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日本における被害者支援の現状と今後の課題
慶應義塾大学法学部助教授
太田 達也
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1我が国における被害者支援の軌跡
 我が国では、1980年に犯罪被害者等給付金支給法(犯給法)が成立するとともに、翌年には犯罪被害救援基金が発足し、その後、若干の停滞期間こそあったものの、90年代後半からは、警察による一連の被害者支援制度や検察庁による被害者等通知制度が実施されている。さらに2000年から本年にかけて、刑事訴訟法、検察審査会法、少年法、犯給法の一部改正が実現したほか、いわゆる犯罪被害者保護法、児童虐待防止法、ストーカー行為規制法、配偶者暴力防止法など一連の被害者支援立法が成立している。
 このように、近年の我が国における被害者支援制度の整備状況には目を見張るものがあり、欧米諸国の制度に決してひけをとらない水準に達しつつあるが、より良い被害者支援体制の構築に向けてなお検討を要する課題も少なくない。本報告では、まず国内の現状を踏まえたうえで、中短期的に検討すべき被害者支援の課題として、犯罪被害給付制度、釈放情報等の提供、被害者の再被害防止、被害者支援の国際化を取り上げ、後半では、犯罪者による損害回復論と、近年、国内外の一大潮流となっているレストレイティブ・ジャスティス(Restorative Justice−以下、RJと称する)を中長期的な展望として論じてみたい。
2犯罪被害給付制度
 本年、犯給法と関係法規の改正が行われ、障害給付金対象者の拡大、重傷病給付金の創設、給付基礎額の引き上げなどが実現している。行政改革や緊縮財政のなかで、これほどの制度拡張を成し遂げた政府関係者の英断と努力を評価したい。海外の被害者補償制度が補償額の面では比較的低い水準にあり、たとえ最高額が高額になってはいても、実際の平均支給額は低額に止まっていることを考えると、我が国の犯給制度は、少なくとも支給実績においては世界最高水準であると自負できる。我が国には、海外の国家補償制度の表面的な部分のみ比較することで、犯給制度の問題点を指摘する向きがあるが、こうした「海外神話」に基づく主張は説得力を欠く。
 しかし、だからと言って、犯給制度が将来も現行のままで良いということにはならず、支給額も含め、今後さらに検討していくべき課題はある。例えば、障害給付金の対象となる障害等級の拡大により、PTSDなど精神的被害に対する給付の可能性が広がったが、精神的被害に関する最も軽度の九等級でさえ、かなり高度な精神的障害が必要とされており、実際の運用を見守る必要がある。また、親族間被害については、例外的に支給する場合に一律三分の一に減額する現行制度は根拠に乏しく、支給拡大の道が模索されるべきであろうし、加害者への給付金還流防止のためにも支給方法が工夫されてよい。長期的には、在外邦人被害者への犯給制度の適用や短期滞在外国人に対する給付の是非が検討されてしかるべきである。また、今後の緊縮財政や財政難を考えた場合、犯罪者の罰金・過料や刑務所作業収益の一部を被害者補償の財源に組み込むといったような海外における財源の工夫も一考に値しよう。
 さらに我が国では、犯罪被害救援基金が犯罪被害者やその子弟に対する経済的支援として多大な貢献を果たしており、法律扶助協会による犯罪被害者法律扶助、暴力追放運動推進センターによる見舞金や訴訟費用の貸付制度、地方自治体による犯罪被害者への見舞金制度などもある。犯給制度とは別に、こうした公的機関や民間団体による給付・貸付制度が充実することにより、給付対象や目的を異にした多層的な経済的支援が利用可能となることが重要である。
 なお、犯給法改正により、一定の被害者支援事業を適正且つ確実に行うことができると認められる非営利法人を犯罪被害者等早期援助団体として指定し、特定の事業を適正に行うために必要な限度において、被害者の同意を得て、被害者の氏名等や犯罪被害の概要に関する情報を提供することができることとなった。現在、被害者支援ネットワークに加盟する26の被害者支援団体のうち、法人格を有しているのはごく一部の団体に止まるが、当該規定が施行される来年四月以降、より多くの団体が指定を受け、警察との連携を図りながら、被害者のニーズに即した迅速且つ適切な支援活動を展開していくことが望まれる。
 被害者支援団体も、現在の活動が電話相談に限定されているところは、付添いサービスといった様々な直接的支援にまで活動領域を拡大していくことが求められよう。そのためにも政府や自治体は、被害者支援団体に対する公的助成や税制上の優遇措置を検討する必要がある。
3釈放情報等の提供
