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シリーズ・市民のための介護保険
生活支援としての家事援助とは
さぁ、言おう!
「介護保険での家事援助サービス」を互いにもっと理解し合おう
 
 家事援助はその仕事の範囲が日常的に誰もが行っている事柄だけに、ともすると家事代行サービスと受け取る利用者もいるようだ。介護保倹の中でもっとも利用が多く、そして課題も多い家事援助サービスについて、生活支援としての意昧を探ってみた。
 
多い家事援助への苦情
 
 市民福祉サポートセンターは今春、電話相談「ここを変えたい介護保険」を開設した。介護保険に対して利用者やその家族が感じている悩みや疑問を聞き取り、市民サイドの見直しプランの提案につなげていこうというもので、3日間の期間中に寄せられた相談件数は191件にのぼった。
 相談内容でもっとも多かったのは介護サービスに関するもので、このうち家事援助サービスすなわちホームヘルプサービスについてが3割を超え、次いでデイサービス、ショートステイと続いた。ホームヘルプサービスに対する利用者の声は、主に不満として表れている。そのいくつかを紹介しよう。
[1] 働きながら母親の介護をしています。ホームヘルパーを毎日1時間30分利用していますが、家族のことは何もやってくれません。
[2] 配偶者を介護しているが、ホームヘルパーは電球やカーテンを替えてくれない、大掃除はしないなど個人の希望とのギャップが大きい。
[3] ホームヘルパーに部屋の掃除を頼んでいますが、きれい好きの母親の希望に対応できる人が少ない。
[4] ホームヘルパーを朝昼晩と1日3回利用しているが、5人交代で絶えず人が変わりなじめません。
[5] ホームヘルパーは1時間30分の間に30分は座り込んでおしゃべりをしています。もう少し掃除などちゃんとしてほしい。年配のヘルパーは疲れやすく休み休み仕事をするし、自己都合で休みます。事業所はもっとしっかり教育してほしい。
 
 [1][2]はどこまでがホームヘルパーの仕事なのかというその仕事の範囲、[3]は提供されるサービスの中身、[4]は複数ヘルパー制、[5]はヘルパーの資質と事業者の教育、というように不満対象の内容は様々だが、いずれにしても不満の多くは身体介護ではなく家事援助に集中している。
 実際に介護保険で家事援助を利用している人の話を聞くと、これに似た不満や疑問は山ほど出てくる。その一方で、「ヘルパーを単なる家政婦としか見ていない利用者が多い」「家族の分の食事まで作らされる」「障子の桟まで掃除するよう要求される」と嘆くヘルパーの声もある。
 家事援助で提供されるサービスは、掃除、洗濯、買い物、食事の用意、後片づけといった誰にでもできる、しかし毎日の暮らしの中で欠かすことのできない仕事であり、これが滞れば在宅での生活は成り立たない。そう考えれば、家事援助は在宅介護を支えるもっとも基本となるものだが、利用者やその家族からの苦情が絶えない原因は何だろうか。そして、どのように改善すれば、利用者の満足が得られるのだろうか。
 栃木県野木町と東京都小平市の2つのヘルパーステーションで話を聞いた。
複数のヘルパーが入れ代わり家事援助
 
 栃木県の最南端に位置する野木町に一人で暮らすDさん(80歳)は、毎日、野木町社会福祉協議会ヘルパーステーションのヘルパーに家事援助に来てもらっている。月曜から金曜は朝の8時から9時までとタ方の4時半から5時半までの2回、週末は午前中の1時間のみの利用だ。脳神経内科の疾病があって特に朝の体調が悪いDさんは、8時に訪れるヘルパーが待ち遠しい。
 朝やってもらうのは主に掃除と家の中の整理整頓。火曜と金曜は8時より少し早く来てもらってゴミ出しもしてもらう。食欲がない時はお粥を作ってもらうこともある。夕方は買い物と夕食の支度、そして戸締まりの確認。1時間はあっという間で、おかずを1〜2品作るともう時間になってしまう。この間にDさんはお風呂に入る。「ヘルパーの目が届く間に入浴」、これはDさんへの援助計画の一項目でもある。
 5〜6人のヘルパーが交代でDさん宅に入っている。「みんないい人たちだけれど、見ていると掃除一つとっても、丁寧な人、ササっと手早い人などいろいろ。目いっばいパタパタ動かれても疲れるので、仕事の合間に話し相手になってくれるゆとりがほしい」と注文を出す。朝と夕方で違うヘルパーが来たり、新入りヘルパーに同行して2人のヘルパーが来ることもあり、いまだに全員の名前が覚えられない。
 冒頭の電話相談にもあったように、複数ヘルパー制に対する利用者の意見には否定的なものが多い。利用者にしてみれば、いつも同じ人が来てくれれば気心も知れて用事も頼みやすいのだろう、利用者とヘルパーの相性という問題もある。気に入った人にいつも来てもらいたいのが利用者の本音だ。
 ヘルパーに対する注文や苦情が多いのは、家事援助が利用者に対してマンツーマンで提供されるものであり、そのサービス内容が利用者、とりわけ女性の利用者にとっては、これまで自分なりのやり方でやってきた家事であるために、自分のモノサシでヘルパーの仕事ぶりを評価してしまうから。冒頭に紹介した「きれい好きの母親を満足させるヘルパーがいない」というのがこのケースだろう。
 
野木町社会福祉協議会の活動から。(下・右)
   利用者とおしゃべりのひととき
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 その日のサービス内容を記録する
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どこまでを苦情と認めるか?
 
 こうした苦情や注文に対応するのは、ケアプランに基づいて利用者のもとにヘルパーを派遣するケアマネジャーである。たとえば、利用者から「ヘルパーAはいつも遅れてくるので代えてほしい」と苦情があったとしよう。この場合、「名指しで苦情が来たら、即、別のヘルパーに代えます。他でも、そうしているようです」と言うのは、大手生保系の第一生命ウェルライフサポートのケアマネジャーだ。明らかにヘルパーの側に非がある場合、利用者に対してはヘルパーを代えることで応じ、ヘルパーが所属する事業者に対してはヘルパー教育を要請する。利用者、事業者双方に対応するのがケアマネジャーだ。
 しかし、利用者の苦情すべてにこうした形で応じているわけではない。そもそも、どこまでが苦情として客観的に認められるのかという問題がある。冒頭の電話相談に寄せられた「家族のことは何もやってくれない」というのは、家事援助が要介護者の在宅生活を支えるものという規定からは明らかに外れるし、「大掃除をしてくれない」というのも要介護者が毎日の生活を滞りなく送るための家事援助という観点からは遠い。つまり、2ケースとも苦情として認められるものではないということだ。
 利用者が家事援助イコール家事代行サービスと受け取れば、その仕事の範囲は限りなく広がるだろう。しかし“介護保険”で行う家事援助はそうではない。あくまで要支援・要介護者の在宅での暮らしを日常の面から支えることが目的だ。
 そもそも利用者とサービス提供者の間で、どこまでが家事援助の範囲なのかについての了解ができていれば、こうした行き違いはないはず。この点についてはサービスを初めて利用する際に、ケアマネジャーが利用者に重要事項として説明することが義務付けられている。にもかかわらず、現実に家事援助の範囲を超えた苦情が寄せられる一端はケアマネジャーの説明が十分ではないということになる。
 
仏壇のある寝室、茶の間、台所は毎日掃除機をかける
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週2回、まとめてゴミ出し
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台所でタ食の支度
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  (野木町社会福祉協議会の活動から)
 
