はしがき
1. 私共の「海洋法調査研究委員会」は、3年間にわたる「周辺諸国との新秩序形成に関する調査研究」事業を終え、ここに「海上保安国際紛争事例の研究」第3号を刊行することになりました。
この1年は、とりわけ、東シナ海をはじめ日本の周辺の海域で多くの事件や紛争が生じ、騒然としました。そのなかには、国連海洋法条約の各規定をそのまま適用するだけでは解決できず、これらの規定の行間にある意味をくみとり、従来の国際慣習法や近年の国際慣行で補って判断する必要のある事例も少なくありません。海上保安法制は、このような具体的な事案に直面して、関係の国際法や国内法令を執行する任務を負うものであり、そうした取組みにはいっそう切実さが求められます。
2. このような事態の発生を想定しながら、私共としては、本研究計画の最終年度に当たる平成13年度では、過去2年間の個別事例の研究を素材にして、次のとおり、いっそう統合的なテーマに取り組むことにしました。たとえば、
(1)国際的な組織犯罪に対する国内法制の整備については、銃器・麻薬の密輸や集団密航など、従来のような、配分された各海域別の処理では不十分であり、沿岸海域から公海にまたがるひろく連携的な規制が必要になっています。
(2)最近の海上における武装強盗などの暴力行為は、各沿岸国の領海や国際海峡の中で発生しており、従来の公海上の海賊とは異なるものであり、外国船舶の通行権を保障するという観点から、沿岸国の執行措置に対する国際協力も必要であります。
(3)領海・接続水域外の海域での油や密輸貨物の転載・不正取引など、沿岸国からみれば関税その他の国内法令の適用上も重大な関心を持つ経済行為が行われており、これを公海での航行の自由とか旗国の管轄に含めて解釈できるかどうか、沿岸国による追跡権の行使の条件とも絡んで問題になります。
そのほか、(4)漁業資源の保存・管理を強化しようとする最近の国際的な動向とか、(5)国連海洋法条約に定める即時釈放制度の適用対象事例の拡大、(6)領海外での外国船舶内で発生する危険について、急迫性を理由とする沿岸国の介入、さらに(7)領海外で発生する廃棄物の処理についての対応などの問題もあります。
これらの諸問題について、国際及び国内の判例、各国の国家実行などの動向に注目しながら、国連海洋法条約の関係規定の解釈と適用の基準を整え、わが国の国内法令をいっそう整備する必要も考えられます。
3. 当委員会は、これらの重要課題に取り組むために、国際法、刑事法、行政法、海上警察法を専門とする学者側委員と海上保安庁の所管部局側委員で構成され、年間8回にわたる研究会を開催いたしました。毎回、学者側委員が各自担当するテーマについて報告と問題提起を行い、全員で理論上、実務上の論点を討議しました。またその都度、具体的な法令の制定や実施措置について、官側からの説明も行われました。この報告書に掲載する下記の諸論稿は、これらの研究会での成果をまとめたものであります。
4. 当研究会が3年間にわたり本調査研究計画を推進し達成できたのは、海上保安庁の各関係部局をはじめ、財団法人海上保安協会の皆さんから多大のご支援とご協力を得た結果であります。ここに委員一同に代わり、改めて厚く御礼申し上げます。
平成14年3月
海洋法調査研究委員会
委員長 山本 草二