 事件やその後の刑事手続に関する情報提供については、警察の被害者連絡制度や検察の被害者等通知制度に加え、犯罪被害者保護法や改正少年法により公判記録や保護事件記録の閲覧・謄写、少年審判結果の通知などが実現している。そして、情報提供のうち最も困難な課題であった犯罪者の釈放情報等の提供についても、本年一月の法務省通達により、被害者等通知制度を改正する形で、被害者や弁護士たる代理人等に対し、検察官が窓口となって、自由刑の執行終了予定年月(事前通知)、自由刑の執行終了又は仮出獄等による釈放及び釈放年月日(事後通知)、収容行刑施設等を通知することができるようになった。しかし、一月の制度改正では、具体的な釈放情報の提供は釈放後の事後通知に止まり、例えば、被害者に対する再被害防止という観点からは、釈放予定情報の事前通知が行われないなどの限界を有するものであったところ、本年八月に発出された法務省通達により、検察官等は、犯罪の動機・態様及び組織的背景、加害者と被害者等との関係、加害者の言動その他の状況に照らし、通報を行うのが相当であると認めるとき、仮出獄による釈放予定及び予定時期、自由刑の執行終了又は停止による釈放予定及び予定時期、指定帰住地又は帰住予定地、収容中の特異事項等を通知することができるものとする仕組みが出来上がるに至った。
 こうした制度の創設が通達レベルで行われるべきかどうかの問題は別として、従来からの検討課題であった仮釈放を含む釈放の事前通知が可能となったばかりか、通知事項も被害者の保護の必要性に応じて、帰住地や予定日なども通知可能となったわけであり、この種の情報提供制度における当初の目的は十分に達成したものと大いに評価したい。今後、制度の運用において、犯罪者に対する刑の執行や処遇にも配慮しながら、被害者支援や保護の目的が最大限に発揮されることを期待したい。
 この点につき、通達では、犯罪者釈放後の事後通知にあっては、通知の相当性判断を検察官、地方更生保護委員会、行刑施設の長がそれぞれ行うものとされているが、その判断基準たる「受刑者の更生を(不当に)妨げるおそれ等」について適切な認定がなされるべきである。釈放予定の事前通知における相当性の判断基準たる「犯罪の動機・態様及び組織的背景、加害者と被害者等との関係、加害者の言動その他の状況」についても同様である。
 ただ、後者の釈放予定に関する通知が、被害者に対する再被害防止のみを目的としたものかどうか必ずしも判然としない。通達には、行刑施設や地方委員会等から警察に対する釈放情報等の「通報」の場合と異なり、通知に再被害防止上の必要性という要件は規定されておらず、受刑者釈放通知希望申出書を提出した被害者等が特に通知を希望する場合には釈放予定を通知するとあるが、そもそも今回の通達が警察による再被害防止要綱の制定を受けてのことであること、通達名や前文に「被害者等の保護を図るため」という目的が明記されていること、通知時期は「被害者等が転居その他加害者との接触回避のための措置を講じるために必要な期問を考慮する」とあること、通知内容としての釈放予定時期や帰住先の範囲を決める際に再被害防止を念頭においた要件が規定されていることなどから、釈放予定の通知が被害者の再被害防止に限定する趣旨とも解する余地がある。そうであるとすれば、犯罪者による加害行為の蓋然性が低いが(この認定如何にもよるが)、被害者の不安感が著しい場合や、犯罪者が仮出獄を許されるほど行状が良いのか、そうでないのかを被害者が知りたいという場合には、通知が認められないということになるのであろうか。今後の運用が注目されるが、もし今回の施策が被害者の再被害防止のみを目的とするものであれば、犯罪者に対する刑事手続や更生の状況までをも知ることが被害者の立ち直りや心情の安定にとって重要な場合もあることから、将来的には、通知対象や通知事項の範囲を拡大することが検討されてしかるべきである。
 このほか、被害者等に対する釈放予定の事前通知にあっては、地方更生保護委員会と行刑施設の長が検察官に対する「通報」の相当性判断を行うことになるが、この基準や認定についても適切な運用がなされるべきであろう。
 なお、通知が相当でないと判断された場合には通知を行わないことがあることは被害者等に対し事前に説明がなされるが、実際に不通知の扱いとなった事実や理由は告知されるのであろうか。被害者側の事情により通知が不相当とされる場合には、そうした告知さえ必要がないか相当でない場合もあろうが、例えば、仮に再被害の客観的蓋然性が低くとも、被害者の不安が高い場合、不通知となっているにもかかわらず、被害者側から確認しない限り、その事実や理由の骨子さえ告知されないとなることに若干の疑問は残る。もっとも、この問題は、極端な一部の例外を除いて通知を行うような制度の運用となれば、実務上、問題となることは殆どないのかもしれない。
 情報提供後の被害者に対する精神的支援や再被害防止措置の充実も重要である。釈放情報を得た被害者が却って不安感を募らせることも十分に考えられるから、警察による再被害防止措置とともに、民間団体などによる精神的ケアの要請が高まるであろう。被害者のための施策が、反面、被害者に対する新たな支援の必要性を生み出すというジレンマの一例であるが、これに対するフォローアップも忘れてはならない。
 最後に、情報提供の将来的な検討課題としては、先に述べた被害者の心情充足を目的として犯罪者の刑や処分の執行状況(釈放に限らず、例えば、矯正施設での行状、仮釈放審理、保護観察の経過など)をどこまで情報提供できるのかといった問題が挙げられよう。特に、今回、少年受刑者の釈放等についても通知できることとされたが、保護処分少年に関する情報提供にはより慎重な議論が求められる。








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