5 今回の調査
(1)調査の目的
ハイフォン港、カイラン港、カンファ港などは、ベトナム北部地域の経済発展を担う基幹港湾基地として重要な役割を果たすものとして開発が進められている。
このため、今後これらの港湾への大型船舶の入港が大幅に増加し、また、この基地を輸送の接続点として沿岸・内水船舶の出入り・往来も増加し、ハロン湾内における船舶交通の輻輳化が相当に高まることが見込まれている。
また、世界遺産として指定されている「ハロン湾」観光も更に活発化し、また地域の活性化に伴い漁船の操業も一段と盛んになると予想される。
一方、ハロン湾内の水路の地理的、気象的な環境は、船舶運航者にとっては厳しい航行環境と言える。
以上のような船舶運航の状況変化と航行環境の特性から、ハロン湾を航行する船舶の安全を確保するための有効な対策の早期実行が強く求められている。
また、万が一の船舶海難発生に備えて、流出油防除体制の整備が望まれる。
この調査は、これらの状況を把握し、具体的な安全対策を提示するものである。
(2)調査期間
2001年9月10日から21日
(3) 基幹港湾の役割とハロン湾内海上交通流の変化
世界の趨勢として、自国の経済貿易振興を目的として、コンテナや石油貨物などを大量に集中して受け入れられる大規模で効率性を有した港湾の建造が進められている。
大型船舶が入港するこの基地を輸送接続点として、道路や鉄道の陸上輸送手段及び沿岸海上輸送手段と結び、国内各地への輸送体制の効率化を図っている。
カンファ港、クワオン港は石炭積み出しの専用港として整備されているが、カイラン港は、現代の貨物輸送の根幹であるコンテナ貨物や石油貨物、そして各種バラ積貨物と多様な貨物輸送ターミナルであり、港湾の性格は異なる。
ハイフォン港は河川港のために大型船舶の入港に限界があるため、必要とされる喫水の深い大型船舶の受け入れに対応できないため、国際貿易港として深喫水船舶入港を可能とするカイラン港の役割は極めて重要なものであることは、ご承知のとおりである。
カイラン港については、計画されている港湾整備が進めば、入港船舶数は2000年に比べ2005年には約1.5倍に、2010年には3倍近くに伸びるという試算がある。
今後、同港の開発に伴って、湾外からの大型船舶の入港が増加し、また湾内を航行する沿岸・内水船舶も増加することは必至である。
このため、クアルック水道及び浚渫水路はもちろん、これらアプローチ水路となる南の島嶼間の水路を含め全体的に海上交通が輻輳化することは、明確にご理解いただけるものと思う。
また、この南北ルートのみではなく、ハイフォン港やカンファ港などの沿岸各港との間を結ぶ東西に航行する船舶の数も増えることも認識する必要がある。
(4) ハロン湾の環境保護
ハロン湾内においては、現在のところ大量の油の流出事故は発生していない。しかし、バルブ操作ミスなどによる船舶からの油の流出が時々見られる。
しかし、万が一ブンタオにおけるような事故が発生した場合には、ハロン湾の環境に影響を及ぼす可能性がある。
事故防止が、何よりも重要であることを改めて認識する必要がある。
また、地域住民や観光客、船舶から投棄されるゴミ類による海上汚染が最近目立ってきていることから、これらのゴミなどの回収作業も必要となってきている。
(5)基幹航路の評価と安全対策
A カンファ港、クアオン港へのアプローチ
ホンガイ港で行っていた石炭輸送がカンファ港に移り、石炭専用港として開発が進み、数万トンという大型の石炭運搬船が入港することとなる。
今回は、この水路については、ハロン湾世界遺産指定の海域について、海上から調査を実施した。
外洋からの入り口であるSio Den灯台は島の上に非常に目立つ標識となっており、またその入り口に至る南西方向の航路には大型の灯浮標が並列に設置されていた。
