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3. せん妄と痴呆の鑑別
 せん妄と痴呆の鑑別は臨床的に重要です。そのポイントとしては,[1]発症と経過,[2]動揺性,[3]可逆性,[4]精神機能解体の階層性の4点で特徴をとらえるとかなり有効です。
 発症と経過では,せん妄は,何月何日の何時頃というように発症した時間を特定することができます。しかし,アルツハイマーの発症は,年単位かせいぜい季節単位です。
 症状の動揺性では,せん妄状態は,先ほどお話ししたように外界の刺激で症状が変化します。意識清明になったり,また濁ったりします。数分の間でもかなり意識レベルは動揺します。それに対して痴呆は慢性期の欠落症状ですから一貫しています。
 可逆性でも,先ほどのシェーマを頭においておけばわかるように,意識障害は原因が取り除かれていればよくなります。薬であれ,脳損傷であれ,身体疾患であれ,です。たとえば肝硬変による肝性昏睡はアンモニア値が正常化していけばよくなる。それに対して痴呆では神経細胞は再生しませんから,非可逆性です。
 精神機能の階層性では,せん妄は,発症すると同時に突然全層性に解体する。今まで家族のことはわかっていたし,トイレは自分で行けたし,着替えも自分でできていたのが,せん妄状態になった途端に,それらが全部一挙にだめになってしまう。このように解体はせん妄のほうが極端です。それに対して痴呆は,去年までトイレには行けたし,家族のこともわかっていた。しかし,今年になって,家族のことはぼんやりしてきた,でもまだトイレには行ける,というように段階的に解体していくという違いがあります。これらの鑑別点はきわめてプラクティカルです。このことを頭に入れていくと大体識別できます。
 痴呆がある人にせん妄が生じると痴呆が進んだとみなされることが多いのですが,そのときもこの鑑別を目安にすると,せん妄を把握できます。たとえば,家族から2週間前から急に痴呆が進んだと訴えた場合は,[1]の発症と経過を思い出して下さい。ある日ある時急に悪くなった。だからこれは痴呆が進んだのではなく,痴呆の人にせん妄が起きたのではないかと考えるわけです。そこでその人の様子を詳しく聞いてみる。家族のことが全然わからないのか,あるいは昼間はわかっているのかと聞けば,[2]と[3]の動揺性や可逆性の有無をとらえられます。こうして痴呆の人にせん妄が生じたということがわかります。
 せん妄について詳しく説明したのは,せん妄には原因があり,早くにその対策を講じると治すことができるからです。
 原因となるのは,ひとつは身体要因です。この中には,脳梗塞などの脳疾患も含まれます。脱水,電解質異常,肝硬変などいろいろな身体疾患でせん妄が出ます。もうひとつは薬物要因です。そして,3つめは社会心理的要因です。とくに高齢者では生活環境などを引き金にしてせん妄が起きます。入院直後にせん妄が起こるのは,身体的な問題である場合もあるし,治療のために使った薬による場合もあるし,入院したことの不安という要素も加わっています。このような視点で,せん妄の原因をきちんととらえていくことが大切です。せん妄は可逆性ですから,ちゃんと対応すれば治るのです。せん妄の知識は精神科の問題ではなく,全科の問題なのです。








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