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シリーズ・市民のための介護保険
自分でお金の管理ができなくなったら
介護保険から見た成年後見制度と地域福祉権利擁護事業
さぁ、言おう!
介護保険制度の運用を支える環境整備を
 
 痴呆と一人暮らしが増える一方の高齢社会、この新しい社会構造を支える仕組みとして介護保険制度が登場した。そこには当然、様々な手続きやお金の管理が発生するが、それに絡む問題も表面化してきた。介護保険制度のよりよい運用に向けて、今何が不足し、何が必要なのか、具体的なケースを拾ってみた。
法的に支援・保護する成年後見制度
 一人暮らしの高齢者の財産を狙った事件で思い出すのが、和歌山市で起きたケアマネジャーによる殺人事件だ。一人暮らしの女性利用者の通帳を盗んで預金を引き出し、不正の発覚を恐れて利用者を殺害するという、介護保険制度始まって以来の衝撃的な出来事だった。この事件は悪質な人間が引き起こした特異なケースであり、これをもってケアマネジャーそのものが非難されるのは適切ではないが、「高齢者の財産管理体制の不備など、制度上の欠陥が露呈されたととらえるべきだ」と指摘するのは、社団法人成年後見センター・リーガルサポート理事長の大貫正男さんだ。同センターは成年後見制度の普及に法人で取り組んでいる司法書士の集まりである。
 和歌山の事件のように命を奪われるのは極めて稀としても、高齢者の財産をめぐるトラブルは非常に多い。ましてや介護保険を利用しているのは、身体に何らかの障害や痴呆がある高齢者である。被害者は病弱や痴呆などによって判断能力の衰えた人に多く、第三者の目が届かない密室状態の中で起こるため、表面化したときには深刻な事態になっている場合が少なくない。
 一方、介護保険は「契約」によって成り立つ制度だ。利用者はサービスを提供する事業者と契約を交わし、利用料として1割を負担するなど、利用者とサービス事業者との金銭の授受も日常的に行われている。中には中程度の痴呆で一人で暮らしている人もいるが、こうした仕組みの中で、内容を十分に理解できないままケアプランに同意し、事業者に提示されるままに利用料を支払っている高齢者も少なからずいるだろう。
 日常的な金銭管理はもとより不動産や預貯金といった財産の管理を自分ですることが困難な高齢者は、痴呆症の増加、独居や夫婦のみで暮らす高齢者世帯の増加によって、今後ますます増えてくる。こうした人たちを法的に支援し保護するための仕組みとして、介護保険制度と同時にスタートしたのが成年後見制度だ。
成年後見制度の構造
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 成年後見制度は、判断能力の十分でない人が一方的に不利な契約を結んでしまわないように、また安全な財産管理ができるように、一定の決められた人が、本人の不十分な判断能力を補って、本人のためになるよう保護・監督する制度。ここでいう「判断能力の十分でない人」とは痴呆性高齢者、知的障害者、精神障害者などである。
 それでは、成年後見制度は介護保険を利用している高齢者に、どのようなサービスをもたらして生活を支援・保護しているのだろうか.成年後見センター・リーガルサポートに所属する司法書士Kさんが手がけた2つのケースを紹介しよう。
グループホームで暮らすA子さんの場合
 A子さん(84歳)は一人暮らしをしていた1998年頃から、物忘れや記憶違いなどが多くなり、一人で生活するための判断能力が十分ではなくなったことから、預貯金通帳、キャッシュカード、実印、印鑑力ードなどの財産管理は同じ信仰を持つ近所の人が行ってきた。ところが、この人が病気を患いA子さんの財産管理ができなくなり、A子さんがグループホームに入所したのを機に、市役所の高齢者福祉担当課の勧めで、成年後見制度を利用することになった。
 成年後見制度を利用するためには、家庭裁判所にまず後見開始の申し立てをする必要がある。司法書士Kさんがその手続きを依頼された。A子さんには身寄りがないため、同じくKさんが成年後見人の候補者となって、今年3月に家裁に後見開始申立書を提出した。翌4月に家裁調査官による聞き取り調査が行われ、A子さん、グループホームの所長、後見人候補者のKさんの3人で家裁に出向いた。その後、A子さんの判断能力についての鑑定が医師によって行われ、最終的に裁判所の審判が出たのは8月。これによってKさんが正式に後見人に選任され、A子さんに対する支援内容が決まった。
