エッセイ まちのお医者さん最前線 6
川崎幸クリニック院長 杉山 孝博
すぎやま たかひろ
1947年愛知県生まれ、東京大学医学部卒業。川崎幸病院副院長を経て現職に。在宅の高齢者宅等を自転車で往診する銀輪先生として、また「ぼけの専門家」として地域医療に情熱を傾ける。
高度医療と在宅ケア
最近街を歩いていると、小型の酸素ボンベから酸素を吸入しながら買い物や散歩をしている慢性呼吸不全の患者さんの姿を見かけることが少なくない。また、訪問看護婦が訪問している家には、人工呼吸器や24時間カテーテルをつけながら療養している人が目立つようになった。酸素吸入、腹膜透析、中心静脈栄養、人工呼吸、抗癌剤や鎮痛剤の持続注入など、かつては入院しなければ受けられないと考えられていた治療法が、在宅で受けられるようになった。
「治療は患者・家族と医療スタッフとの共同作業である」と考えて、筆者は、川崎幸病院で、血友病の自己注射治療(1977年から)、家庭透析(1978年から)、在宅酸素療法(1979年から)、CAPD(持続携行式腹膜透析、198 2年から)、在宅人工呼吸器療法(1986年から)などの自己管理治療の試みを行ってきた。
医療機器を扱うことや自己注射など専門家にのみ認められている医療的処置を患者や家族が行うことに不安を感じるかもしれないが、どの人たちも見事に行っている。自分にとって必要な治療であるという認識と、いつでも相談でき援助を受けられる医療スタッフがいるという安心感があれば、誰でもすばらしい介護者・治療者になれるものである。
ところで、気管支喘息、肺気腫、肺結核後遺症などのため肺や心臓の働きが悪くなると、酸素吸入が常時必要になる。慢性呼吸不全の患者さんが自宅に酸素濃縮機や液体酸素ボンベを置き、外出用の小型酸素ボンベを使いながら安心して在宅生活を送ることができるようになったのは、社会保険診療報酬に在宅酸素指導管理料が認められた1 986年以降のことである。筆者が在宅酸素療法を開始したのが1979年。その当時、ガスボンベ、流量計、使用した酸素も全て自費扱いで酸素代だけで毎月10数万円かかっていたため、在宅酸素療法を実施していた人は全国でおよそ1000名を超えなかったことを考えると感無量である。現在、在宅酸素療法を受けている人は6万人以上に達していると言われている。
高度な在宅医療が拡大している背景を考えると、それぞれの治療法が患者・家族が実現を望んできた切実な治療法であったこと、ノーマライゼーションの考え方が社会的に浸透してきて、重度の障害をもっていても在宅生活を送ることが自然であると理解されてきたこと、酸素濃縮機や液体酸素吸入装置、小型の人工呼吸器など、安全性が高く、使いやすい機器や薬剤などが開発されたこと、訪問診療・訪問看護など在宅医療が充実するにしたがって、患者・家族の医療的不安が軽くなってきたこと、などの理由を挙げられる。
どのような疾患、状態であっても、その人にとって望ましい療養生活が送れるような条件づくりをすることが、医療の目的であり義務である。重度の状態であっても高度医療を受けながら、在宅療養を続けていく人たちは今後ますます増えていくことであろう。医療としてかかわる範囲も広がっている。