シリーズ・市民のための介護保険
「グループホーム」は痴呆介護の切り札か?
さぁ、言おう!
国の基準よりも世話するヒトとその理念で決まる高齢者の幸せ
痴呆性老人のケアは介護保険実施後に残された大きな課題。痴呆症の決定的な治療法はまだ見つかっていないため少人数で家庭的な雰囲気でお世話をして症状を緩和することが効果的と言われる。痴呆対策の切り札として国が推進するグループホームの現況と課題。そこに果たすべき市民の役割とは?
福祉維新の坂本竜馬?
今年の7月6日、厚生労働省の人事異動で一人のキャリアが介護保険の最前線から離れていった。前老健局計画課長・山崎史郎さんである。介護保険の制度づくりに当初から取り組んできた厚生官僚の一人。明治維新のとき高杉晋作ら時代変革の志士を輩出した長州(山口県)の出身だ。明治維新は幕藩体制を打ち壊し中央集権国家を実現する営みだったが、山崎氏は介護保険によって福祉の実権を国から市(区)町村に大政奉還する“福祉維新”のため休む間もなく全国を走り回ってきた。
痴呆性老人介護のためのグループホーム創始者の一人で「福祉の屯田兵」を自任する林崎光弘函館あいの里施設長は言う。
「彼は介護保険の坂本竜馬です」。その山崎さんが計画課長の席を去る直前まで取り組んできたのが痴呆性老人対策だ。その柱は二つ。一つは痴呆性高齢者の介護をきちんとできる人材を全国的に養成する研修の実施。もう一つは、それと切っても切れないグループホームの介護の質の向上である。
高齢者痴呆介護研究・研修センターの研修風景
だーれが生徒か先生か…
痴呆症の研究と痴呆介護のリーダー研修、そして担当者の基礎研修に当たる施設として国費を投じて建設した高齢者痴呆介護研究・研修センターは今年6月、仙台にオープンした。国による日本初の痴呆介護リーダー研修受講者は18人。1か月間の合宿生活をし、林崎氏ら痴呆介護の専門家やグループホームと大規模施設を融合させたユニットケアの提唱者ら痴呆介護の先駆者と特養職員らが研修を受けた。武道のように無数の流派が乱立する痴呆介護の方法論を統一し、痴呆介護のナショナルスタンダードを決めようというもの。
だから「誰が先生か生徒かわからないメダカの学校」(山崎前課長)である。ここでリーダー研修を終えた受講生は、地元の都道府県に帰ったあと地元都道府県の痴呆介護研修プログラムをつくって自ら講師となる。発展途上にある我が国の痴呆介護を近代の夜明けに導こうとする試みの第一歩である。この研修によってグループホームユニットケアなどで行われる痴呆性高齢者のケアの質を維持・向上させるのが山崎前課長のねらいだった。
痴呆介護のスタンダードを探る
グループホームの定義は様々だが、痴呆性高齢者を介護するための施設としてのグループホームは、家庭的な環境の中で、少人数の痴呆性老人が介護専門職と一緒に暮らし、症状の緩和や痴呆の進行を抑える介護の場とサービスを指す。我が国では宅老所など草の根の市民介護運動から自然発生的にでき上がったタイプとスウェーデンから“輸入”されたタイプがある。一般民家を改造したり一戸建てでつくったりした「単独型」、特別養護老人ホーム、老人保健施設など老人ホーム付属の「併設型」に分かれているが、ここ数年は複数のグループホーム(ユニット)を同じ敷地内に連結し、小規模ならではの行き届いたケアと大型施設の経営効率の両立を狙う「ユニットケア型」がクローズアップされている。
国は、痴呆性老人介護の切り札として、これを介護保険の在宅介護サービスの柱の一つに位置づけている。お役所用語でいう「指定痴呆対応型共同生活介護」(痴呆性高齢者グループホーム)である。国は2004年を最終年度とした「ゴールドプラン21」の中で全国3200か所の痴呆性高齢者グループホームをつくる計画だ。小資金でも開設が可能なうえ、国と自治体が建設費に補助金をつけるようになったため高齢者施設、病院、株式会社など“大企業”が一斉に参入。定員5〜9人、WAM−NET(社会福祉・医療事業団)によれば介護保険の指定事業所数はすでに全国で1200を超えており、開設ブームを呈している。
それに伴い小規模ゆえの密室性がもたらす問題や専門スタッフの不足など「ケアの質」をめぐる問題が起きつつある。そこで厚生労働省は痴呆性高齢者グループホームの「適正な普及」を図るため、次のような対策を打ち出した。
1.「地域に密着した整備の促進」
地域への開放性や介護保険施設等との連携等を条件として単独型グループホームについて施設整備費補助を行う。また、地域との交流を進めるため住宅地での建設を促進する。ユニットケア型は3ユニットまでとする。
2.「専門的なケアの充実」
[1]グループホーム管理者に対する「痴呆介護実務者研修(基礎課程)」受講の義務づけなど施設スタッフの教育の徹底。[2]2001年度中は都道府県が定めた基準に基づく自己評価を、2002年度以降は第三者評価を受けることを義務づける。
3.「情報公開の推進」
[1]運営規程、勤務体制、管理者・スタッフの資格・研修の履修状況、入所者の負担する利用料、住居費、さらにサービス評価の結果などの公表と都道府県・市町村への情報提供を義務づける。
[2]都道府県と市町村は右記グループホームの情報を利用者や家族らが活用できるようインターネットのホームページに載せるなどして発信する。
4.「市町村との連携」
[1]グループホーム開設後も常時情報収集を実施、都道府県と連携して指導・助言をし、グループホームの活用に配慮する。[2]グループホーム開設に当たって介護保険法上の指定申請及び施設整備費補助の申請をする際に市町村長の意見書を添付することを義務づける。
国はグループホームにしっかりと規制のタガをはめたうえ市町村長に連帯責任を負わせてケアの質を維持しようというもくろみである。第三者評価の仕組みに関する報告書は3月にでき上がり、高齢者痴呆介護研究・研修センターも仙台に続いて東京と愛知県大府市に相次いでオープンした。これで制度的なチェック体制は整ったが、それたけで本当にお年寄りが幸せになり、家族の苦労が軽減できるかどうか? 問題は制度やシステムでは測り切れない居心地よさだ。お年寄りがどんな状態になっても、その人らしいクオリティ・オブ・ライフ(暮らしの心地よさ)を約束する心遣いができる生活の場になっているかどうか? それが一番の問題である。お年寄り本位のケアでそれぞれ評判の高い「のぞみホーム」(栃木県壬生町)と「宅老所よりあい」(福岡市)を訪ねてみた。