ふれあい活動奮戦記
NPO法人東海市在宅介護・家事援助の会「ふれ愛」(愛知県)
住み慣れた街で最後まで自分らしく暮らせるよう複合福祉施設の建設を目指す
ふれ愛の仲間たち(1997年総会)
「定年退職を迎えたとき、再就職を勧める友人もいましたが、第二の人生はこの助け合い活動に懸けようと、今日まで全力を尽くして頑張ってきました。おかげで、昔の職場の仲間とは違った人々との交流も生まれましたし、朝から晩まで忙し過ぎるほどの充実した毎日が送れ、人生万々歳(笑)。人と共に悲しみ、共に喜ぶことを知らずに生活を終えるのは寂しいことだとも気づかせてもらいました。東海市ではこれまで1件もお年寄りや子どもへの虐待事件が起こっていないんですが、行政などから“これもふれ愛さんの活動のおかげ“と言っていただけることが何よりの励みになっています」
こう語るのは40年近くを鉄工マンとして過ごした後、東海市在宅介護・家事援助の会「ふれ愛」を結成、10年以上の長きにわたって会長を務めてきた佐々木幸雄さん。「もうそろそろ助ける側から、助けられる側に回りたいね」と苦笑いはするものの、75歳という年齢を感じさせない元気な方である。
妻の介護経験をきっかけにボランティアの世界へ
およそ半世紀ほど前、半農半漁から鉄の街へと急速かつ著しく発展した東海市は、高度経済成長の縮図ともいわれた。中でも製鉄産業及び関連企業を支えるため、全国から二男、三男が妻子を伴って、または単身で赴任してきた人が多いのが特徴である。佐々木さんもそうした一人で、生まれは宮城県。岩手県の新日鉄釜石製鉄所に就職するが、1965年に名古屋製鉄所に転勤となり、そのまま85年にこの地で退職を迎えた。
そんな佐々木さんがボランティアの世界に足を踏み入れたのは、83年に妻の英子さん(当時52歳)を乳がんで亡くしたことがきっかけだという。
「家内は亡くなるまで、8年ほど入退院を繰り返したため、当時の私は仕事をしながら介護も家事も子育てもしなければならず、それは大変な苦労でした。特に私たちの年代は男が家事をするなんていう教育を受けてきませんでしたから、妻が倒れると全くのお手上げ。しかも転勤族なので、近くには頼れる親兄弟や親戚もいないので尚更でした。ですが、市の発展経過からみて、この地域にはきっと私と同じような状況に陥って困っている家庭は少なくないはず。そう思って退職後は少しでもそういう人たちのお役に立てれば、と考えるようになったんです」
そして、市の社会福祉協議会(社協)主催の在宅介護者養成講座を受講した佐々木さんは、90年に講座の修了生たちと「ふれ愛」を設立した。
1988年 5月 |
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東海市社協主催の在宅介護者養成講座を受講 |
12月 |
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講座修了生10名により、在宅介護の会設立準備委員会を発足 |
1990年 2月 |
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「ふれ愛」設立 |
1993年 5月 |
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時間預託制度を開始 |
1998年 8月 |
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デイサービス開始 |
1999年11月 |
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NPO法人格を取得 |
2000年 4月 |
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介護保険事業に参入 |