同灯台からBai Tu Long湾東部に到る大型船舶の通る島嶼間の水路は、2〜3箇所の航路の屈曲はあるものの、要所要所には灯標や灯浮標が設置されていた。灯標については、後述のカイラン港に至る水路にある灯標に比べて大型であり、かつ設置場所である島端の傾斜が鋭くないため、航行船舶から見易いものとなっている。
Bai Tu Long湾からクアオン港、カンファ港に到る水路については、昨年実施した調査では、要所要所には標識が設置されているとの報告がみられる。
以上のことからみて、このアプローチ航路については、航路標識の配置面では比較的十分な整備がなされていると思われる。しかし、詳細調査を実施していないが、灯具などから判断すると光力が弱いなどの問題は存在するものと推測される。
B カイラン港、ホンガイ港、B12石油基地へのアプローチ
このアプローチは、南部と北部では異なる航行環境にある。すなわち、南部は島嶼間の水深の深い自然の水路であり、北部は浚渫により切り開かれた浅くて狭い水路である。
この違いは安全対策についても異なった視点で考える必要がある。
以下、それぞれの水路の安全性に影響を及ぼす航行環境の評価と必要とされる安全対策などについて述べることとする。
a 南部の水路
[航行環境]
[1]ハロン湾の入り口に位置し、船舶運航上重要な役割を占めるホンバイ灯標の機能が十分でない。
[2]約19kmに及ぶ島嶼間の長い水路であり、一部可航幅が狭くなっている箇所がある。
[3]航路に近接して岩や暗礁、水深8m(浚渫水路の最浅部)より浅いところがある。
[4]島の陰で相互に相手船が見えない状態で接近し、大きく変針する箇所がある。
[5]特に、冬季に、濃霧によって著しく視界が制限されることが多い。
[安全対策]
[1]アプローチポイントとして、ホンバイ灯標の機能を向上させる。
[2]航路標識の設置間隔が開いているところ及び岩や浅い箇所の近くに航路を示す灯浮標を増設する
[3]船舶の変針点として重要であり、Lach Buom水路との分岐点付近に灯浮標を設置する。
b 北部の水路
[航行環境]
[1] 浚渫水路は約6.5kmの長さがあり、幅は80mと狭い。この水路の幅は日本や欧米とは若干状況が異なるとは言えども、大型船舶を通航させる水路としては非常に狭いと言える。
(注:航路幅について世界的な統一基準はない。それぞれの国や地域が研究した結果を採用しているが、これらの国の航路と比較すると、この航路幅は狭い。)
[2] この狭い水路において大型船舶と小型の船舶の行き合いは認めている。また、潮汐を勘案して深喫水の大型船舶を入港させている。(浅水影響など操縦性能に影響が生じる恐れがある)
[3] この狭い水路では、潮流や風がある場合は、大型船舶はその影響を受けた非常に慎重な操船が要求される。(調査時、1〜2ノット程度の潮流が認められた。)
[4] この狭い水路において、タンカーを含め大型船舶についても夜間入港が行われている。
[5] 濃霧によって視界が制限される場合がある。
[6] ホンガイ港沖には、多くの大型船舶がブイ係留や錨泊し荷役を行っているが、この中には入港船舶からみてホンバイ灯台を遮っているものがみられた。
[安全対策]
特に、現在狭い浚渫水路の両側に設置されている灯浮標について、これらの状況に適応し、特に航行船舶の安全性を高める航路標識、システムの整備が必要である。
[1] 狭い水路の形状を視覚的に捕らえられるようにするため、両側に配置された全ての灯浮標を「同期点滅方式」とする。
[2] 灯浮標の振れ回りを最小化するものとする。
[3] 浚渫航路入り口(片側)の灯浮標の機能を高める。
[4] バイチャイ灯台に導標機能を付加する。
c 水路全体の共通的安全対策
○ 全体的に灯器の光力が弱い。このため光力の向上を図る必要がある。
○ 電球交換器が付いていないため一つの電球が断線すると消灯したままとなり、安全上問題である。
現在の電球式のものを、見やすく耐久性に優れ、また発光効率の良いLED(発光ダイオードを使用)に取り替える必要がある。
