は62.8%。介護保険給付金の支払い状況を見る限り「施設」ニーズが「在宅」ニーズの約2倍という「施設」偏重は2000年4月に介護保険がスタートしてからずっと変わらない。
 施設志向の原因について「在宅介護より施設の方が自己負担金が少ないから」といわれるが実態はわからない。神戸市で特養か2か所とケアハウスを経営する社会福祉法人福生会の中辻直行理事長によると、要介護1〜2程度なら自宅をバリアフリー化するなどすれば「特別なケアはそれほど必要ない」そうだ。ところが厚生労働省の「介護保険事業状況報告」(2000年5月〜2001年6月)によると介護保険から支出される特別養護老人ホーム介護費用の41〜45%は要介護2以下の老人のために支払われている。根強い施設需要の一端は「教育は学校任せ、医療は病院任せ、介護は施設任せにしがちな日本的な意識構造」(中辻氏)にありそうだ。
 一方、施設の供給が不足する原因は?「国が要介護老人の居場所づくりを社会福祉法人に独占させてきたから」とみらいの福祉研究所の中熊靖氏は指摘する。「日本の施設は基本財産(土地)を寄付する者が運営を行うことになっている。ところが、資産家が福祉に関心を持っているとは限らないし、関心があっても福祉経営の素質や能力を備えているとは限らない。一方、福祉経営の意欲と能力に溢れた人材が土地などの資産を持っていることは稀だ。要するに施設経営に対する規制緩和が遅れて新規参入を縛っているために土地、人材などの社会資源が活用されず施設供給が滞っているのである」(中熊氏)。
流山ユー・アイ ネットは補助金ゼロでグループホームを開設
 一方、目覚めた市民は手をこまねいてはいない。お年寄りの居場所づくりを、民間が自力で用意する試みはすでに始まった。千葉県第1号のNPO法人である流山ユー・アイ ネット(米山孝平代表)が、昨年10月1日にオープンしたグループホーム「わたしの家」である。約1650平方メートルの敷地に大和商工リース(本社・大阪市)が建設した平屋建て延べ面積約620平方メートルのグループホームを流山ユー・アイ ネットが借りて運営する。入居定員は15人。ほかに日帰り利用者のためのデイサービスを毎日7人まで受け入れる。グループホームの利用料は入居金が30万円と月々の介護費・部屋代・食事代など合わせて15万〜17万円。NPOが企業と提携して民間資金でグループホームを開設したのは画期的な試みだ。
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「わたしの家」共通リビングルーム
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流山ユー・アイ ネットのオフィス
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中央は米山孝平ユー・アイ ネット
代表、右は代表の片腕、米山夫人
 千葉県内には現在、介護保険に対応する49事業所のグループホームがあり、そのうちNPO法人は6つだが、流山ユー・アイ ネットのように国や部道府県、市町村のどこからも補助金を一銭も貰わずに建設したのは全国でも珍しい。2001年度からNPO法人でも国の補助金を貰えるようになり、同じ千葉県内では野田市が定員9人の施設に対して3000万円の補助をしているのとは対照的。民間活力によって福祉整備を目指す流山市はグループホームだけが未整備だったためNPOによる自力開発を大歓迎。「農地だった建設用地の転用などに市が骨を折ってくれた。ここを手本に九州など他の地域でもNPOと企業の共同プロジェクトが芽生えています」(米山代表)。
在宅介護サービスの受け皿として期待される高齢者向け優良賃貸住宅
 グループホームを民活で作った流山ユー・アイ ネット代表の米山さん(71歳)は元証券会社営業マン。定年後、ビジネスで鍛えたパワーを福祉活動に生かしている。高齢者向け優良賃貸住宅のモデルと評価される東京都東久留米市の「こもれび滝山」は元脱サラ社員がお膳立てした。シニアライフ研究所の高沼薫さん(52歳)だ。奥さんの病気をきっかけに48歳で建設会社の営業マンを辞め、高齢者住宅づくりの地域仕掛け人として明日の人生を懸けている。
 建設会社を脱サラした高沼さんの活路は2001年3月に成立した「高齢者の居住の安定確保に関する法律」である。そしてこの法律の柱の一つが「高齢者向け優良賃貸住宅」制度。在宅介護サービスを受け入れやすくするための受け皿づくりだ。戸数は5戸以上、バリアフリーや緊急通報、安否確認システムなど一定の基準を満たして都道府県知事から「高齢者向け優良賃貸住宅」の認定を受ければ、一定部分について国と地方公共団体から補助金などの支援を受けることができる。
 昨年8月スタートした第8期住宅建設5か年計画で初めてバリアフリー・要介護者対応住宅の基準が定められ、11万戸の高齢者向け優良賃貸住宅の供給が盛り込まれた。バリアフリー基準は[1]手すりの設置[2]広い廊下[3]段差の解消[4]緊急対応サービスだ。2001年度の予算戸数は1万6000戸である。
 これに力を入れているのは東京都。法制化される前に旧建設省がそれまでのシニア住宅事業を引き継ぐ形で1999年度要綱事業としてスタートした時からモデル事業に取り組んでいる。モデル事業は5つ。その一つが「こもれび滝山」だ。
脱サラ社員が地主、業者、NPO、行政をつないでつくった「こもれび滝山」
 それは西武新宿線花小金井駅からバスで10分の住宅街と農地に挟まれた一角にある。3階建て、1DKと2DK合わせて22戸、1戸当たりの専有面積は36〜55平方メートル、家賃は共益費・基礎サービス費込みで1DKが7万1000〜8万6300円、2DKが10万5000〜11万5000円だ。
 1階に高齢者の生活支援スペースとしてコミュニティー室とサークル活動室(和室)がある。訪ねた時は入居者の年配女性がヘルパー資格を持つ生活支援員と談笑していた。高齢者の生活サポートサービスとしては、高齢者向け優良賃貸住宅の基準を溝たす緊急対応システムの他に安否確認、健康相談、生活相談を実施するほか地元NPO「いちごの会」がきめ細かい生活支援サービスを行っている。
 2001年月にオープン。現在の入居者は22世帯29人。そのうち6人は要介護1から4までのお年寄りだが、特養ではない、この賃貸住宅で不自由なく生活している。1人は特養から転居してきたが、「天気がよければコミュニティー室で日向ぼっこができるまで状態が改善している」(高沼さん)。生活支援サービスを受け持つ「いちごの会」のメンバーは15人。その半数は2級ヘルパーである。うち4人が交代で月曜から金曜日まで毎日午前9時半から午後4時半まで常駐し、来訪者の受け付けから生活相談の申し込み、安否確認、通院・買い物など外出の付き添い・移送、買い物や料理の代行など家事支援を引き受け、入浴介助など身体介護的なケアもするそうだ。
 ここの特徴はNPOだけでなく地域企業とも提携していること。緊急通報サービスは地元の西武タクシーを活用している。各戸に3つある室内の緊急通報ボタンのどれかを押すと昼間は1階の管理センターにつながる。夜間はタクシー会社の緊急センターを通じて最寄りの地域を流している空車タクシーに通報。運転手が駆けつけ、容態を見て提携病院に運んだり、救急車を呼んだりする手はずになっている。地元タクシーなら地理にも詳しい。
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内庭から見た「こもれび滝山」
正面1階がコミュニティースペース
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「こもれび滝山」の開発・運営の要である高沼さん夫妻
高齢者の「居場所」づくりは所有と運営を分離して
 「わたしの家」と「こもれび滝山」に共通することは、可能な限り補助金に頼らず、地域の社会資源を活用し、NPOが参加するという自立、民活、市民参加の実践である。そしてもうひとつ、2つの先駆例に共通する決定的なポイントは所有と経営の分離。「わたしの家」の持ち主は大和商工リースという営利企業で運営主体はN PO法人流山ユー・アイ ネットだ。「こもれび滝山」のオーナーは地元の地主で、建物の運営は地元の不動産会社があたり、生活支援サービスはNPOの「いちごの会」が引き受けている。
 
