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エッセイ まちのお医者さん最前線 8
川崎幸クリニック院長 杉山 孝博
すぎやま たかひろ
1947年愛知県生まれ、東京大学医学部卒業。川崎幸病院副院長を経て現職に。在宅の高齢者宅等を自転車で往診する銀輪先生として、また「ぼけの専門家」として地域医療に情熱を傾ける。
サービスは基本的人権
 「この前のときは血圧が高くて入浴サービスが受けられなかったのですが、今日は大丈夫でした。お風呂に入った日は気持ちよさそうによく眠るんですよ。本当に助かります」
 寝たきりの人を入浴させることはかつて大変なことであった。入浴させられないから自宅では世話ができないという介護者もいた。
 「ショートステイの申し込みをしたところ、鼻の粘膜の細菌培養でMRSAが見つかったため入所できないと言われました。そんなこわい菌がいるとは思ってもいなかったのでびっくりしました。小さい孫もいるので徹底的に治してください」
 数年前、動転した患者・家族から受けた相談の内容である。その老人保健施設では検査結果を伝えただけで、MRSAとはどのようなもので、自宅でどのように対応したらよいのかなどについて家族に全く指導しなかった。抗生物質に抵抗性をもった細菌だが鼻に見つかっただけでは心配ないことなどを私が説明して家族は安心した。
 医療・福祉サービスの利用なしには、今日の在宅ケアは成り立たないといえるが、ある基準に適合しないという理由でそのサービスが受けられないということがしばしば見られる。
 「住み慣れたわが家でできるだけ最後まで過ごしたい」という素朴で基本的な願いを実現するために不可欠なホームヘルプ制度、入浴サービスなどの福祉サービスを受けることを、「基本的人権」の一つであるという認識が必要であると私は思っている。そのような認識なしに、「サービスを受けられる基準」が作られて、基準に合わない対象者を除外していくことが、医療や福祉の現場では普通に行われていることはかなり危険なことである。
 血圧が基準を少しオーバーしている、微熱があるなどの理由で入浴サービスが受けられなかったという利用者の声をよく聞く。全身状態が変わりないのに、事故が起こったら大変だという懸念だけで楽しみにしている入浴サービスが受けられないものの気持ちを、福祉サービス担当者、管理者はどうとらえているのだろうか。
 「事故が起こった場合責任が取れない」という理由が挙げられるが、本当に責任を取るとは、「この仕事が利用者の方にとって非常に大切であることをよく知っています。できるだけ多くの方がサービスを受けられるように努力しますから、万一何か起こっても一緒に受け止めてください」と言って努力することではないだろうか。患者・家族の立場を思ってのことであれば、たとえ事故が起こっても問題になることはまずないだろう。基準を振りかざしてサービスを受ける機会を奪うことをしているものが事故を起こした場合、その姿勢のゆえに問題が大きくなるのだ。
 医療・福祉はサービス業である。サービスを受ける人の立場や要望を受け止めて実施されなければ真のサービス業といえないのである。








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