○ 安全性を高めるため、航路標識に消灯監視システムを設置し、また重要航路標識へのレーダービーコンの設置が望まれる。
d 将来の安全対策の整備
○ 将来的には、前記のカイラン港地区への大型船舶の入出港の大幅な増加のみならず、ハイフォン港、カンファ港など近隣港湾における入出港の増加に伴い、幹線航路及びフィーダー航路における船舶往来が輻輳化するため、広域的な航行援助施設の整備が必要になると思われる。
この場合、電子海図やAISなどの新しい機器類の普及、GMDSS体制の整備などに応じて、船舶の安全かつ能率的な運航を確保するために、ハロン湾内における海上交通に関する情報提供と航行管制を一元的に行うVTSシステムの整備が必要となろう。
なお、今後のVTSについては、AISの普及に伴い効率化、省力化が進み、現在のものよりも小規模な設備、体制で十分であるといわれている。
○ 浚渫水路北端からクアルック水道に至る海域については、将来、浚渫水路の拡幅とも関連すると思われるが、この海域の船舶交通流れの変化によっては、「法定の航路」を設定する必要性が生ずる可能性がある。
その場合には、法定航路を明示する灯浮標の設置が必要となろう。
なお、浚渫水路に設置されている灯浮標は、浚渫水路が拡幅される場合にも、その時点で必要な位置に移設すれば済むものである。
(6)維持管理
灯浮標の発錆、乾舷の低下などの状況がみられ、航路標識の維持・管理が十分であるとは言い難い。
このため、航路標識の点検・整備を効果的に実施するため、ワークショップの充実化が必要である。
(7)教育訓練
今後の航路標識の整備状況に併せて、管理、運用に従事するベトナム側の職員に対して、航路標識維持管理トレーニングを行うことが重要である。
(8)ハロン湾における油流出事故対策
美しいハロン湾を油による汚染から保護するためには、先ずハロン湾内における航行船舶の安全を確保して流出油事故を発生させないことが第一である。このことを強く認識することが肝要である。正に前記の安全対策の充実化が重要であるということである。
しかし、最初に述べ、また過去の海難事例からみられるように、人間のミスなどにより船舶事故が発生し、搭載貨物油や燃料油が流出する可能性を全く否定することはできない。
この万が一の船舶からの油流出事故発生に備えた体制を、あらかじめ整備して置く必要がある。
現在は、B12石油基地に同基地内の油流出に備えたオイルフェンスなどの資器材が整備されているのみであり、いざという場合にこれを使用するとしても、ハロン湾内における事故に対応するものとしては決して十分なものとは言えない。
また、ハロン湾地域には海上の油を効率的に回収する機能を有した船舶は現在のところ配置されていない。
このため、2-(3)(防除体制の整備と作業の実施)で述べたような、状況に応じた防除体制整備の一つとして有効な次の油防除設備の整備が望まれる。
[1] オイルフェンス、油処理剤、吸着マットなどの油防除資器材
オイルフェンスは、少なくともB12石油基地のものに加えて、事故船舶を2重に囲むことができる程度の長さのもの及び拡散した油を集める作業に必要な長さを整備する。
[2] 油回収船(ゴミ回収兼用船)
流出油を集めて搭載したオイルスキマーで回収する船の整備が必要である。
しかし、油回収専用船は使用機会が少なく経済的でないことから、日本においては、日常的には港湾内でゴミの回収に当たり、バルブ操作ミスなどによる流出油や船舶事故による流出油の回収に当たる船が多くの港に整備されている。
ハロン湾の沿岸部及び観光ルートにまでゴミが流れ出しており、ゴミ回収による環境保全の観点からも、このような多機能の油回収船を整備することが有用である。
6 おわりに
ハロン湾内における船舶事故防止のための安全対策の重要性について、十分なご理解をいただければ幸甚です。