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検討項目 記載内容
リスク評価 はじめに注意点として触れておくべきことは、本手引の対象範囲は、生物相に与える化学物質の影響に限定されることである。すなわち、ここでは、海洋堆積物中に存在する化学物質(自然起源のものと人為起源のもの両方)により生じるリスクや、堆積物の生物学的特質、及びそれらに関連した相互作用や影響を取り扱っている。
堆積物の評価を行うための適切な測定方法の選択は、ある部分では、生態学的配慮や、対象地域の人為的な用途及び関連する管理目的により左右される。例えば、汚染の評価を実施する理由として、次に示すもののうち1つかそれ以上が挙げられうる。
・汚染の分布地図を作成するため
・現状を把握するため
・海洋生物の生息状況(個体群現存量、群集構成など)を把握するため
・人の健康、及び(または)生物の生産性・多様性に係るリスクを推測するため
・対象堆積物の提案されている用途、または開発(整備)方法に適当か評価するため
・堆積物のしゅんせつ及び(または)処分による評価を行うため
どの場合においても、評価は、「何もしない」、「汚染源規制を強化する」、あるいは「影響を緩和(ミティゲーション)する」といった管理・処理方法の選択に導いていくものである。問題とする事項を厳密に特定していくことにより、その事項にとって最も有意義で有益な情報を得られる評価手順が確立される。
汚染堆積物に係るリスク管理
各種の環境調査と同様、堆積物中の汚染物質の評価はリスク評価をも含む。すなわち、特定の悪影響が及ぼされるか否かを検討する。リスクの及ぶ範囲には、人の健康や海洋生物や生態系機能への危害のほか、経済的に重要な資源や快適性といった価値を減退させることも含まれる。大抵の場合、管理者は、リスク評価を行うために必要な統計上の情報を全て持っているわけではない。そのため、管理者は、調査した状況から判断して最も起こり得る結果を、各種の将来シナリオ(予測)と並べて比較することにより、リスク判定を行うことを、しばしば要求される。底質評価は、汚染に対する「暴露」の情報を提供する。これは、リスク評価に含まれる2つの基本的な要素のうちの1つである。もう1つの要素、「有害性」は、ある物質の物理的及び化学的特質に本来備わっている機能である。
本報告書の第6章では、堆積物のスクリーニング手法を示している。この中では、有機物及び無機物によって汚染されている海洋堆積物について、その汚染の程度に応じた暴露と有害性のリスクを考慮している。
検討項目 記載内容
毒性予測に対する化学分析方法の単独使用について 確実に堆積物の毒性予測ができるという化学的測定方法はない。堆積物中の化学物質濃度のセット(いくつかの化学物質に係る値の組合せ)で、急性毒性を起こさない程度のものは知られているが、より有効なセットで毒性に直接反応するものはない。化学物質濃度が上昇すれば堆積物が有害である可能性も増加するが、種々の緩和プロセスもある(O'Connor and Paul, 2000)ため、提案されているいかなる化学的手法も、一貫性をもって確実に毒性を予測するまでに至っていない。このため、広範囲に適用可能ないかなる底質の評価に係る手引の科学的根拠であっても、必ず生物学的、化学的及び物理的な検討を組み入れたものでなければならない。
数値基準について 地球規模的、またはそうでなくとも広範囲への適用が可能な数値的に一律の堆積物の判定基準は、確立することができない。具体的な資源が研究開発に十分提供されている先進国でさえ、管理に適用できる十分な数値的体制がひとつとして確立されていない。堆積物の質を示す代用となるような(化学物質濃度を示す)数値は、適用できるものが限定されている。原因のひとつとして、個々の汚染物質の相互作用を考慮できないことが挙げられるが、より重要な原因としては、化学的状況(化学物質)に対する生物学的反応がまだ十分に理解できていないことが挙げられる。さらに、固定の数値基準は、しばしば、このような評価の分野において著しい改良を導きうる、科学上の新発見に基づく革新的なアプローチの展開を妨げている。