 この間に、司法書士KさんはA子さんが取引していた銀行、郵便局、生命保険会社、証券会社などに対して、A子さんの財産や契約内容について調査した。株主総会の案内通知から新たな取引が判明した証券会社などもあり、所有しているすべての財産が明らかになった。また、この過程でこれまで財産管理を任せていた近所の知人に不正な使途があったこともわかった。
 家裁に申し立てた後見の内容(「申立の趣旨」という)は次のようなものだ。
 
◆病院、施設への入退所に関する契約の締結・変更・解除及び費用の支払い
◆医療契約の締結・変更・解除及び支払い
◆介護契約の締結・変更・解除及び支払い
◆要介護認定の申請及び更新
◆預貯金通帳及び取引印、キャッシュカード、実印、印鑑カード等の保管及び事務処理に必要な範囲内の使用
◆取引銀行のキャッシュカードの交付請求及び受領
◆各種の年金の受領及び管理
◆公共料金・公租公課の支払い
◆日用品の購入その他日常生活に関する取引
◆本人に帰属する預貯金に関する取引(預貯金の管理、振り込み依頼、払い戻し、口座の変更、解約等)
 
 後見事務は財産管理に関するものと生活や療養に関するもの(「身上監護」という)の2つに分けられる。A子さんの場合はグループホームに入所しているため身上監護は施設に任せ、財産管理が中心だ。このうち、Kさんが日常的に行っている後見事務は、預貯金通帳及び取引印、キャッシュカード、実印等の保管、グループホームから毎月送付される請求書の内容確認及び支払い、通帳の出入金の管理(年金振り込み等の確認、介護保険料等の支払い)である。今後はA子さんの証券会社との取引を解約して、その資金をA子さんのこれからの生活資金に充てる方向で管理を行う予定だという。
在宅で暮らすB子さんの場合
 B子さん(79歳)は夫と20年前に死別し、生活保護を受けながらアパートで一人暮らしをしている。肉親は姉一人だが、この姉が1998年に死亡し、相続財産として約1800万円を取得したため生活保護が打ち切られることになった。
 日常生活は自立しているものの、数年前から判断能力の低下が見られ、家賃の支払いや生活費の管理に支障をきたすようになったため、市役所の福祉係の職員が面倒を見てきた。
 姉の死後司法書士Kさんにこの相続手続きの依頼がきたことがきっかけで、KさんはB子さんの成年後見の申し立てにかかわることになった。折から、アパートが市の区画整理事業によって取り壊しになるため早急に移転先を決めなくてはならないこと、痴呆症状が見られるため介護保険を申請する予定であったことなどの事情から、早急に後見人を決める必要があった。
 法定後見制度では、本人の判断能力の程度によって「補助」「保佐」「後見」の3つの分類の中から一つを選ぶ(P47図を参照)。B子さんの場合は痴呆の程度が軽いこと、早急にアパートの立退手続きと新しいアパートへの入居契約をしなければならないので、申し立てから審判までの期間が比較的短い「補助」が適当であるとKさんは判断し申し立てを行った。
 「補助」の場合は、医師による判断能力の鑑定が不要であるため、他の2類型に比べると審判までが早い。
 B子さんに対する支援内容(申立の趣旨)は、次のようなものだ。
[1]本人が15万円以上の物品を購入する際は、補助人の同意を受けなければならない。
[2]相続財産の管理、賃貸借契約の締結・解除その他一切の事務、介護契約その他福祉サービスに関する一切の事務について補助人が代理となって行う。
 [1]を同意権、[2]を代理権というが、Kさんは補助人に選任されて、この2つの権利が与えられた。これによってアパートの入退去手続きをはじめB子さんの介護保険の申請、サービス事業者との契約、日常的な金銭管理など、身上監護と相続財産の管理の両方を行うことになった。
審理時間と費用が課題
 最高裁判所はこの春、成年後見制度がスタートした昨年4月から1年間の利用概況をまとめた。それによると、申立件数(後見開始、保佐開始、補助開始、任意後見監督人選任の合計申立件数)は9007件で、旧制度の禁治産・準禁治産宣告の申し立てと比較すると2・5倍に増えている。とはいえ措置から契約へと生まれ変わった介護保険と同じ理念のもとで、知的弱者の権利を擁護する制度として誕生した経緯を思えば、決して多い件数とはいえないだろう。
 利用が期待されたほど伸びない理由の一つが、申し立てから審判までの審理に要する時間が長いこと。B子さんのように医師の鑑定が不要な「補助」で通常3か月、「保佐」や「後見」では4〜6か月かかるケースが多い。要介護の高齢者の場合は早急に手当てする事案が多いから、もっと早急に成年後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)が選任されることを望む声が多い。
