'02剣詩舞の研究(三) 幼少年の部
石川健次郎
金剛山千早城の囮作戦図
剣舞
「金剛山」の研究
山岡鉄舟作
(前奏)
一片の赤心報国の情
千秋の節義今に至るまで青し
金剛山下孤城の畔
挫き得たり虎狼百万の兵
(後奏)
天誅を誓う(夢)
◎詩文解釈
作者の山岡鉄舟(一八三六-一八八八)は幕臣であり、一方剣術家として井上清虎(北辰一刀流)や千葉周作に学び、後に無刀流を創立した。また江戸城無血開城の西郷・勝会談を成功させた陰の人としても知られているが、維新後は望まれて新政府の宮内省に入り天皇の側近として仕えるなど、時代は変っても国のために忠誠を尽した逸材であった。
それ故に山岡鉄舟は、忠臣と云われた楠木正成の功績に深い感銘を覚え、自分の信条と思い合わせてこの詩を詠んだものと思われる。内容を要約すると「楠木正成の勤皇のまごころである"七たび生まれかわって国に報いる"という精神は、今に至るまで永く伝えられ、その志は純粋で高く評価されている。またそれ故に正成は、金剛山の赤坂城や千早城で多くの賊軍を打ち破ることが出来たのである」と述べている。
◎構成振付のポイント
漢詩には楠木正成の忠誠心をたたえたものが多くみられるが、例えば徳川景山作の「大楠公」では、忠義を全うすれば、豹が死んだ後まで美しい皮を残すように、その人の名は永く人々の心に残り、川の流れのようにいつまでも尽きることがない、と湊川で戦死した楠公を賛美している。また河野天籟の律詩「大楠公」では、彼は南北朝時代の史実に基づいて楠木正成の偉業をたたえているが、その具体的内容は歴史に造詣の深い作者の性格の現われとみることができる。
ところで、これらの作品と、山岡鉄舟作の「金剛山」を比べてみると、まず作品の内容が非常に簡潔で、ストレートに楠木正成の忠誠を強調していることに気付く。ただ詩文前半では、勤皇の働きを示す具体的な事例がなく、後半になってやっと金剛山の戦いについて述べているので、從って剣舞構成としての前半は「静」、後半は「動」のコントラストで見せるのが一つの方法であろう。
さて、次に演者の役作りについて考えて見ると、一般成人に比べて幼少年ともなると、役を複雑化するよりも、楠公自体を幼少年に投影した、云わば楠木正成の子供版として構成をして見よう。先づ前奏から馬に乗った楠公が、家紋の旗をひる返して登場し、舞台を大きく回る。次に笠置行在所で天誅をお誓いした様子を、鉢巻などをはずして行儀よくふるまい、続いて扇と刀で必勝の信念を仕舞風に踊る。
以上、前半は楠公の勤皇の心象を描いたのに対して、転・結句は一転して金剛山の敵味方の様子を剣舞の見せ場とする。正成の機知による戦略は、熱湯浴びせや投石、わら人形のおとり戦法などが知られているが、人形振りをヒントにして、こうした戦いを寸描した振り付けで合戦の様子を盛り上げることも考えられる。
◎衣装・持ち道具
楠公の風格と、合戦の場面に共通するものとして、着付は黒または地味な色紋付がよく、場合によってはその下に稽古着を着用する。鉢巻やたすきは使ってもよい。扇は、金無地、天地金、または菊水紋などが使える。
詩舞
「和歌・由子の浦ゆ」の研究
山部赤人作
(前奏)
田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ
不盡の高嶺に雪は降りける
田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ
不盡の高嶺に雪は降りける
(後奏)
◎詩文解釈
作者の山部赤人(生没年不詳)は奈良時代の歌人で、自然の風景などを得意として詠んだ。万葉集にも約五十首の歌が見られるが、この歌も万葉集第三巻に"山部宿禰赤人が不尽山をながめて作った歌一番と短歌"として次のように載っている。
(長歌)
天地の、分れし時ゆ、神さびて、高く貴き、駿河なる、布士の高嶺を、天の原、ふりさけ見れば、渡る日の、かげもかくろひ、照る月の、光も見えず、白雲も、い行きはばかり、時じくぞ、雪は降りける、語りつぎ、言ひつぎゆかむ、不尽の高嶺は
(反歌)
田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ、不尽の高嶺に雪は降りける
つまりこの和歌は、富十山を讃えた長歌のあとに、長歌の要約や補足としてつけ加えた反歌としての短い歌であることがわかる。次に作品を理解するために両方の解釈を述べると、まず長歌から「天地の分かれた昔から、神々しく気高い駿河にある富士山を、遠くから仰ぎ見れば、太陽の輝きも、月の光もこの山にかくれて見えなくなることがある。白雲も流れをはばまれ、常に嶺には雪が積もっている。この雄大さを、富士山はいつまでも語りつぐことであろう」。次に反歌「駿河湾に面した田子の浦(静岡県富士市)から、広々とした浜に出てみると(又は海上に出て眺めると)、気高い富士山の嶺には雪が真白に積もって美しくまたすがすがしい」というもの。
田子の浦から富士山を望む(北斎錦絵)
◎構成振付のポイント
音楽の構成が、前奏、和歌、くり返し、後奏から成り、和歌のくり返し部分が一段と高揚して音楽的な盛り上がりを作っている。従って詩舞構成も、前半は富士山の清らかな姿をやさしい気分で.後半は雄大な姿を鮮やかなタッチで変化をつけるのも扇を使った振付には適しているが、振付の視点を例えば前者は舟を漕ぎ海上から富士山を望んだ設定、後者は白い砂浜と緑の松並木ごしに富士山を見たとしての構想にすることも面白い。更にこの視線を幼少年のものとすれば一段と効果的になるであろう。なおそれらの振付のポイントとしては、長歌に示された太陽・月・白雲などの他に、北斎の錦絵に見られる海上の波、舟、櫓。そして浜辺で漁る子供達を取り上げることが出来る。和歌の最後の「雪は降りける」を"降りつつ"と継続的に扱って雪の降る振りを見せるのは避けたい。
◎衣装・持ち道具
この和歌は新古今集では"冬の部"として扱っているように、よく澄みわたった晴天の冬の富士景色であるから、衣装の色調は、白水色、明るいブルー、グレー等、女児には淡いピンク、グリーン、黄色系が加わってもよく、調和のとれた袴で品格を守りたい。扇は無地または霞模様で、色は振付の内容と衣装との関連で選ぶとよい。