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2.国連国際組織犯罪条約及び付属議定書における「犯罪化」
(1)国連国際組織犯罪条約
 (United Nations Convention against Transnational Organized Crime)
 国際組織犯罪に対処するためには、各国の刑事司法、法執行制度を強化すると共に、国際的な司法・法執行協力により法の抜け穴をなくす努力が必要である。また、国際組織犯罪は、しばしば司法・法執行制度の弱体な国を本拠地として活動を展開することから、途上国の弱体な刑事司法制度を強化するための支援が必要である。そこで、本条約第1条は、「この条約の目的は、国際組織犯罪をより効果的に防止し及びこれに対処するための協力を促進することにある。」と規定している。
 次に、第2条の(a)は、この条約の中でしばしば登場する「組織犯罪集団」という言葉の定義をしている。それによれば、「「組織犯罪集団」とは、一定期間存続する3人以上の者からなる系統的集団で、直接又は間接に資金その他の物質上の利益を獲得するため、重大犯罪又はこの条約の規定に従って定められる犯罪を一又は二以上犯す目的で協力して行動するものをいう。」とされている。2条の(c)では「「系統的集団とは、犯罪を直ちに行うために無作為に組織されたものではない集団であり、必ずしもその構成員に対して正式に定められた役割、その構成員の継続性又は発達した組織を有することは要しない。」と規定されている。また、(b)では、「「重大犯罪」とは、刑の長期が4年以上の自由剥奪を内容とする犯罪行為をいう」とされている。
 本条約は、その適用範囲を組織的な犯罪集団が関与する国際的な犯罪に限定している。すなわち、第3条1項は、「この条約は、特段の定めのある場合を除くほか、国際性を有し、かつ組織犯罪集団が関与する次の犯罪の防止、捜査及び訴追に適用する。」として、「(a)第5条(組織犯罪集団への参加の罪)、第6条(犯罪収益洗浄の罪)、第8条(汚職の罪)及び第23条(司法妨害の罪)の規定にしたがって定められる犯罪」及び「(b)第2条の定義する重大犯罪」に適用されるとしている。
 この条約の一つの大きな特徴は、故意に行われた特定の行為を自国の国内法の下で「犯罪」とするために、立法その他の必要な措置をとることを各国に義務づけている点である。
 その第一は、第5条の重大犯罪の「共謀」の犯罪化もしくは組織犯罪集団への「参加」の犯罪化である。第1項の(a)は「犯罪行為の未遂又は既遂とは別個に成立する次の一方又は双方を犯罪行為とすること」として、「(i)直接的に又は間接的に金銭的利益その他の物質的利益を得る目的で、重大犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意すること、(ただし、国内法により当該合意を達成するために参加者の一人によってなされた行為、又は組織犯罪集団の関与を必要としてもよい)」と規定し、重大犯罪の共謀を犯罪化することを義務づけている。これは、英米法系の共謀罪をモデルにしたものであろう。また、「(ii)組織犯罪集団の目的及び犯罪活動一般、又は特定の犯罪を実行する意図を認識している者が、次の行為に積極的に参加すること。a)当該組織犯罪集団の犯罪活動 b)当該組織犯罪集団のその他の活動であって、当該者の参加が当該犯罪目的の達成に資することを認識しているもの」と規定して、組織犯罪集団への「参加」を犯罪化することを義務づけている。これは大陸法系の結社罪をモデルにしたものと思われる。
 また、第1項の(b)は「組織犯罪集団が関与する重大犯罪の実行を組織し、指示し、幇助し、教唆し若しくは援助し又はこれらについて相談すること」と規定し、重大犯罪に対する共犯的関与行為の犯罪化を義務づけている。
 このように、本条は、利得目的での重大犯罪の共謀、組織犯罪集団への参加等のいずれかを犯罪化することを義務づけるもので、個別の犯罪の実行に至らなくても組織犯罪集団構成員を処罰できる点に意義がある。もっとも、締約国の国内法制によっては、合意を達成するための何らかの行為、又は、組織犯罪集団の関与を上乗せ的に求める処罰規定も可能とされている。
 第二は、第6条のマネーロンダリングの犯罪化である。マネーロンダリング(資金洗浄)とは、犯罪によって得られた不正な資金について、主として当局の摘発、没収を免れるため、出所や所有者を偽って合法的な資金に見せかけたり、隠匿したりする行為をいう(6)。各国がマネーロンダリングを処罰すると共に、その対象となった資金を没収し、マネーロンダリングを防止し、その探知を容易にするための様々な金融機関に対する規制措置をとること(例えば、金融機関に対して、口座開設等取引関係の樹立の際には顧客の身元を確認すること、顧客との取引記録を一定期間保管すること、マネーロンダリングの疑いのある取引を政府の然るべき当局に届け出ることなど)は組織犯罪対策の決め手として国際社会では大変重要視されている。なぜなら、自分では犯罪の実行には手を染めないような組織の首領でも、犯罪の上がりであるカネには必ず手をつけるから、このような各種の対策を講ずることは組織の首領や中枢部に手痛い打撃を与えることになるからである(7)。1988年(昭63)の麻薬新条約で薬物犯罪についてはマネーロンダリングの犯罪化が義務づけられているが、本条約をこれを一般の重大犯罪や本条約によって新たに規定された犯罪にまで拡大した点に重要な意義がある。
 犯罪化の第三は、第8条の「汚職の罪」である。第8条第1項は、(a)「公務員に対し、その職務の行使に際し一定の行動をさせ又は行動を控えさせることの対価として、公務員本人又はその他の者若しくは団体のために、不当な利益を直接または間接に約束し、申し出又は供与すること」、ないし(b)「公務員が、自己の職務の遂行に際して一定の行動をし又は行動を控えることの対価として、自己又は他人若しくは団体のために、不当な利益を直接又は間接に要求し又は収受すること」を犯罪化するために必要な立法措置を講ずるものとしている。
 犯罪化の第四は、第23条の「司法妨害の罪」である。第23条第1項は、(a)「この条約の対象となる犯罪に関する司法手続において、虚偽の証言をさせ又は証言若しくは証拠の提出を妨害するために、暴行を加え、威嚇し若しくは脅迫し又は不当な利益の提供を約束し、申し出若しくは供与すること」、ないし(b)「裁判官又は法執行の職員によるこの条約の対象となる犯罪に関する公務の遂行を妨害するため、暴行を加え、威嚇し又は脅迫すること」を犯罪化するために必要な立法措置をとることを義務づけている。








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