まとめとして、底質の評価への取組みに際しては、その根底にある科学的な教義に基づき、いくつかの結論を導き出すことができる。現在広く行われている管理の状況下では、これらの教義は次のように述べることができる。(一部省略)
・数値上の適切な考慮を全て説明しようと試みる場合、多数の仮定や簡素化作業を必要とする。したがって、数値レベルは固定して変更の許されない基準として用いるべきではない。
無影響濃度の解釈について 特定物質の化学的濃度がバックグラウンドレベルを超えていても無毒とされる場合
(一部省略)
無影響濃度を超えた化学物質を含む堆積物が有害とは一概には結論付けられない。しかし、化学物質濃度がこの値と同じかそれ未満の場合は、対象とする堆積物はさらなる試験をせずともほぼ無毒であると仮定できる。ただし、その場合は、次のことに気をつけねばならない。無影響濃度は全化学物質に関して決定されているわけではない。したがって、種あるいは化学物質によっては、無影響とされた濃度でも影響を受けるかもしれない。腫瘍や生殖機能の損傷などの異常が認められた場合、管理者は、より詳細な調査を進めるべきである。
*急性毒性試験について つい最近まで、堆積物中の汚染物質の毒性判定においては、急性毒性試験に焦点が当てられていた。多くの場合において、室内試験は現実的ではない。というのは、堆積物そのものに対する暴露試験を行うのではなく、堆積物の一部を水に溶かした段階で抽出してくる何らかの物質に対して行っているため、それが自然のプロセスを模しているとはいえないからである。
*室内試験について
*溶出試験方法について
現場観測の適用の限界 何らかの影響が観測されたか懸念された場所において、ほとんどの場合、現場の観測が、影響を与えている汚染物質を特定したり、自然のストレッサー(影響を与える環境要因)との相互作用を通じて拡張されたかどうかといったことに洞察を与えていない、ということは、正しく認識されるべきである。
現行の生物生存試験について 分析室における生物の生存試験は、しばしば、堆積物環境の複雑さに対する配慮に欠ける。例えば、底生生物群集における多様性及び持続性は、外部からの加入のプロセスの継承如何に左右されるところが大きい。発育の初期段階では、生物は、直接的な化学物質による毒性に対してだけでなく、食餌の探索及び幼生の定着に必要な感覚機構に対する化学的阻害に対しても脆弱である。このような影響は、致死の脅威に曝されるレベルよりはかなり低い汚染濃度で起こりうるものであり、現在の堆積物のバイオアッセイにおいては配慮されていない現象である。このほか、低レベルの化学物質による汚染に暴露されることにより、生物の成長が刺激される現象(ホルメシス)も、底生生物の個体群現存量や群集に重要な帰結をもたらしうる、微妙な環境の撹乱を生じさせる現象として挙げられる。低レベルの化学物質に対する暴露の影響は科学者の関心事ではあるが、法規制を要するような懸念事項とするにはまだ時期尚早である。
堆積物の毒性評価のためにデザインされた調査方法の限界について 堆積物関連の汚染物質が底生生物の生物相に影響を及ぼす場合は、大抵、どちらかといえば急性の致死を招くレベルのものではなく、亜致死的レベルのものである。したがって、汚染物質が底生生物群集における成長率、再生産のアウトプット及び子孫の生存能力へ特異的に影響を及ぼし、それらが最終的に底生生物の群集構造に変化をもたらす場合も考えられる。このような場合、最も深く影響を及ぼした化学物質を特定することは難しい。というのは、化学物質はいつも環境中に排出されているわけではなく、有機物合成の代謝により生成された中間物や末端生成物の構成分となっている場合もあるからである。汚染物質は、時には強度の淘汰圧力をかけ、その汚染物質に対して耐性のある個体群を残すことがある。これにより、さらに解釈の混乱が生じ、堆積物の毒性評価のためにデザインされた調査方法の適性に限界をもたらすことになる。
(注:現行の毒性評価手法に対する批判というよりは一般的認識を述べたもの)
