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(2)沿岸国の権能
 この問題については、口頭弁論においても、先の両当事者の主張が繰り返された。
 ベリーズは、フランスが即時釈放手続を回避するために、国内裁判所がすでに船舶の没収(それは第292条3項が禁ずる本案にあたるとする)を決定しており、もはや第292条により介入できないと主張していることを改めて非難した。その際、ベリーズは、フランスの国内裁判所に現に控訴しており、没収を命じた当該フランスの国内裁判所の判決は終結でもまた確定したものでもないとの立場をとった。ベリーズは、フランスが、ベリーズの請求の目的はフランスが条約第73条2項の下での即時釈放の要請を遵守しているかどうかの問題ではなく、船舶の没収を命ずるフランスの国内法の合法性の問題を提起していると主張するのに対して、フランスの軽罪裁判所の判決は本案でもないし、われわれはフランス法がこれらの事例にもつとする制裁の合法性を議論しているわけでもない。あくまで、船舶の即時釈放を求めているに過ぎないと反論する。しかも、フランスは、船舶及び乗組員の即時釈放に関する海洋法条約の規定が国内の命令に優越することを忘れている。条約法条約第27条に規定されているように、国家は条約上の義務の不履行を正当化するために自国の国内法を援用できないからであると主張した(50)
 これに対して、フランスの保佐人であるケヌーデック教授は、条約第73条3項が唯一制限しているのは拘禁刑又は身体刑であり、船舶の没収は禁じられていないとする。ベリーズの請求は、沿岸国としてのフランスがみずからの排他的経済水域内で行使する主権的権利及び管轄権を問題にしている。フランスは、海洋法条約の批准に際して、主権的権利又は管轄権の行使に関する紛争を、紛争解決の義務的手続から除外している。つまり、フランスの論理を一言でいえば、そうした違反操業船舶の没収行為は、みずからの排他的経済水域内の生物資源保存のための厳正な対処に他ならず、海洋法条約が禁ずるものではないし、ITLOSは管轄権をもたないというのである。フランスはまた、ベリーズの請求は外観上は即時釈放の要請であるが、より一般的な紛争を偽装するものであるとも非難する。そして、船舶の国籍国は即時釈放制度を通じて、沿岸国の裁判管轄権に介入してはならないと主張する。それは、条約第292条3項によって明示にITLOSの管轄権外に置かれているというのである。また、請求はムートになっているとも付け加えた(51)
 このように、本事件の真の争点は、フランスが主張するように、船舶の没収を命じた国内判決は海洋法条約がITLOSの介入を禁止する事件の「本案」にあたり、即時釈放制度をこの段階で利用することができないかどうかという点である。そもそも金銭罰に代わる船舶の没収という刑罰の妥当性の問題がある。なぜなら、ベリーズ国籍のレイン裁判官が指摘するように、「外国船舶の没収がたとえ国内法上有効であっても、意図的に又は実際に、国際司法機関の管轄権を排除し、海洋法条約のような広範な参加を得ている重要な条約で明示に承認されている権利と救済制度を排除するのであれば、国際司法機関によって、それ自体受け入れられない(52)」からである。即時釈放制度により、かつてカモコ号及びモンテ・コンフルコ号という二つの事件によりみずからの裁判所による違法操業船舶への保証金の額が「合理的ではない」として敗訴してきたフランスが、そうしたITLOSの介入を阻止するためにだけ、刑事裁判所における「本案」の処理を急いだのであれば、それは即時釈放制度に対する挑戦に他ならないからである。
 しかし、アンダーソン裁判官の個別意見の指摘にあるように、フランスの没収行為を非難しているベリーズ自身、現行の漁業法の中で、司法手続における有罪判決に基づく漁船の没収を認めていることも確かである(53)。そうすると、問題は、単純に違法操業に対する制裁としての船舶の没収という罰則の妥当性という問題だけではなく、海洋法条約第292条3項がlTLOSに課している制限、すなわち、「裁判所は、…釈放の問題のみを取り扱う。ただし、適当な国内の裁判所に係属する船舶又はその所有者若しくは乗組員に対する事件の本案には、影響を及ぼさない」という制限の中で、いかに釈放問題が本案に影響を与えないで取り扱われ得るかという、優れて即時釈放制度の根拠条文の解釈問題という性格をもつことになる。なぜならば、アンダーソン裁判官が指摘するように、「罰としてある裁判所により没収を宣言された船舶の釈放は、その裁判所の命令に影響を与えることができる(そして完全に影響を及ぼしさえする)と十分にみなされうるからである(54)」。フランスが主張するように、船舶の没収命令の執行により所有権が船舶の旗国から当該命令を命じた沿岸国に移った場合に、なおかつ船舶の旗国が即時釈放制度に救済を求めうるかという前提的問題があるのはもちろん、それを一応認めた上で即時釈放を命ずることになれば、当該船舶は、釈放後直ちに沿岸国から逃れ、戻らないという明らかな危険が存在するのである。まさしく、アンダーソン裁判官の指摘にあるように、「没収という罰は、金銭罰とは質的に異なる(55)」問題を浮上させるのである。グランド・プリンス号の即時釈放事例でITLOSに問われたのは、まさしくこの点であった。さらに敷衍して考えれば、口頭弁論ではみずから否定していたものの、フランスの行為は、ある意味では、条約によって引き受けた国際法上の義務に対する国内裁判所の判決の優越性を主張するものと受け取られかねない点をも内包しているように思われる(56)。もちろん、フランス自身は、裁判所の管轄権を否認するみずからの議論は、海洋法条約の文言と精神に沿ったものであると主張していたのであるが(57)。そうだとすると、なおさら、ITLOSとしては、この問題に真正面から取組むべきでなかったかという思いが残るのである。








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