 利用が伸びないもう一つの理由は、その手続きや後見人等の報酬にお金がかかることだ。申し立ての際の費用と医師による鑑定料などが合わせて実費で13万〜16万円。これに後見人等に支払う月々の報酬が加わる。報酬額は後見事務の内容によって異なるが、平均2万8000円だ。
 しかし、リーガルサポートの大貫さんは、「確かに費用もかかるし、手続きが煩わしい面はあるが、この制度は財産を上手に使って安全に安心して暮らしていくための制度。費用はかかっても、これだけの支援が得られるということをもっと広めていきたい」と話す。
 成年後見制度では後見人等に特別な資格を要求していないので、原則的に誰でもなれる。このまとめによると、後見人等に選出された人のうち最も多いのは「子」で約35%、次いで「配偶者」が約19%、「兄弟姉妹」が約16%で、親族が90%以上を占めている。A子さん、B子さんのように第三者が後見人等に選任されたものは10%弱で、その内訳は弁護士が166件、司法書士が117件などとなっている。
 これらのデータから読み取れるのは、もともと日本人、とりわけ戦中、戦後の厳しい時代を生き抜いてきた高齢者には自分の財産管理を第三者に委ねるという発想が低く、また家族の側も「他人」に手を入れられることを嫌うということ。しかし、家族であるが故に金銭問題で争い、傷つけ合うケースは山のようにある。成年後見制度の後見人等には人権意識や法的知識、また福祉に関する基礎知識が求められる。しかるべき第三者を後見人等に選任していく道も、今後は大きな選択肢として考えていくべきだろう。
日常の不安を解消する地域福祉権利擁護事業
 最高裁のまとめでは、成年後見制度を利用した人の申立の動機で最も多かったのは財産管理処分で約63%、次いで身上監護が約16%、遺産分割協議が約12%。介護保険契約の締結を主な動機とするものは2%だった。
 このように成年後見制度のニーズは財産管理に関する法的支援が中心で、もっと身近な介護や福祉サービスヘの支援をこの制度に求める人は少ない。介護保険の利用や日常的な見守りを必要とする人にとっては、成年後見制度は重過ぎるということか。
地域福祉権利擁護事業
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 また、一般的には「管理してもらうほどの財産はないが、日常的な金銭の出し入れや介護保険の手続きを手伝ってもらいたい」という人も多いだろう。痴呆症で通帳や印鑑などを紛失したり、税金や保険料の支払いを忘れるなどの高齢者はかなりの数に上るはずだ。
 そうした人たちが地域で安心して暮らしていける社会福祉制度として、介護保険より半年早くスタートしたのが地域福祉権利擁護事業である。おおもとの実施主体は都道府県社会福祉協議会。現在、各地の基幹的な社会福祉協議会等合わせて412か所で事業を行っている。
 この制度を利用できるのは成年後見制度と同様、痴呆性高齢者、知的障害者、精神障害者等判断能力が十分でない人で、支援の内容は以下の3つである。
[1]福祉サービスの利用援助…様々な福祉サービスの利用に関する情報提供と相談、福祉サービスを利用する手続きと利用料金の支払いの代行、福祉サービスの苦情を解決するための手続き
[2]日常的な金銭管理サービス…年金や福祉手当の受領に必要な手続き、税金・社会保険料・公共料金・医療費・家賃などの支払い手続き、日用品購入の代金支払いの手続き、預貯金の出し入れやその解約などの手続き
[3]書類等預かりサービス…年金証書・預貯金通帳・証書(不動産権利証書、保険証書、契約書など)・実印・銀行印などを預かり、銀行の貸し金庫に保管
 このようにサービスは利用者が自立した生活を送るために必要不可欠なものに限定しており、「成年後見制度よりも援助内容を限定させることで、もっと身近に、かつ簡便に利用できる仕組みがこの制度。ひと言で言えば、成年後見より小さいサイズの社会福祉分野での権利擁護事業です」と説明するのは、全国社会福祉協議会地域福祉部の山下興一郎さんだ。
 この事業も、措置から契約へと変わった介護サービスと同様、原則として利用者と実施主体となる社会福祉協議会との間の契約で成り立つ。利用するまでの流れは、連絡を受けた社会福祉協議会の職員(専門員)が自宅を訪問し相談に乗り、本人の状況と希望に応じた支援計画を作成する。支援計画に納得が得られると、利用する本人と社会福祉協議会との間で利用契約を結び、その内容に従って担当職員(生活支援員)が援助する。
 サービスの利用料は、相談や支援計画の作成にかかる費用は無料で、日常的な金銭管理サービスは1回につき1000〜1500円、書類等預かりサービスは月額1000円。地域によって各々に違いはあるが、国庫補助事業であるため、利用者負担は低く抑えられている。
