II 身体疾患の精神症状
後半は身体疾患に伴う精神症状を中心にお話しします。
身体疾患による精神症状は「症状精神病」といいますが,シュナイダーは「身体に基礎づけられた精神病」と呼びました。
身体疾患で精神症状が生じることはギリシア時代からわかってはいました。腸チフスなどで高熱が出るとに精神症状がみられますが,従来は,その身体疾患に固有の精神症状と考えられてきました。しかし,ドイツの精神科医のボネファーが基礎疾患が何であるかにかかわりなく,脳の反応による精神症状は意識障害で,それに患者の性格などが修飾する共通性があると主張して外因反応型と名付けました。それが広く認められるようになりました。
1. 意識障害
症状精神病の中核症状は意識障害です。意識障害は,身体疾患によって全身的な代謝障害(尿毒症やアシドーシスなど)を来すと脳の機能も障害されるために生じます。これは直接的に脳が侵される脳外傷や脳炎のような脳損傷に準じて考えることができます。
脳損傷の急性期では,それまで保っていた脳の平衡状態が全部崩壊してしまいます。だから精神状態全体が混乱するのです。
体の病気に例えて考えると,風邪にしても膀胱炎でも,全身の反応で発熱や全身倦怠や食欲低下などがまず起きます。これが急性期です。しかし防御システムが作動するようになるにつれて病変部位は限局化します。それが慢性期です。脳では初期には全脳が反応して意識障害を来しますが,だんだんと防衛反応で損傷部位が限局化してくる慢性期では,平衡を取り戻して意識障害は消えて,損傷された部位の欠落症状が前面に出てきます。
その欠落症状が全脳的な問題であれば,痴呆です。全脳的でなく局所的な欠落症状の場合が失語症などの神経心理学的症候や運動麻痺です。
脳損傷の臨床
I,急性期
意識障害:昏睡―傾眠―明識困難
意識変容:せん妄
II,慢性期
欠落症状
{全脳性:痴呆,人格変化
{局所性:失語,麻痺など
以上のことを整理すると上記のような構図になります。
もうひとつ言い添えると,慢性疾患は容易に急性変化するということです。これは,脳に限りません。人工透析を受けている人は,人工透析下で平衡状態を保っていますが,ちょっと水分をとりすぎればたちまち急性腎不全になります。脳も同様で,痴呆患者さんはちょっとしたことでせん妄を引き起こしやすい。慢性疾患は常に急性変化しうるという特徴を,慢性の患者さんをみているときには念頭においておく必要があります。
意識障害をGCSとか,III-3-9度方式と呼ばれるJCSなどの数値化する方法がありますが,臨床的には,まずこの人は意識障害があるのではないかと疑う目をもっているかどうかが大切です。テストのスコアはそのあとのことです。意識障害に気づかないで見過ごしていればスコアは何の役にも立ちません。意識障害があるのではないかと気づくセンスは,臨床で磨いていくしかないのです。