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「こもれび滝山」。(左)万一のときは緊急通報装置のボタンを押す。
(右)全戸配置されている緊急通報システム
 
 みらいの福祉研究所の中熊さんは、こう主張する。施設は所有と運営を分離し、米山さんや高沼さんのような実務経験者に「運営事業者として自立するチャンスを開く政策」が必要だと。中熊さんは「社会福祉法人が設置する特養などの施設はセーフティーネット用の施設にすべきだ」ともいう。各氏の意見をまとめると、介護保険によって在宅ケアを基本理念とする高齢者の居場所と在宅介護サービスの組み合わせはこうである。
 既存一般住宅のバリアフリー化と新築住宅のユニバーサルデザイン(住人の高齢化対応を建設時に予め設計しておくこと)を同時に進める。その建設は民間活力を活用する。グループホームも含めた特養などいわゆる入居施設は緊急時、低所得者向け等セーフティーネット用とする(次頁図参照)。
 しかしこの、「高齢者向け優良賃貸住宅」制度も、滑り出しは順調とは言い難い。東京都の場合、国と共同のモデル事業として実施した99年度は「こもれび滝山」を含めた5件で計133戸、国・都の支援を受けて区市町村自身が地主らに呼びかけて実施するようになった2000年度は5件、計137戸だった。東京都は2001年度について過去の年間実績の2倍に当たる250戸分の認定枠を用意しているが、今のところ申し込みは3件に留まっており、枠を満たせるかどうか都はヤキモキしている。
 地主など事業者は、高齢者向け優良賃貸住宅事業として都道府県知事の認定を受ければ[1]廊下、階段など住宅の共用部分[2]バリアフリー化の費用[3]住宅金融公庫融資の利子補給、といった形で補助を受けることができるほか、同公庫の融資比率を上げてもらえる。また2001年度の認定事業者からは所得税と法人税が優遇されることになっている。
 こうしたメリットがあるにもかかわらず申し込みが増えないのはなぜか?高齢者向けの事業はいわゆる福祉の縄張りであって社会福祉法人という特殊な団体や奇特な慈善事業家がやることだという固定概念が根強いからだろう。さらに実は高齢者の居場所に対する地域住民の偏見も壁。「こもれび滝山」も当初は地元住民の一部が建設に反対した。また利用者自身と家族も「要介護」判定となったら即施設に直行を望むようでは在宅介護の受け皿づくりに弾みはつかない。
 市民、NPO、地主、企業、行政が住宅と施設に対して抱いてきた旧い意識を変え、土地と知恵と汗を出し合い、高齢者が安心して暮らせる「居場所」を地域に用意すれば、いわゆる施設不足は緩和され、介護保険の在宅サービスが生きるはずである。
 
(将采の高齢社会における住宅と介護サービスのイメージ)
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みらいの福祉研究所・中熊靖氏の日経介護研究会資料「介護保険下における住まいとサービス」(平成11年11月2日)を基に作成。








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