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問題に真正面から取り組む姿勢が子どもの自立心を育む

堀田 そうしてシゲ君は最後まで本当に頑張り続けた中で、でも、どこかの時点で、自分に訪れる死というものを受け入れていたんでしょうか。
森下 そうですね。じいちゃん、ばあちゃん、ぼくがいなくても喧嘩しないでね、とか。それも告知をしておいてよかったことだと思っています。「死んでも、必ずママの子として…」と輪廻転生のような言葉も出てくるんですね。
堀田 誰から教えられたわけでもないのに、絶望的な環境の中で本当に見事なものです。
森下 何なんでしょうかね。がんを告知した後、彼に「どうしょうもないものは、どうしょうもないよ」なんてさらりと言われた時には、参りました。大人でもなかなかそんな境地にはなれないでしょう。いったい何考えてんのかなあ、こいつって。本の題名もシゲの言葉なんです。「こんなに痛くてつらいのは、ママでなくてよかったよ」って。
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堀田 力
1934年京都府生まれ。
さわやか福祉財団理事長、弁護士。
 
堀田 泣かせますよねえ。どこからそんなやさしさが出てくるんでしょう。今の教育者たちは、子どもだってそれだけの自立心、判断力があることをぜひ学んでほしい。そうすれば押し付けるような「義務化」なんていう発想は出てこないし、むしろ親や教育者は自分の生き方の中でモデルを示すべきなんですよ。
森下 学校によっては、小学生が国語の命のテーマで教材に使ってくださっているようなんです。
堀田 文部科学省のお役人や政治家にもぜひ教材として使ってもらいたいですね。生きる姿勢というのは、決して年齢には関係ない、人間に本来備わっている力なのだということを、シゲ君は多くの大人たちに見事に証明してくれました。
森下 子どもにも子どもなりの考えってあるんですよね。私もシゲに対しては、必ず、頭ごなしにだめと言うんじゃなくて、ママはこう思う、シゲ君はどう?と聞くようにしていました。そうすると彼なりに考えた答えを言って、でも必ず、それじゃあママは困る?とかこっちを気遣う言葉が付くんです。
堀田 自分の意見を聞いてくれる、自分が大切にされてるとわかるから、相手の意見も聞いてあげようという気持ちに自然になれるんでしょう。
森下 私は、世間様でいう母子家庭、シングルマザーでしたから、父親の役目もしなくちゃいけない。親子というよりむしろパートナー、恋人的な存在だったですね。だから何事も二人三脚、お互いに正直にぶつかり合おうと。
堀田 それ、一番大切なことですよ。最近、母子密着、母源病などという言葉も言われますが、子どもを対等に扱う、パートナーということをはき違えて、依存し合ってどちらも自立しない親子が問題になっていますよね。森下さんのように、シゲ君の人格、生きる力、判断力を引き出しながら一人前扱いしていく、そんな恋人のような関係と、子どもの自立心も損なうようなベタベタとした依存の関係とではまったく違うことをわからないといけない。
森下 もともと私は体育会系で、可愛い子には旅をさせろのタイプだからですかね。一人の人間として存在を認めてあげることが基本で、ただ一つだけ厳しく言っていたのは、自分が嫌なことは人にするな、自分がうれしいことを人にもしてあげなさいと。
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堀田 一番いけないのは、大事な問題から逃げてしまう、人のせいにするだけで親自身が向き合おうとしないことです。それでは子どもが自立できない。
森下 私はスイミングクラブのインストラクターとか、今赤十字のほうでボランティアもしているんですが、確かに叱り方のルールも理解していない親が多いんです。必ず誰かのせいにする。先生に怒られるでしょ、何々ちゃんに悪いでしょとか。そうじやなくて、ママはやってもらいたくない、だからやめてくれ、と、シゲにはそう言ってきました。それと怒ったら怒りっぱなしで終わりなんですね。最後は必ず許してあげることが必要で、それで初めて悪かったと思うことができるし、親子の絆ができると思うんです。
堀田 おっしゃるとおりです。働いている女性の中には、接し方が足りないとか、子どもに対して負い目を感じている人が多いんですが、ずっと一緒にいればいいというんじゃ決してない。むしろ過剰なほうが過保護で危ないんですよ。お母さんも一人の人間として自立して責任を持って働いていることをわからせて、後は家でしっかり愛情深く受け止めてあげるよという姿勢を示せば十分なんですね。
「しげくん・ネット」
最後まで親子でふれあえるホスピスを
堀田 ところで、今、森下さんはチャイルドホスピスの設立をお仲間と目指しておられるとか。
森下 はい。まだスタートしたばかりなんですが、必ずいつか実現できたらと。
