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「普通の時間」が流れる暮らし
「のぞみホーム」
 壬生町の住宅地に建つ何の変哲もない平屋の民家。玄関にコンクリート製スロープがあるだけが高齢者住宅らしさをしのばせる。お昼時、入居者のお年寄りたちと一緒に鶏肉で出しを取ったつけうどんをご馳走になった。比較的元気なお年寄りたちはマイペースで食事をし、スタッフとボランティアたちは家族の一員のように食事に付き合う。自分で食事できる人は本人に任せ、食べ物をスプーンで運ばなければならない人はそのように。目の前を通りかかる人には誰にでも小学校への道順を尋ねる杖をついた女性。遠来の見学者に教育勅語をボランティアと一緒に暗誦して聞かせてくれる女性。彼女に付き合って唱和するボランティアの女性は81歳。
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入浴は木の香りただよう桧風呂で

一人暮らしの生きがいは孫の成長とここで痴呆性老人とお付き合いすることだと楽しげだ。
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小さい住まいでもトイレは広々。
介助に配慮した間取りはグループホームならでは
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ホームリーダーの奥山久美子さんは元看護婦

 食事の支度はボランティア。彼女らと入れ替わりに大工が家具の修理にやって来る。ホームリーダーの奥山久美子さんらスタッフは、ここに住んだり通ってくるお年寄りたちとごく自然に付き合っている。お年寄りが何人もいる普通の住宅でウイークデイの1日がごく自然に過ぎていく。住宅としての特徴はバリアフリー化の徹底。とりわけトイレは広かった。こうして一人ひとりのお年寄りのペースに合わせてマンツーマンに近いお世話をすれば、いわゆる「問題行動」などは起きない。少なくとも昼食前から夕刻までの半日間に特に気になるようなことは何も起きなかった。
ノースケジュール、ノープロブレム
 「宅老所よりあい」
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ここで暮らす高齢者にとって「よりあい」は本当の終の住みかだ

 元祖宅老所として有名な福岡市の「宅老所よりあい」は福岡ドームが見える都心の住宅街の一軒家。茶の間にあたるメインルームにはどんと大きな仏壇が。これたけでお年寄りは落ち着くに違いない。ひっきりなしにだれかれなく話しかける人、それにキチンと答える人、ほとんど眠っているように無反応な人、そろえたひざに両手を重ねてかしこまっている人、車イスに身を任せたまま身動き一つしない人…。80歳代から102歳まで、それぞれ異なった状態のお年寄り9人の様子を4〜5人のスタッフが見届けながら、必要に応じて素早くしかもさりげなくフォローする。開設して10年。この小さな家に毎週20人の見学者が全国から訪れるそうだ。
 東と西に離れても、二つの“家”には、ともにゆったりとした時間が流れている。時間割や日課は一切ない。食事を用意する時刻は決まっているものの食事時間は「そのひと」任せ。1人2時間かけるときもある。もう一つの共通点はお年寄りに注意をしないこと。スタッフがお年寄りの行動を禁止するようなことはまったくない。
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村瀬孝生施設長(写真左)らスタッフと。
ここに暮らすお年寄りは笑顔でいっぱい
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仏壇、古いタンス、丸いちゃぶ台のある茶の間でくつろぐ。
正面車イスの女性は102歳!
92歳に教えられた「人には添うてみよ」
 「よりあい」の2号めとなる「第二宅老所よりあい」の施設長・村瀬孝生さんによれば、痴呆性老人ケアの極意は「添うこと」だ。「特別養護老人ホームで働いていたとき、92歳のおばあちゃんに「馬は引いてみよ、人には添うてみよ」と教えられました」。グループホームの先駆者である宅老所や小規模多機能の介護ホームは、痴呆性老人とその家族の求めに答えてこうしたケアにたどり着いた。しかし介護保険の追い風に乗り小資本でできる“ニュービジネス”として参入する新しい事業者に、こうした痴呆介護の真髄をどれだけ期待できるだろうか。グループホームは小さいだけに特養や老健など大型施設と違って入居者の逃げ場がない。それだけに、経営者やスタッフの理念や資質によっては「地獄になる」と関係者は口をそろえる。
NPOの出番はどこに?
 国は2001年度から、痴呆性高齢者グループホームの規制強化と同時に、NPOが単独でグループホームをつくる道を開放した。法人であれば単独型の痴呆性高齢者グループホームに建設補助金を出すことに踏み切ったのである。痴呆性高齢者介護は「医療」から「生活の確保」へ、「地域から隔離する集団管理」から「地域に開放された小規模ケア」へと時代の流れは変わった。NPOにとってチャンス到来である。高橋誠一東北福祉大教授はグループホームの10%程度はN POの運営になろうと予測する。
 ただ、NPOは医療法人、社会福祉法人など介護事業の旧勢力と株式会社など新勢力に挟まれるため、それらをしのぐ経営力と資金力を持たないかぎり前途は多難。高橋教授は「地域に密着した非営利法人であるからこそ、地域住民のボランティアや行政のサポートを得ることができる」と非営利法人である特徴を最大限に生かすことを勧め、それがNPOであるゆえんだと強調する。NPOがコミュニティーサービスの担い手として介護市場で“大企業”と伍していくには市民・地域住民のニーズにトコトン添い遂げることができるかどうかにかかっている。「のぞみホーム」も「よりあい」もお年寄りの看取り(ターミナルケア)を引き受けているが、それは開業医を含め地域全体の支援を受けることができるからなのだ。
 今年6月23日、東京で開かれた宅老所・グループホーム全国ネットワーク公開セミナーのテーマは「小規模多機能ホームのススメ」、合言葉は「これからは“地域で誰でも普通に暮らす”」。グループホームの定義に合うか合わないか、介護保険の給付対象になるかどうか、職員の都合がつくのつかないの、などとツベコベ言わず、自由自在に、痴呆性高齢者に添い遂げてサービスを提供する。それこそ営利企業でないNPOならではの使命。山崎課長(当時)も公開セミナーに参加して、エールを送っていた。








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