4 デリー:都市内バス輸送の現状大気汚染対策に関する近年の動き
4.1 デリーの概要
4.1.1 国土・都市概要
デリーはインドの政治、文化的な首都でもあるが、近年、商業や工業の発展も無視できない。市域は1991年に29の周辺市町村を合併し、都市域面積を1,483平方キロ(東京都の約2/3)とした。
2000年末に人口は約1300万人に達しており、人口密度は最大で約2万人/平方キロ、平均でも7,0 00人 平方キロと東京と大差ない。ただし、現況でも都市人口の1/3程度は周辺の貧村から移住したスラム居住者である。インド国内の都市化傾向を鑑みると、周辺からの人口流入は今後も継続するものと予測され、2020年には2,200万人に達するものと考えられている。
デリーの行政主体は、首都機能の集中する地域の管理を行うニューデリー市とその他の地域を管掌するデリー市の2者に分かれるが、一般的には同じ政策・方針を採っている。ニューデリー地域ではイギリス式の明確な都市計画のもとで発展しているが、郊外部では明確に土地利用規制が示されていることすくなく、スプロールが続いている。効果のある広域行政を実現するため、デリー首都圏(NCR:Natinoal Capital Region、総面積3万242平方キロ)の構想を示して周辺3地域との協議会を設立し、デリーと近接する行政区との調整活動を行っている。(図4-1)
デリーのGRPは1980年から1996年まで約7%で成長した。デリー市民の平均所得は全インドの平均所得の約2倍である。
図4-1 NCRの行政区域
4.1.2 社会経済概況
1947年の独立以来、インドは社会主義経済のもとで国営企業による輸入代替工業化を推進したが、官営ゆえの組織硬直性、経営効率の低調さ等が原因で、十分な成果をあげることはできなかった。その結果、1970年代の経済成長率は年率平均3.2%とアジア主要国と比較し低成長に終わった。1980年代後半の経済成長率は、経済の自由化で年平均6%と高まったものの、経常収支の赤字が拡大した。また、政府の多額の借り入れによる国営企業の投資拡大で財政赤字も拡大した。
1991年にラオ政権下で「新経済政策」が実施されて以来、外資による直接投資が増加し、40%までに制限されていた外資による出資比率も51%まで自動承認制とし、100%出資も可能とした結果、欧米からの直接投資が急増した。第8次5カ年計画(1992年〜96年)の平均成長率は、当初目標の5.6%を上回る6.6%であった。1996年の下院総選挙では、与党であった国民会議派が大敗、統一戦線のゴウダ新政権が誕生、前政権の「新経済政策」を継承し、引き続き自由化路線を進めてきた。1998年3月の下院総選挙では、インド人民党が第一党になり統一会派を結成、同党々主のヴァジパイ氏を首相とした連立政権が成立、1998年5月には、隣国パキスタンを睨み2回の地下核実験を実施し、世界各国から批判が集中、国内外の経済に少なからぬ影響を与えた。その後1999年4月には、下院でヴァジパイ連立内閣に対する信任決議が否決され、内閣は総辞職、99年9月に総選挙が行われ、その結果、インド人民党を中心とする与党連合が勝利し、第3次ヴァジパイ連立内閣が発足し現在に至っている。
(2)最近の情勢
インド経済は、97年度以降景気の減速が続いており、94〜96年度にかけて7%台を超える伸びを示していたGDP成長率は、1997年度の天候不順による農業不振等により5.0%に減速した。98年度は、後半に農産品価格の高騰から物価が急上昇したものの、農業生産の回復から6.8%に回復した。1999年度は、前年度から若干鈍化したが、GDPの約4分の1を占める工業部門の高成長が寄与して6.4%の見込み(EconomicSurvey1999/2000)。2000年に入ってからのインド経済は、工業部門の低迷が続いており、4月〜10月の半年間で5.7%程度の成長になると見られる(「Monthly Monitor」Development Planning Center,Institute of Economic Growth 2000年12月)。
4.1.3 都市交通概況
(1)交通問題
デリーは、インドの4大都市(コルカタ、ムンバイ、チェンナイ、デリー)の中で唯一、都市鉄道を運行しておらず、市民は自家用車かバスに依存せざるを得ない。このような状況はデリー市内の自動車保有の増加を加速させ、4大都市のその他の3都市の自家用車所有台数とデリーの所有台数がほぼ同数という結果になっている。