堀田 幼い最愛の息子さんを亡くされて、同じようにつらい思いをされた方、あるいは配偶者を亡くされて悲しみからなかなか抜け出せない方も大勢おられる中で、しっかりと前向きに過ごされているのがすばらしいなと思うのですが、お気持ちはどのように整理されていったのか、もしおうかがいできれば。
森下 正直言いまして、彼が死んでから6年が過ぎましたけれど、その間泣いたのは一度しかないんです。何でだろうとひどく自分でも考えたことがあるんです。
堀田 ほおお。
森下 確かにいない。でも彼の使っていたランドセルとかパジャマとかが置いてあるわけです。早く忘れなさいって言う人もいますが、生きていた人のことを何でそんなふうに言えるんでしょう。冷たい言葉ですよね。労ってくれてるのはわかるんですが、それは違います。正直悔いもありますよ。悲しいことは悲しいんですが、でも、お互いに向き合って共に闘ったという満足感的なものもありました。
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堀田 精一杯やれることはやったんだと。
森下 そうですね。病院で写真を撮ってましたでしょう。スナップ写真に映っていた子どもたちも、もう半分以上はいません。残されたお母さんの話を聞いていると、とても後悔が強いんですね。夫婦仲まで悪くなって、実際に離婚された方もいます。ふと思ったのは、普通の主婦の方は、どんなに付き添っていてあげたくてもそれができないんですね。他の子どもの世話、夫や舅や姑の世話、掃除、洗濯…。子どもが外泊に帰ってきても、その子が死んじゃうってわかっていても、100%抱き締めていてあげられない。その点、私は自由でしたし、病院もいろいろと協力してくれましたので。
堀田 担当の住田先生、スミちゃん、ですね。シゲ君もすごく信頼していて。
森下 はい。ここまで全面的に信頼してくれる患者はいないと言ってくれました。シゲが死んじゃった前日は私の誕生日で、寒い夜でしてね。もう言葉も話せない彼の寝ているベッドに私も一緒に布団にもぐりこんで、一晩添い寝をして、そのまま腕の中で息を引き取りました。大学病院のようなところでは考えられない奇跡だって言われています。
堀田 だいたいは管をたくさん入れられて、機械に囲まれて。
森下 そうなんです。ちょっと病室出ていてくださいと言われて、最後の一息のころだけ寄っていったのとでは悔いの残り方が絶対違うと思うんです。それだったら、残される家族にとっても悔いを残さずしっかり見守ってあげられるような場所をつくりたいなと。
堀田 そこから子どもさん用のチャイルドホスピスの設立を考えられたわけですね。
森下 はい。日本にはまだチャイルドホスピスがないんです。もちろん病気と闘う子どもにとっても家族とゆったり過ごせる場所があるのは何よりですし。私のような、普通の人よりちょっとした思い出がたくさんあるだけだと思うんですが、その思い出を、心の引き出しがらいつでも取り出せて、彼にエールを送ってもらっているわけですから。チャイルドホスピスは、残された家族のためにも心のケアの意味を十分含んでいると考えています。
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堀田 親御さんの後悔の気持ちができるだけ残らないように、子どもも自分を見てくれているという満足感が持てるように。思いに賛同してくれる人は必ずいると思いますよ。今は企業の社会貢献活動も少しずつ広まってきていますし、応援してくれるところが見つかるといいですね。
森下 実際、土地はあるからやらないかと声を掛けてくださったお医者さんがいるんです。老人と子どものホスピスをやりたいって。でも、まだ全然お金がなくて(笑)。別に絶対自分が一番に建てたいというつもりはなくて、私が提言することで動いてくださる人が見つかればそれでもいい。一番適してるのは、今ホスピスをやってらっしゃるところだと思うんです。木漏れ日の下のベンチで、膝枕して子どもが母親の顔を見ながらたわいのないおしゃべりをしている、そんな時間と空間。病院に入院しているとあり得ませんから。
堀田 しげくん・ネットですか、お仲間も集まってきているとか。
森下 ええ。シゲの本とか、私のテレビを見て感動してくれた方がボランティアでやりたいとおっしゃってくださったり。ぜひそういう人たちと一緒にスクラムを組んでいけたらなと思っています。
堀田 私も応援していますので、ぜひ夢を実現させてください。今日はありがとうございました。
 
しげくん・ネット
お母さんと子どもが100%思い出づくりができる温かなチャイルドホスピスの建設を目指して活動中です。
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TEL: 06・6308・4951
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