排他的経済水域における航行自由と経済行為
―サイガ号事件を題材として―
関東学園大学助教授 深町 公信
1.はじめに
国際海洋法裁判所のサイガ号(第2号)事件
(1) は、排他的経済水域で操業する漁船に対して燃料の洋上補給(bunkering)を行った給油船が、排他的経済水域を含む関税水域での無許可の給油行為を禁止した、沿岸国ギニアの国内法令に違反したとして、ギニア当局が逃走する給油船に対して砲撃を加えた上で拿捕したことについて、ギニアと給油船の旗国であるセント・ヴィンセント・アンド・グレナディーンとの間で、洋上補給に対する沿岸国の管轄権行使が合法であるか否か等が争われたものである。
国連海洋法条約第56条は、排他的経済水域において、沿岸国が天然資源の探査、開発、保存、管理のための主権的権利、およびエネルギー生産等の経済的な目的で行われる探査、開発のためのその他の活動に関する主権的権利を有することを規定している。しかし、本件のような、洋上での補給行為について、排他的経済水域において沿岸国が規制を加える権限を有しているかどうかについては、明文の規定を欠いている。
一方で、同条約第58条では、排他的経済水域において、すべての国が航行等の自由および国際的に適法なその他の海洋利用の自由を有することが規定されているため、洋上補給が同条で保障される公海自由原則起源の自由の範疇に含まれる活動であるとする解釈が成立する余地もある。
本件は、そのような中で、沿岸国が排他的経済水域で行使することのできる実体的な権限の内容を拡大して、公海自由を起源とする他国に保障されている自由の内容を狭めようとする傾向の問題としてとらえることができる。
また、この事件は、ギニアが、サイガ号の行なった洋上補給がギニアの国内法に違反した密輸行為であることを理由として、取締りを行っているために、沿岸国が領海外の水域で行なうことのできる密輸取締りの態様についての問題も含んでいる。
本稿では、サイガ号事件で提起されたいくつかの論点のうちで、洋上補給に対する取締り権限が排他的経済水域での沿岸国の主権的権利の行使に含まれるのか否かという問題と、沿岸国が領海外の水域で密輸等の取締りに関していかなる権限を行使できるのかという問題について、両当事国の主張、裁判所の判決、および各判事の分離意見、反対意見等にあらわれた論点を整理し、燃料の洋上補給等の経済行為に対する取締りについて、どのような位置づけを行うべきかについて考察する。