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8被害者指向的処遇
 被害者=犯罪者参加型司法の理念にも通ずるが、犯罪者に対する刑や処分の執行過程である矯正や保護の領域においても、被害者を視野に入れた処遇の開発を進めることが望まれる。我が国の矯正や保護が犯罪者の再犯防止・更生に向けて最大限の努力をしてきたことは大いに評価されてしかるべきであるが、しかし、従来の処遇が作業、訓練、教育、指導監督、補導援護といった犯罪者やその環境への働きかけを中心とし、犯罪によって最も大きな影響を受けた被害者に対する配慮が余りにも欠けていたことは否定しがたいように思われる。犯罪者の更生とは、犯罪者が二度と新たな被害者を生まないようにすると同時に、被害者の苦悩をしっかりと認識し、謝罪や被害回復へ向けた努力をすることでなければならない。
 但し、犯罪者に対する不当な強制や強要があってはならず、犯罪者をただ闇雲に追い込むことは、犯罪者の更生はおろか、被害者にとっても資するところはない。被害者の存在を認識させ、損害回復の在り方について考える機会を提供し、必要な指導と助言を行うことこそが採るべき道である。また、当然のことながら、被害者が犯罪者からの謝罪や損害回復を受け入れるかどうかは、被害者側の意思に委ねられている。
 このように、被害者指向的処遇には、犯罪者の更生としての側面と被害者への支援という二つの側面が共存しているが故に、被害者支援の名のもとに応報的な犯罪者処遇が正当化される危険性と、逆に被害者が犯罪者処遇の手段と化す「二重の危険性」が潜んでいることに注意すべきであろう。
 幸い、我が国の刑務所では、贖罪教育と称して、従前より合同焼香や合同慰霊祭、被害者を課題とした内観や集団討議、近年は、被害者に関するビデオ視聴や手記に基づく作文、処遇類型別指導における贖罪教育が行われており、少年院でも、被害者を課題に含めた役割交換書簡法や矯正役割演技法などが実施されていることから、これらをさらに発展させていくことが求められる。こうした処遇プログラム以外にも、身上調査や環境調整における被害者状況の正確な把握と被害者の意思確認、被害者感情調査の意見聴取的な制度への更改、被害者への謝罪や損害回復に関する収容者の意向確認、入所時教育や釈放前指導の一環としての被害者への措置に関する指導、特別遵守事項の在り方の見直し、被害者指向的な保護観察など課題が山積している。さらに前述したように、長期的にはRJに基づく被害者=犯罪者参加型のプログラムも検討されてよい。
9おわりに
 以上述べた点以外にも、被害者支援を巡る課題は山積している。総論的課題としては、被害者弁護人制度の創設がまず挙げられるし、各論的課題としては、性犯罪被害者、交通犯罪被害者、少年事件被害者、精神障害犯罪者の被害者、ドメスティック・バイオレンスの被害者、児童虐待の被害者、財産犯による精神的被害、環境汚染やコンピュータ犯罪といった大規模犯罪の被害者、テロの被害者などに対する支援も重要である。
 しかし、いずれの被害者支援においても大切なことは、それが被害者にとって「真の利益」となっているかどうかを見極めることである。被害者支援として設けられたはずの制度が、十分に機能していない場合や、本来の意図とは異なる結果を生じさせている場合もあり得る。被害者支援制度の「枠」ができたからと言って、全て事足れりとするようなことがあってはならない。特に、我が国では、被害者支援の体制が極めて短期間のうちに整備が進んだ経緯があることから、こうした制度が本来の目的に適った運用がなされるよう、実務家や被害者へのアンケート調査などを通じて、制度の運用をモニターすると同時に、支援担当者の意識や能力の向上を目指して充実した研修を実施していくことが肝要である。
 
 本報告で十分に論じることのできなかった点については、以下の拙稿で補うこととしたい。
●「犯罪被害者補償制度に関する研究(1・2)」法学研究74巻5号・6号(2001)。
●「台湾の犯罪被害者補償制度」法律のひろば54巻6号(2001)。
●「ベルギーにおける修復的司法と矯正の取組み(前・後)」刑政112巻8号・9号(2001)。
●「更生保護における被害者支援(1・2)」犯罪と非行124号・125号(2000)。
●「犯罪被害者支援の国際的動向と我が国の展望」法律のひろば53巻2号(2000)。
●「被害者支援を巡るアジアの最新事情」「宮澤浩一先生古稀祝賀論文集第1巻」(2000)。
●「被害者に対する情報提供の現状と課題」ジュリスト1163号(1999)。








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