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まちのお医者さん最前線 2
一人暮らしの支え方
川崎幸クリニック院長 杉山 孝博
(すぎやま たかひろ)
1947年愛知県生まれ、東京大学医学
部卒業。川崎幸病院副院長を経て現職に。
在宅の高齢者宅等を自転車で往診する銀
輪先生として、また「ぼけの専門家」と
して地域医療に情熱を傾ける。
 
 「巡回ヘルパーから連絡があって、Aさんの呼吸が止まっているようです」と、ケアマネジャーから私の携帯電話に連絡が入ったのは昨年6月初めの明け方のことであった。
 アパートで一人暮らしのAさんは75歳の男性で、亡くなる約3か月前は全くの寝たきり状態で尿閉のためバルンカテーテルが留置されていた。発熱や嘔吐、腹痛のため自宅で点滴などの処置がしばしば必要になった。ケァマネジャー、訪問看護婦、巡回型ホームヘルパー、保健婦などと常に連絡を取りながら緊急の変化に対応した。そして、臨終間近になった頃関係者がケースカンファランスを開き、死亡を確認したものがケアマネジャーと主治医である私に連絡を取ることなどの手順を確認して、看取りの体制を整えたのである。
 最近1〜2年を振り返ってみても、寝たきりの妻が夫を自宅で看取りその後6年間一人暮らしをしたあと最後まで入院を拒んで自宅で死を迎えた例、がんの末期を教会の牧師の自室で看取られた身寄りのない女性、急な変化であったが最期まで一人暮らしの生活を続けた脳卒中後遺症の男性や在宅酸素療法を受けていた男性など、在宅で最後まで生活できた一人暮らしの患者は少なくない。
 一人暮らしの人が最期を自宅で迎えることが最も好ましい形態であるというつもりは全くない。むしろ特殊なケースであろう。しかし、一人暮らしの人を在宅で看取る体制ができていることは、地域にノーマライゼーションの理念を理解し、さまざまな社会資源が連携し合うシステムができていることを意味するのではないだろうか。在宅ケアの究極の目標は、たとえ一人暮らしでもまたどのような病気・障害を持っていても、その人の望む環境で最期まで人間の尊厳の保たれる生活を可能にすることであろう。その人たちの生活を支えるためには、医療や福祉システムだけでは不充分で、地域の理解や援助が不可欠である。困ったときに連絡を受けてくれる隣人、ちょっとした買い物を手伝ってくれる知人、一人分の少量でも届けてくれる街の食堂や商店などがあってこその在宅ターミナルケアであった。
 厚生労働省の統計によると、高齢者世帯(65歳以上の者のみで構成するか、またはこれに18歳未満の者が加わった世帯をいう)は、1975年で109万世帯、97年では516万世帯に増加した。97年の三世代世帯数500万をうわまった。子どもに頼ることが難しくなり、日常生活は高齢者自身で対処しなければならないことになり、高齢者の一人暮らしも急速に増えていくと予想される。私たち一人ひとりが直面する問題となってきた。社会的な理解を深めていきたいと思う。








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