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まちのお医者さん最前線 4
 川崎幸クリニック院長杉山 孝博(すぎやま たかひろ)
 1947年愛知県生まれ、東京大学医学部卒業。川崎幸病院副院長を経て現職に。在宅の高齢者宅等を自転車で往診する銀輪先生として、また「ぼけの専門家」として地域医療に情熱を傾ける。
ぼけを正しく理解するために
 
 高齢者介護でぼけ(痴呆)が最も大変であることは間違いない。
 物忘れがひどくなって同じことを何度も繰り返したり、家族の顔や自分の家がわからなくなるようなことが身内に起こったとき、どの家族も、そのことをどう理解し、どう対応してよいかわからず大混乱に陥る。これまでしっかりしていた身内がぼけたことを認めたくない気持ちと、説得や否定のような常識的な対応では混乱を深めるだけであるという介護の大変さとが相侯って介護の負担を増している。
 ぼけ老人の示す異常な言動は、判断力・記憶力などの知的機能低下の特性やぼけ老人の生活体験などを考慮すれば、突拍子もないものでは決してなく、十分に了解できるのである。誰にも理解しやすいように、「ぼけをよく理解するための8大法則・1原則」をまとめてみた。今月と来月の2回にわたり紹介したい。
 
●第1法則=記憶障害に関する法則●
 記憶障害はぼけの最も基本的な症状で、「記銘力低下」「全体記憶の障害」「記憶の逆行性喪失」という、3つの特徴がある。
「記銘力低下」とは、新しいことを覚えることが困難になる、つまりひどい物忘れが起こることである。同じことを何十回繰り返すのも、そのたびに忘れてしまうからである。聞いてすぐ忘れてしまうので、何回教え込んでも効果がない。大きな行為そのものの記憶を失ってしまうことを「全体記憶の障害」と呼ぶ。外出から帰ったばかりなのに、「今日は一日中家にいた」と言い、食事した後すぐ、「まだご飯を食べていない。飢え死にさせる気か」といって家族を困らせたりするのは、この特徴によく当てはまる例である。「記憶の逆行性喪失」とは、蓄積されたこれまでの記憶が、現在から過去にさかのぼって失われていく現象をいう。「その人にとっての現在」は、一番最後に残った記憶の時点になる。この特徴を知っていると、お年寄りのおかれている世界を把握することができ、どのように対応すればよいかもわかってくる。夕方になるとそわそわして荷物をまとめて昔の家に帰ろうとする「夕暮れ症候群」も、記憶が昔に戻って昔住んでいた家に帰ろうとしていると考えれば納得できる。
 
●第2法則=症状の出現強度に関する法則●
 ぼけの症状がいつも世話している最も身近な人に対してひどく出て、時々会う人には軽く出ることをいう。子どもが最も信頼している母親に甘えて困らせるように、ぼけのお年寄りは、身近に世話してくれる介護者を絶対的に信頼しているからぼけ症状をひどく出すのだと考えるとよい。よく考えると、自分たちも家の中での言動とよその人の前での言動は異なっている。誰でもよその人の前では体裁を整えているのだからぼけのお年寄りと同じことをしているのではないだろうか。
(以下、次号)








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