成年後見制度と地域福祉権利擁護事業
(東京都心身障害者福祉センター・「情報シリーズNO.17」〔2000/10〕等をもとに作成)
  成年後見制度(法定後見制度の場合) 地域福祉権利擁護事業
所管庁 法務省 厚生労働省
法的根拠 民法 社会福祉法
利用できる人 痴呆性高齢者・精神障害者・知的障害者等で、判断能力が不十分な人(補助)、判断能力が著しく不十分な人(保佐)、判断能力を欠く人(後見) 痴呆性高齢者・精神障害者・知的障害者等で、精神上の理由によって日常生活を営むのに支障がある人
援助する人 補助人、保佐人、成年後見人 生活支援員、専門員
援助者の供給組織 弁護士会、社会福祉士会、司法書士会等 社会福祉協議会、福祉公社、NPO法人等
実施主体 規定なし 都道府県社会福祉協議会
費用負担 利用者負担 相談・援助計画の作成・契約締結は無料、援助の実施については利用者負担
手続きの開始者 申立できるのは、本人・配偶者・4親等内の親族・任意後見受任者等。
「補助」は本人の同意が必要、「保佐」
「後見」は本人の同意は不要
本人・家族等による相談。契約の締結は本人の意思に基づく
審判・制度利用の判断機関 家庭裁判所 都道府県社会福祉協議会
援助内容 財産管理等の法律行為・身上配慮義務(身上監護) 情報提供・相談・福祉サービスの利用援助・日常的な金銭管理・書類等の預かり
援助の特徴 自己決定の尊重と保護との調和を図り、契約事案において本人の代弁をする(代理・取り消し・同意) 本人の意思に基づいて、福祉サービス利用に関する情報提供・相談、契約による援助活動を行い、自己決定を支援する
*任意後見制度では本人が前もって公正証書による契約で任意後見人を選任しておき、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が発生する。
2つの仕組みの積極的な広報を
 1999年10月の事業開始から200 1年3月までの1年半で、全国で延べ5万5370件の相談が寄せられ、このうち2433人が契約してサービスを利用している。利用者の約7割が痴呆性高齢者である。
 利用者は判断能力が十分ではない高齢者であり利用に当たっては契約が必要ということであると、利用者に契約を結ぶ意思があるのかどうかの確認が重要になってくる。中には利用者の契約締結能力を確かめること自体難しいケースもあり、この場合は都道府県社協に設置している「契約締結審査会」が専門的な立場で審査と助言を行っている。そうしたケースを一つ紹介しよう。
 Cさん(82歳)は妻と死別した後、自宅で一人で暮らしている。他県に息子が一人おり、月に1度程度訪ねてくるが、その息子から社協に「最近はお金を何に使ったか覚えておらず、年金が入るとすぐに使ってしまい、生活に困っているようだ」との相談が寄せられた。
 Cさんは物忘れがかなり進んでおり、心配した息子が病院に連れて行き、痴呆症の診断を受けたばかりだった。相談に応じた専門員は権利擁護事業の利用を勧めたが、問題は本人の判断能力が低下している状態で利用契約を結べるかどうかであった。そこで契約締結審査会で審査をし、その結果、意思を確認できると判定され、契約が可能となった。
 サービスの中心は日常的な金銭管理で、普通預金通帳を社協が預かり、週1回、生活費として口座から2万円を引き出して、Cさんに届けることになった。また、息子との相談の過程で、介護保険の要介護認定の申請もされていなかったことがわかり、社協の専門員がその手続きを行い、要介護2の認定を受けた。さっそく、ホームヘルパーに朝夕1時間ずつ家事援助に来てもらうようケアプランを作成してもらい、その家事援助の利用料の支払いも生活支援員が行うことになった。
 成年後見制度と地域福祉権利擁護事業、共に一人ではお金の管理やいろいろな手続きができなくなった人を援助する仕組みであるが、そのサービス内容は重なる部分もあれば独自のものもある。どちらの仕組みを利用するかは、本人にとってどんな援助がどの程度必要かによって決まってくるだろう。
 これら二つの制度とも、介護保険の利用を支援するサービス内容を持ち、介護保険制度の運用を支える車の両輪でもあるが、これまでのところ、介護保険ほどには社会に周知されていない。金銭管理や財産管理の安全弁として、もっと身近になっていいはずのこの制度。さらに普及させるためにも、そしてさらにより良い制度としていくためにも、介護保険を利用する際には、他にこうした仕組みも活用できるのだという、自治体及び関係機関の幅広い広報と情報提供も期待したい。








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