9.考察
実務において隊員の生体負荷を軽減させるためには、使用器材の検討が必要である。スクーバダイビングの場合は、各人が気に入った器材を選定して使っているが、呼吸ガスを変えることにより生体への負荷軽減が期待できる1〜4)。例えば、空気(Air)の変わりにNitrox(ナイトロックス、酸素を多く含んだガス)を使うことにより、生体への負荷量が軽減され、潜水障害の減圧症に対しても予防対策が図られる。
本調査研究では、Nitroxの効果を調べるために水深30mでロープ結び作業を行い、その時の心拍数と換気量及び自覚症状しらべから疲労の違いを検討する目的であった。ロープ結び作業時間は、Airで207±40.4秒、Nitroxで191±50.6秒と平均値ではNitroxが短い時間で作業が行われたことになるが、有意な差は認められなかった(表6-2)。心拍数は、Airで97.2±24.4拍/分、Nitroxで105.2±23.3拍/分と中程度の下の方の負荷であり5)、個人間及び平均値において有意な差が認められず、換気量においては信頼性に欠ける結果となった。
自覚症状による疲労の調査は、Air及びNitroxとも潜水前に第I成分のねむけ・だるさを訴えた者が最も多く(一般型の疲労)、潜水後には第III成分の身体違和感を訴えた者が多い(肉体作業型疲労)結果のなった。このことは潜水を行うことにより肉体的疲労は残るが、精神的にはスッキリした自覚を感じているようである。この場合においてもAirとNitroxの差は認められなかった。
Nitroxが生体に与える影響は、酸素が多い分だけ負荷量が少ない結果を示すと予測されたが、実海域の条件が一定しないことなどの影響で相反する結果となった。我々が行った研究6)では、酸素濃度が高まるに従い生体への負荷が軽減される結果となっている。
いずれにしてもNitroxはAirよりも窒素ガス量が少ない分だけ減圧症に対する予防効果は大きく、酸素濃度が高い分だけ生体に優しいガスであると言える。但し、急性の酸素中毒の対策を十分理解してから用いるべきである。