日本財団 図書館


少しでも静かな落ち着いた日々を
童謡を口ずさむ痴呆の妻と共に
 K・H生さん 82歳・長野県
 
 「毎月地域の福祉センターのケアマネジャーの方が来て、妻の介護計画を相談してくれる。介護保険の登録と同時にデイサービス2週間、ショートステイを2週間、在宅が3日、この日は家事援助として民間のヘルパーさんが部屋の掃除をしてくれる。これが毎月の生活ぶりである。痴呆症の妻の病状は今のところ急激な変化はないが、少しずつ進行しているような気がする。朝、デイホームのヘルパーさんが迎えに来てくれる。若い男の方もいる。連絡帳にデイホームの出来事とかいろいろ記帳してくれている。今日は落ち着いて入浴されたとか、拒否されたとか、一喜一憂しながら私の希望を述べ、感謝の心で介護をお願いする。こんな繰り返しがもう1年以上になる。
 福祉行政について県も町も大変力を入れてくださるが、本誌(2000年10月号)のホームスイートホームについて読み、松山さん、栗山さんの対談の中でグループホームの大切さが語られて、「呆けた入も人間性は失わない」という言葉が印象的であった。家内も音楽の趣味があり、声がよいのでコーラスやカラオケなどもグループでやっていた思い出がある。今では童謡が懐かしいのか「故郷」とか「赤とんぼ」
 「肩たたき」など歌っているときは、本当に自然のままの人間味が感じられる。これからの妻の入生は大変と思うが、少しでも静かに落ち着いた生活ができれば、それが一番のことと神仏に祈っている今の心境である」
 
 投稿から数か月たっていたので、Hさんに電話で様子をうかがった。公務員生活の長かったHさんは引退後も地域で活動していたが、妻の発病後はすべて辞退し、介護に専念している。現在の症状は落ち着き「デイホームをショートステイに切り替え、2週間ごとに3日帰宅という介護計画で、送迎もしてくれるのでいくらか負担が軽くなった」と話すHさんは、少し時間に余裕ができた今は、妻の病気について勉強したいという。ショートステイの新しい施設には希望者が多く、なかなか入所できない、今のところは入所してサービスを受けているが、痴呆の人の入退院をどこで見極めるのか常に不安がある、としながらも「福祉、医療をきちんとやりたいという知事に交代して、がらっと雰囲気が変わりました。少なくとも新しい知事が真剣に取り組んでいることはわかるので、私も希望を持っています」と穏やかな口調で話すHさん。
 そこで今回、この4月号から連載をお願いした痴呆の専門家でもある杉山孝博医師にK・H生さんからの投稿を読んでもらい、誌上アドバイスをお願いした。痴呆症の家族がいる人にも参考になるはずだ。
 
K・Hさんへ
 奥さんが痴呆症になられて、戸惑いや介護の混乱を経験されたでしょうが、現在はケアマネジャーに相談しながら在宅サービスを利用して上手に介護されているようです。
 私が痴呆問題にかかわり始めた20年前から当分の間、相談窓口も利用できる福祉サービスもなく孤立無援の状態で家族の方が介護していた状況を考えますと、介護の初期からサービスが利用でき余裕が得られるようになっている今日の状況には感無量の気持ちがします。
 さて、介護の基本は、人格を尊重しながら、残存能力を生かすことです。注意としては、お年寄りのペースに合わせて急かさないこと(杉山孝博・上手な介護の12ケ条「ベースは合わせるもの」)、介護を完璧にしようとすると介護者の方が疲れてしまうので適当に割り切って手を抜くこと(同「割り切り上手は、介護上手」「気負いは、負け」)、元気な時のことを思ってばかりいないで現状を認めること(「過去にこだわらないで現在を認めよう」)、できないところを見るのではなくて、できるところやよいところを認めることなどでしょう。
 これまでしっかりしていた配偶者や親が痴呆症になると、家族はその奇妙で理解しがたい言動に振り回されて大混乱に陥ります。そして、どの家族も、「戸惑い・否定」 「混乱・怒り・拒絶」「割り切り」「受容」という4つの心理的ステップをたどりながら介護を続けていくように思います。痴呆症を認めたくないという肉親としての思いが強く、症状のとらえかたや対応の仕方がわからないと、介護者は混乱し疲れきってしまいます。
 痴呆症と上手に付き合うためには行動の特徴を頭に入れておかなければなりません。私が工夫した「ぼけをよく理解するための8大法則・1原則」が参考になるでしょう(詳細は拙著「新訂ぼけなんかこわくない ぼけの法則」リヨン社を参照)。
 痴呆症の最も基本的な特徴は「記憶障害」で、見たことも聞いたこともすぐ忘れてしまう「ひどい物忘れ」や、大きな行為そのものの記憶を失ってしまう「全体記憶の障害」、現在から過去にさかのぼって記憶が失われていき「その人にとっての現在」は一番最後に残った記憶の時点になる「記憶の逆行性喪失」があります。夕方になるとそわそわして荷物をまとめて昔の家に帰ろうとする「夕暮れ症候群」も、記憶が昔に戻って昔住んでいた家に帰ろうとしていると考えれば納得できます。自分に不利なことは一切認めず、平気で嘘をついてごまかそうとする(「自己有利の法則」)、いつも世話をしてくれる介護者に一番ひどく痴呆症状を出し、よその人には痴呆症ではないのではないかと思われるほどしっかりした対応をする(「症状の出現強度に関する法則」)、しっかりした所と痴呆として理解すべき所とが混在している(「まだらぼけの法則」)、言ったり行ったりしたことはすぐ忘れるが、その時受けた感情はいつまでも残る(「感情残像の法則」)、一つのことにこだわり続けて説得や否定はこだわりを強めるのみである(「こだわりの法則」)などの特徴は、すべての痴呆のお年寄りにみられるものです。
 介護上の混乱は、この特徴を知らずに、常識的に対応していることから発生している場合が少なくないでしょう。
 介護者が落ち着くと、お年寄りの状態も必ず落ち着きます。
 同じ経験を持つ人たち(「呆け老人をかかえる家族の会」など介護者同士)の交流の場に参加することも大切です。
 診療していませんので確定的ではありませんが、奥様はおそらく徐々に進行するアルツハイマー型老年痴呆と思われます。記憶力を改善させる効果を持つアリセプトという痴呆症の薬が出ていて痴呆初期の場合に有効な場合がありますので専門医に相談してください。
 小規模な生活の場で(8名程度の利用者)、専門スタッフとともに、家庭的で落ち着いた雰囲気の中で生活を送ることにより痴呆の進行を遅らせ、その人らしい生き方を可能とする痴呆性高齢者グループホームは、よいケアを受けると人間らしい生活を最後まで送れることを実証してきました。残念ながら、全国的にも数が少なく、自己負担も高いためなかなか利用できないのが現状です。しかし、介護保険に在宅サービスの一つとして取り上げられましたので、グループホームの質や量が充実していくのは間違いないと思っています。
 (川崎幸クリニック院長)
 
 さわやか福祉財団でも広くグループホームの推進を図っている。
 どんなに年を取っても、たとえ一人になっても、あるいは痴呆になったとしても、最後まで自分の気持ちが生かされて心豊かに望む地域で暮らせる社会を皆でつくっていきたいものだ。
 
身近な疑問・質問は編集部まで








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION