(3)漁船玉丸覚せい剤密輸事件最高裁決定
控訴審判決を不服とした検察側は上告したが、近時、最高裁第三小法廷は次のように判示して上告を棄却した
(18)。
「検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(最高裁昭和57年(あ)第l153号同58年9月29日第一小法廷判決・刑集37巻7号1110頁)は所論のいうような趣旨を判示したものではないから、前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権で判断すると、覚せい剤を船舶によって領海外から搬入する場合には、船舶から領土に陸揚げすることによって、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が著しく高まるものということができるから、覚せい剤取締法41条1項の覚せい剤輸入罪は、領土への陸揚げ時点で既遂に達すると解するのが相当であり(前記第一小法廷判決参照)、これと同旨の原判断は相当である。所論の指摘する近年における船舶を利用した覚せい剤の密輸入事犯の頻発や、小型船船の普及と高速化に伴うその行動範囲の拡大、GPS(衛星航法装置)等の機器の性能の向上と普及、薬物に対する国際的取組みの必要性等の事情を考慮に入れても、被告人らが運航を支配している小型船船を用いて、公海上で他の船舶から覚せい剤を受け取り、これを本邦領海内に搬入した場合に、覚せい剤を領海内に搬入した時点で前記覚せい剤輸入罪の既遂を肯定すべきものとは認められない。」
本決定は、前述の昭和58年の最高裁判決やその後の下級審判例において、実務の解釈・運用が陸揚げ説で固まっていることなどを踏まえ、瀬取り船による覚せい剤輸入事案についても、陸揚げ説を採用することを確認したものであり、実務上重要な意義を有するものである。たしかに、本決定は、検察官が指摘する近年における船舶を利用した覚せい剤の密輸入事犯の頻発や、小型船船の普及と高速化に伴うその行動範囲の拡大、GPS等の機器の性能の向上と普及、薬物に対する国際的取組みの必要性等の事情を考慮に入れてはいるが、覚せい剤所持罪等で対処すれば足り、伝統的な解釈枠組みを変更する必要はないとしている。しかし、既に指摘したとおり、陸揚げ説は必ずしも自明のものではないように思われるし、諸外国の例をみても、陸揚げ説が一般的な考え方として承認されているようにも思われない。第一審以来の裁判所の考え方の根底には、領海を排他的管轄権が及ぶ領域と理解し、領土とは決定的に異なる性質の領域ととらえる考え方が潜んでいるように思われるが、果たしてこのような理解が妥当であるのかについては更に検討されなければならない
(19)。
犯罪が国際化し統一的な取締まりが要請されている現状において、陸揚げがなければ未遂にもならないという解釈は国際的な流れに逆行するようにも思われる。一方において、最高裁の論理が理論的に耐え得るものであるかを検討する必要があると共に、他方において、輸入の定義規定の新設、規制薬物・銃器の洋上取引の重罪化など立法的解決の途を模索する必要があるように思われる。