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4. 向精神薬による問題
 向精神薬の問題には,主に精神分裂病で用いられる抗精神病薬(メイジャートランキライザー)や,一般科でもよく使われるようになった抗うつ薬(感情調整薬),そして汎用されている精神安定薬(マイナートランキライザー),睡眠薬などがありますが,それぞれ問題も違っています。
 今日はそれらについて詳しく話す時間のゆとりはありませんので,主なチェックポイントに絞ってお話しします。
 メイジャートランキライザーでは肝障害や心臓の伝導障害,顆粒球減少,皮膚症状(重い場合にはStevens-Johnson症候群)などが知られていますが,それらは成書に譲るとして,知っておく必要のある問題として悪性症候群とアカシジアを挙げておきます。
 悪性症候群は向精神薬の副作用の中で最も重く,死のリスクの高い問題です。突然に発熱(時には42℃以上になる),自律神経症状(発汗,頻脈,水疱形成など),無動,昏睡などを呈します。同じような症状を示すものと致死性緊張病がありますが,悪性症候群は血中のCPKが高値を示すので診断できます。
 アカシジアは錐体外路症状のひとつですが,1カ所にじっとしていられない,座っていられないという静止,着座不能になります。同時に,下肢がムズムズするなどのかなり辛い身体症状を伴うので精神的にも不安定になりますが,「気持ちも身体も辛い」という場合はアカシジアです。精神症状による場合は「身体は何ともない」と言います。
 悪性症候群とアカシジアの2つはすぐに対応する必要があります。
 抗うつ薬は精神科のみならず,幅広く使われるようになりました。副作用もその分だけ増えています。
 第一には抗コリン作用です。口渇,便秘,尿閉,起立性低下血圧症のほかに,勃起や射精不能などもよくみられます。緑内障を悪化させることもありますが,薬の量や緑内障の状態で判断する必要があり,薬をただちに止めるのでなく,眼科医と連絡をとる必要があります。また,抗うつ薬が高齢者ではせん妄を生じやすいことも念頭においていて下さい。
 もうひとつの問題は,ベンゾジアゼピン系薬剤は高齢者にはリスクの高い薬剤だということです。
 20年ほど前には日本の専門書には記されていなかったのですが,今ではこの知識もだんだん広まりました。しかし,一般臨床ではまだ高齢者にベンゾジアゼピン系薬剤がかなり使われています。それは他の年代では安全性が高いので,高齢者も安全だと信じられているからです。
 ベンゾジアゼピン系薬剤の副作用として知られているのは筋弛緩作用です。どのような形で現れるかというと,腰痛(腰に力が入らない),足腰が立たない,転びやすいなどです。高齢者の骨折は大体2/3は夜間に起こっていますが,そのうちの2/3は睡眠薬(主にベンゾジアゼピン系)を飲んでいます。このことからも高齢者の骨折とベンゾジアゼピン系薬剤は関係が高いことがわかります。
 高齢者では夜間せん妄が多いのですが,その治療にもベンゾジアゼピン系薬剤が使われています。ここが落とし穴です。せん妄は不眠症ではないのに不眠症として扱われていて,ベンゾジアゼピン系睡眠薬が使われ,また興奮に対してセルシン,ホリゾン(これもベンゾジアゼピン系)の筋注(10mg)を2本も3本もする。
 このことが問題なのは,脳にベンゾジアゼピンの受容体があることがわかったのですが,簡単に説明しますと,薬物動態が若い人とはかなり違うことによります。ベンゾジアゼピン系の代表的薬剤のジアゼパムを例にとると,その半減期は10歳代後半では20時間ですが,80歳代では48時間から72時間となります。したがって,前日の薬が半分も減っていない状態で,次の日の薬剤を飲む。そしてまた次の日も飲むので,血中濃度は相当高くなっていて,それが慢性的に体の中を流れているという状態になっているわけです。病院で「夜間せん妄で騒いだのでセルシン10mgを筋注したらおとなしくなった。次の日またせん妄が出た。それでまた筋注した。ところがあまり効かなかった。だからもう一本注射した。それでようやく眠った」,こうしてどんどん量が増えていきますが,実はベンゾジアゼピンによるせん妄状態になっているわけです。こうして寝たきりとか痴呆化する問題は,都心の立派な総合病院や一般病院で起こっている。肺炎で入院した高齢者がせん妄を生じると,肺炎が治った時には,入院前と違って痴呆や寝たきりで,家族は自宅では看られない,どこか別の老人病院へ入院ということになる。しかしベンゾジアゼピン系薬剤の使用を止めて,他の薬剤に切り換えていけば,夜間せん妄は激減するのです。








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