デリーでの都市交通問題は、既存報告書での指摘をまとめると以下のように列記できる。
・ 交通渋滞:ピーク時の平均走行速度は中心部で10〜15km/h、郊外部幹線で21〜39km/hである。ただし、渋滞は混雑の起こりやすいロータリー式交差点とその前後で見られ、一般的に単路部での走行状況はよい。またピーク時以外での渋滞は深刻ではない。
・ 大気汚染:自動車排出ガスによる大気汚染が深刻である。特に、夏季の猛烈な高温の中で、エアコンのない混雑した車両で排出ガスに曝される状況には警告を発している。周辺が砂漠であり且つ盆地地形に位置することから大気の循環が少ないという背景もある。
・ 混在交通:軽車両(自転車、牛車など)、二輪車、3輪タクシーと四輪車の混在交通については、道路設計能力と交通ルールの指導の両面での改善が求められている。
デリー、その他の同規模の都市における機関分担率、トリップ長、保有台数を示す。
表4-1 デリーの交通特性データと大都市との比較
都市 |
デリー |
ロンドン |
ニューヨーク |
パリ |
東京 |
人口(千人) |
13,418 |
6,679 |
18,409 |
10,661 |
31,796 |
分担率 |
公共交通(%) |
54 |
40 |
54 |
54 |
49 |
自家用交通(%) |
23 |
46 |
35 |
18 |
29 |
自転車・徒歩(%) |
23 |
14 |
11 |
28 |
22 |
平均トリップ長(km) |
10 |
8 |
17 |
8 |
NA |
自動車保有率(台/1000人) |
200 |
356 |
459 |
383 |
266 |
乗用車保有率(台/1000人) |
63 |
288 |
412 |
338 |
156 |
出所:PEW center on Global Climate change(2001),Transportation Developing countries
デリーでは公共交通としてバスしか存在しないため、バスが全トリップの半分以上を分担していることになる。自動車の保有台数のうち約70%はオートバイや3輪車である。以下にデリーにおける車両登録台数の車種別推移を示す。
表4-2 デリーの車両登録台数の推移(干台、斜体は1998年時点での推定値)
年 |
オートバイ |
乗用車 |
3輪車 |
タクシー |
バス |
貨物車 |
合計 |
1971 |
93 |
57 |
10 |
4 |
3 |
14 |
180 |
1980 |
334 |
117 |
20 |
6 |
8 |
36 |
521 |
1990 |
1077 |
327 |
45 |
5 |
11 |
82 |
1547 |
2000 |
1568 |
852 |
45 |
8 |
18 |
94 |
2584 |
2010 |
2958 |
1472 |
103 |
14 |
39 |
223 |
4809 |
2020 |
6849 |
2760 |
209 |
28 |
73 |
420 |
10339 |
デリーの車両登録台数現況
年 |
オートバイ |
乗用車 |
3輪車 |
タクシー |
バス |
貨物車 |
合計 |
2001年7月 |
2245 |
940 |
87 |
19 |
44 |
160 |
3445 |
(出所;デリー政府電子統計)
(2)大気環境改善
デリー市内の排出ガスの70%は自動車からのものと計算されているように、劣悪な大気環境はデリーの公共交通システムの改善の原動力になっている。特に1995〜1999年では、SPMとCO濃度は基準値よりも85%の超過が継続して記録されている。また、住民の健康被害も露呈しており、デリー在住の子供の70〜80%が呼吸器系疾患(喘息など)を持っている、と報告されている。
インドでは、住民の生活環境に関する基準設定は、行政や立法ではなく司法が担当することがインド憲法に示されている。近年の大気環境改善策、つまり、交通システムの改善策は最高裁判所がイニシアティブを持つ。インド最高裁は1996〜97年を通じて様々な環境専門家と協議を行い、最高裁の指示で1998年1月には連邦政府に環境・森林資源省(Ministry of Enviroment and Forest)と公害対策委員会(Environment Polution(prevention and control)committee、別称;ブレラ委員会)が設立された。公害対策委員会はデリー首都圏の大気環境改善を目的としており、有識者や政府機関の代表者で構成されている。1998年に以下のような提言を行って、インド最高裁はこれを承認し、関係機関に実施命令を下した。