教育は援助計画づくりを通して
 
 苦情として対応すべきなのかどうか判断が難しいケースもある。複数ヘルパー制もその一つで、これはヘルパーの人繰りという点でやむを得ないところもあり、逆にヘルパーの側からはむしろ複数制のメリットを指摘する声も多い。
 野木町社協のケアマネジャー潮田富子さんは、「利用者さんの中には入院などで利用を取りやめる方や、転んだり急に具合が悪くなって駆けつけるようなケースもあり、その時々に応じてヘルパーの派遣先を変更せざるを得ない」と、人繰りの実情を話す。
 一方、ヘルパー自身が複数制を支持する理由は、一人のヘルパーに固定されてしまうと、利用者とヘルパーの間に慣れ合いが生じて仕事に甘えが出るのではないか、という危惧からのようだ。実際、予定の時間に遅れたり、それをヘルパーステーションを通さず利用者に直接連絡したりというケースや、他者の目が届かない密室状態の中で利用者から物をもらってしまうケースなど、不適切なサービス事例はあちこちで起きている。
 「何人かでチームを組んだほうが、互いに緊張感をもって仕事にあたれるので、サービスの質が向上するように思う。また利用者さんへの対応で困ったことが起きても、チームのみんなで話し合って工夫を出し合える」と話すのは、東京都小平市の社会福祉法人緑友会小川ホーム・ホームヘルプサービスのヘルパー時光明子さんだ。
 小川ホームでは一人ひとりの利用者に対する援助計画を作成する際に、担当する複数のヘルパーが集まって、利用者に必要な援助について意見を出し合う会議を持つ。「利用者さんの性格や暮らしぶりなどを複数の目で見て、必要なサービス内容を検討することができるので、個々の家事援助計画はすべてこの会議に任せています」と、小川ホームの主任でケアマネジャーの小林美穂さんは説明する。
 介護保険ではサービス提供責任者が援助計画を作成することになっているが、小川ホームではこれを現場に任せているというのだ。利用者一人ひとりのことは担当ヘルパーが一番よく知っているのだから、現場が作る援助計画以上のものはないとの考えからだ。
 「それに、援助計画をみんなで話し合う会議が、実は実践的な研修の場でもあるのです」と小林さん。家事援助に関しては身体介護のようにマニュアルはない。掃除、洗濯、炊事といった一つ一つの家事は改めて学ぶまでもない日常行為だ。学ぶべきことは利用者の生活に何が必要かというニーズ把握と、家事をどのように提供していくかという具体的な設計。「こうした勉強は、実際の仕事を通して積み上げていくもの」と小林さんは語る。
介護保険下での家事援助
 
 ヘルパーの側にも日々の仕事の中で対応に困るケースはいろいろある。利用者が家族と一緒に暮らしている場合、介護保険では同居家族に対するサービス提供は禁止されているが、たとえば洗濯機の中に家族の分の衣類が入っていたらどうするか。あるいは明らかに利用者1人分の量を超える料理を頼まれたらどうするか。
 介護保険で禁止されてはいても、現実には洗濯機の中から家族の分を抜き取るわけにもいかず、また多すぎる量の料理も利用者から「2回に分けて食べるから」と言われれば否定のしようがない。疑問を感じながらも利用者の要望には応えざるを得ない、というのが多くのヘルパーの対応だ。
 利用者が希望する家事は時に介護保険の範囲を超え、ヘルパーを家政婦と誤解しているような扱いを受けることもある。こうした問題をヘルパーは所属事業所に持ち帰り、ヘルパー全員によるミーティングで話し合う。一般的な改善策は、介護保険の範囲でできることとできないことをヘルパーが利用者によく説明し、それでも理解してもらえない場合はケアマネジャーにつなぐ。
 在宅介護を支えるためには身体介護も家事援助も同じように重要なのだが、家事援助は低く見られがち。というのも家事援助は身体介護のように特別な技術を要しないサービスと認識されているからだ。しかしヘルパーから聞こえてくるのは「実際には身体介護より家事援助のほうがずっと大変」という声である。身体介護はある程度マニュアルに従ってできるが、家事援助は仕事の範囲が広く、常に個別対応が求められる
 “プロ”の仕事、と多くのヘルパーは自負している。
 「お宅にお邪魔して「今日は何をしましょうか」と言葉を交わす短い時間に、利用者さんの体調や気分を察し、頼まれた仕事を限られた時間の中で終わらせるよう頭の中で組み立てる。それを行うには高い能力が必要で、身体介護をする時にも家事援助のこの能力が基本です」と、前述の野木町社協の潮田さんは話す。利用者の状態を察知し、コミュニケーションを図り、その一方で計算しながら家事を進める。「何よりも利用者さんに合わせて適応していくヘルパーの能力はすごい」と、小川ホームの小林さんも同様の感想をもらす。
 家事援助サービスについては介護報酬の金額についても様々に取りざたされている。その議論について今回は触れないが、家事援助自体は在宅介護に欠くことのできない大きな柱。個々のヘルパーに対する教育はもちろん重要だが、それに加えて一つの事業者の独占状態が続けばサービスの質が低下するのは必至であり、NPOを含めた複数事業者の算入がその抑止力として期待される。
 また利用者側も家族も、介護保険制度における家事援助の意味をもう一度考えてみる必要がありそうだ。何か疑問があればまずはケアマネジャーに、そして自治体の介護保険担当部署など然るべきところに伝えて問題をしっかりと公にし、皆で議論しながら、新しい制度を育てていくという姿勢が必要だろう。








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