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新たな“生と死”を求めて 4
 尾崎 雄
 (プロフィール)1942年6月生まれ、フリージャーナリスト、老・病・死を考える会世話人、元日本経済新聞編集委員。著書に「人間らしく死にたい」(日本経済新聞社)、「介護保険に賭ける男たち」(日経事業出版社)ほか。現在仙台白百合女子大学で非常勤講師として死生学、終末ケア論等を教える。
「在宅」で死ぬということ
 1977年。この年は日本の死のターニングポイントだった。死亡者のうち病院を中心とする施設内で亡くなる「病院死」の比率は1950年代の10%台から77年に50.6%と初めて半数を超えた。97年には81.1%に達している。「病院死選好」こそ、日本の医療費を押し上げる元凶。在宅ケアを基本理念とする介護保険の狙いはこの「病院死選好」に歯止めをかけることである。国は「病院死の時代」から「在宅死の時代」に時計の針を逆戻りさせて国民医療費の膨張に歯止めをかけようとしているのだ。
 だが、介護保険がスタートして1年、特別養護老人ホームの入居を待つ列は以前の数倍に延びた。国の意図に逆らうように国民はお年寄りを在宅から施設へと押し出そうとしている。終の棲家は介護の不安と重荷を強いられる自宅ではなく、お年寄りを安心して預かってもらえると期待される特別養護老人ホームで―これが家族の本音であろう。
 最近「在宅死の時代」(法政大学出版局)を出した新村拓北里大学教授は、同書の中で、病院死の増加の背景は「看取りの文化」の消失だと指摘する。「病院や施設での死が増えるにしたがい、当然のことながら看取るための知識や技術が家や地域から失われていくことになる」と。その結果、「死が近づけば、家にいたいという病人の意思に反して救急車を呼んでしまい、病院に送り込む」という“悪循環”を呼び、その結果が10人のうち8人以上が病院で死ぬ社会をもたらしてしまったのだ。
 こうした病院死選好は、終末期のがん患者らが入院するためのホスピス開設ブームにも反映している。医療保険の支払い対象となる緩和ケア病棟はここ1、2年は1か月に1つ以上のペースで誕生し、86施設1586病床に達した(4月1日現在)。それ自体は結構なことだが、問題はそれらが在宅の看取りを支えるための拠点になっているかどうかである。
 ホスピス・ケアの発祥地であるアイルランドやイギリスのホスピスを訪れると、そこは末期患者の入院施設というよりは、むしろ在宅末期患者のための訪問看護ステーション兼デイケアセンターであり、介護に疲れた家族のために患者を預かるための一時的入所施設となっている。米国でもホスピスといえば普通は在宅ホスピスを指す。それが日本に輸入されるといつのまにか末期がん患者が死ぬために入る施設になってしまうから不思議だ。それはホスピスというハコモノを用意しないと医療保険から医療費が出ないからである。
 ホスピス運動先駆者の一人である日野原重明・聖路加国際病院理事長に「なぜ日本では在宅ホスピスが育たないのか」と尋ねると「住宅のせいです」と答えた。看取りの文化を地域と家庭に復活し、住宅をバリアフリーにしない限り我々は畳の上では死ねないのである。








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