表4-3 公害対策委員会の提案内容(1998年7月時点での最高裁判所命令)と達成状況
提案内容 |
達成状況(2001年2月現在) |
2002年1月現在 |
2001年4月までに、デリー市内のバス運行台数を6000台から10000台に増車し、全てをCNGで運行すること。 |
デリー市内で約5000台が運行され、うち95%が未だディ一ゼル車両 |
約7000台が運行され、約2300台がCNG車両 |
1990年以前に製造されたタクシー、オートリキショーは2000年3月31日までに廃棄の上、低公害仕様車に更新すること。 |
該当するリキショーはすべて廃棄された。 |
左と同様 |
デリー市政府は1990年以降に製造されたタクシー、オートリキショーに対してCNG車両導入のための補助施策を2001年3月31日までに施行すること。 |
低公害型車両導入へのインセンティブ施策が実施されている。 |
左と同様 |
製造から8年以上経過した公営企業に属するバス車両は2001年3月31日までにCNGに転換するか廃棄すること
全てのバス車両は、公営、民営を問わずCNGのみに転換すること。 |
デリーバス公社が137台のCNGバスを新規購入。1200台を追加注文。13台のディ一ゼルバスがCNG仕様に改造される。一部のスクールバスでCNG導入。 |
2001年10月にDTCにCNGバス2210台が納入され、運行開始。 |
インドガス公社は2000年3月31日までに80箇所のCNG供給所をデリー市内に整備すること。 |
35のCNG供給所を整備 |
35箇所のまま増加なし。 |
出所:PEW center on Global Climate change(2001),Transportation in Developing countries本調査
なお、上記のように実施に遅延が見られたため、転換の締め切りは2001年3月31日から、同年9月30日、2002年3月31日と2度にわたって改定されている。
デリーでの車両あたりの排出量は1999年の時点で以下のように改善されたことが報告されている。
表4-4 デリーでの大気汚染物質排出量の推移
  |
年あたり排出量(トン) |
  |
汚染物質 |
1990-91 |
1995-96 |
1998-99 |
96年と99年の改善率(%) |
SO2 |
10 |
15 |
11 |
27 |
NO2 |
139 |
207 |
182 |
12 |
SPM |
19 |
28 |
21 |
25 |
鉛 |
0.190 |
0.362 |
0.007 |
97 |
CO |
243 |
351 |
337 |
4 |
HC |
0.83 |
113 |
115 |
+2 |
総量 |
493 |
714 |
666 |
-- |
日あたり総量 |
1351 |
1947 |
1825 |
11 |
出所:デリー政府統計情報局
4.1.4 道路インフラ
ニューデリー地区はイギリス式の都市計画により形成されており、道路インフラは十分な幅員が確保されている。一方でオールドデリー地区(城壁地区)は混合交通が見られ、維持管理状況も悪い。デリーにおける平均走行速度は、オールドデリー地区では8Km/hであるが、その他の地区ではニューデリー地区では22〜28Km/hである。デリー市全体の幹線道路網(974km)における平均走行速度は24km/hである。
一方で、インド鉄道技術経済サービス(Rail India Technical and Economic Services;RITES)が実施した2005年の道路網による渋滞予測では、幅員30m以上の幹線道路網(総延長1122km)のうち約40%の道路が渋滞領域に達し、将来の自動車交通に対処できないものと予想されている。
後述するがNCRPBのマスタープランでは幹線道路網を機能別にフリーウェイ(完全分離、都市間、長距離通勤交通などを対象とし、自由流速で走行できる)、エクスプレスウェイ(フリーウェイ、主要幹線の間)、主要幹線(平面交差、信号制御、中央分離、都市内トリップを分担)の3段階にわけ、将来道路網を構成することを計画している。
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出所:海外運輸協力協会 「コロキウムレポート2001」
図4-2 現況道路網図(2001年)