*暴露試験の経路・供試生物の選択について 室内べ一スの試験システムでは、供試生物や暴露の経路を選択することは多くの場合において難しい。おそらく、堆積物を食べる動物の方が、底生の濾過摂食者よりは試験に適した生物といえる。一部の試験システムでは、もっぱら間隙水を暴露媒体として利用している。しかし、多くの有機汚染物質(PAHなど)や金属は、間隙水よりはむしろ摂食した小片により優勢的に体内に取りこまれている、という証拠が増えてきている。大抵の底生生物の生息地では、埋在生物がその再加工作業を通じて堆積物中の化学物質の状況に影響を及ぼしている。埋在生物は、堆積物表面のレドックス(酸化還元電位)の分布を著しく変化させる。再加工された堆積物の量と合成有機物の減少は、現存する生物の数、生物の成長率及び再生産のアウトプットの量(及び外部からの加入)にも影響を受ける。これらの個体群の特徴自体、堆積物の汚染の程度に影響を受けており、堆積物中の化学物質による汚染の範囲と生物群集の流動との間には複雑な均衡があるということがわかる。
(注:一般認識)
*試験における間隙水の利用について
暴露試験の経路の選択について 注意せねばならないのは、分析に用いたマトリックスが食物連鎖中に実際に用いられている具体的な構成要素であると保証されている、ということである。でなければ、導き出された推測はマトリックスの使用者を誤った方向に導くことになり、価値がないに等しい。というのは、その場合、マトリックスに示されていない別の取込み経路の方がより重要であるからである。
(注:一般認識)
堆積物評価の複雑性について 現代科学の理解の範囲では、いずれの汚染堆積物の詳細な評価においてもその複雑性を強調している。海洋エリアの大部分は、沿岸の活動から放出・流入する物質とは遠く離れた場所にある。それにもかかわらず、これらの大部分の場所も、近年の世紀に行われた人間活動により発生した汚染物質が広く拡散しているため、やはり汚染されているのである。海洋における大部分の堆積物がほんのわずかしか汚染されていないと認識した上で、最も重要で早急に対処せねばならないことは、法規制を必要とするような沿岸の堆積物を特定する根拠を提示することである。
科学的配慮に基づいた最も予備的な教義 堆積物の管理に関して、科学的配慮に基づいた最も予備的な教義は次のとおりである。
(注:現行の試験方法を踏まえて) 1.特別の環境下にある場合を除き、次の状況では法規制の検討は必要ない。
・自然のプロセスから発生した化学物質の存在及び分布
・地球の輸送メカニズムにより広く拡散した、各種の人間活動*起源の自然な及びその他の化学物質の存在及び基底レベルの化学物質
(*注:地球上で広く行われている人間の活動や社会に固有の作業(農業、林業及びエネルギー変換等)に伴い流動する一部の自然派生の化学物質を、法規制等の管理の対象としては扱わない、とするもっともな道理がありうる。)
2.海洋生物に対する堆積物の毒性について、汚染物質の濃度や特質だけで予測することはできない。
とはいっても、化学物質濃度と生物学的な状況や反応を同時に測った、入手可能なデータセットの使用には価値がありうる。このようなデータセットは、門の間の感受性の違いを適切に考慮するという前提で、ある幅の底生生物種への無影響濃度を推測するのに役立つからである。一例として、本報告書の付録2に事例を示している。
毒性の評価について(初期スクリーニング及び初期評価の後の段階) 堆積物に関して、上記の初期スクリーニングと初期評価に基づいても管理上の意思決定が不可能な場合、その堆積物の毒性調査は直接の試験をもって行われるべきである。管理組織は、本報告書の4.4項に記述したような手引きに従い、その組織が扱う特定の環境や管理目的に合った毒性判定のための生物学的試験を選択すべきである。堆積物の評価は、このような試験の結果を直接的に用いてもよい。代わりになるべきものとして、無影響濃度が堆積物中の物質に関して定められている場合、化学物質のデータは無毒性の指標として用いることができる(本報告書の付録2を参照のこと)。しかしながら、本報告書で強調しているように、化学的データだけでは毒性を予測することはできない。例えば、無影響濃度を超えたからといって、堆積物が有毒だと推測するべきではない。それはただ単に生物学的試験の必要性を示しているに過ぎない。








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