吟詠のさらなる発展のための提言 舩川利夫先生に聞く
吟詠上達のアドバイス 第53回
財団からのお知らせ
吟詠の発声法についてのテキストを作る課程で、現役の第一線で活躍している少壮吟士の協力を積極的に仰ぐべきだという舩川先生のご提案に基づき、この件を去る五月二十四日に開かれた常任理事会で検討をお願いしたところ、方法論各項目の執筆担当少壮吟士名を含め、全会一致のご賛同を得ました。これをもとに財団事務局は、それぞれの吟士の方々に委嘱状発送の準備に入りました。
船川利夫
舩川利夫先生のプロフィール
昭和6年生まれ。鳥取県出身。米子工業専門学校卒。
箏曲古川太郎並びに山田耕作門下の作曲家乗松明広両氏に師事、尺八演奏家を経て作曲活動に従事。現代邦楽作曲家連盟会員。
若くして全日本音楽コンクール作曲部門一位、NHK作曲部門賞、文部大臣作曲部門賞などを受賞されるとともに平成4年度(第8回)吟剣詩舞大賞の部門賞(吟剣詩舞文化賞)を受賞されている。
数多い日本の作曲家の中でも邦楽、洋楽双方に造脂の深い異色の作曲家として知られる。
おもな作品に「出雲路」「複協奏曲」その他がある。
また、当財団主催の各種大会の企画番組や吟詠テレビ番組の編曲を担当されるとともに、夏季吟道大学や少壮吟士研修会などの講師としてご協力いただいている。
「伴奏テープと調和」再考
臨場感ある本ができそう
本誌
という訳で、先生のご提案が実を結びました。
舩川
それはよかった。言葉はちょっと変ですが、現場の感覚がテキストに出てこないと臨場感が湧かないんですよ。理論と実際の食い違いを身にしみて感じているのは少壮吟士の方たちでしょうから。
細かい項目別に決まった担当者を見ても、なかなかいいメンバーだと思います。
本誌
直接ご協力をお願いするのは、現役吟士のうち、四分の一程度に限られてしまいましたが、他にも適任者は大勢いらっしゃると思います。そうした方々には、夏の特別研修会で予定している意見交換の場などでご意見を頂きたいと考えています。…と、これは財団からのお願いです。
舩川
少壮吟士が皆で作り上げたとなればきっといいものができるでしょう。
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本誌
二ヶ月前に先生がこの欄で「テキストはどのような層の方を対象にするのがよいか」と読者の皆様に質問しましたね。これに対し沢山のおはがきをいただきました。ありがとうございました。結果は「初心者向きに作ってほしい」というご希望が圧倒的でした。
舩川
私も実はそう思っていました。テキストはもともと初心者向けが普通なのですが、やさしく書くことが、実は一番難しい。担当される少壮吟士の方はこの辺をよく心に止めておいてください。
本誌
「初心者向けであれば、それが掲載される機関誌の購読を生徒の皆さんに勧めやすい」という、なんとも有り難いご意見がありました。
伴奏は"響き合うか"がカギ
本誌
話は変わりますが、七月ともなると各地区で吟詠コンクールの二次予選が始まります。すると宿命のように出てくるのが伴奏テープとの調和の問題です。
舩川
宿命ね。確かに、厳密に言えば、完全に解決するのは難しいことです。何故かと言えば、それまで伴奏として使われていたコンダクターではどうも情緒がない、もう少し音楽的な伴奏を使いたいということで考えられたのが今の伴奏集です。従ってこの時点では一番実行可能な方法として発足したものであって、一種の便法であることに変わりはありません。例えば絶句を例に取ってみても、何百とある吟題に対して、伴奏は十二曲しかない。元を正せばこの十二曲はそれぞれある特定の詩文の特定の節調の吟詠のために作曲されたものです。勿論、これを選ぶに当たっては詩情表現を分類し、あまり一般的でない節調の伴奏は外すとか、なるべく多くの詩文に合いそうな曲を選んだわけです。ですから、十二曲の内、これならなんとか合いそうだという曲を選ぶことから始まります。
本誌
尺八演奏家の河野正明先生がコンクール審査の総評などでよく言われる「伴奏集既製服論」ですね。だからある程度、曲を伴奏に合わせなくてはいけないと…
舩川
ええ、ある程度はね。というのは、伴奏にとことん合わせるというと、しまいには元歌というか、初めに作曲された吟詠と同じにならざるを得なくなる。つまり皆同じ節調になってしまう訳です。もちろん、理屈の上ですけれど。
本誌
すると、その兼ね合いが難しいですね。
舩川
そこで出てくるのが調和という問題です。これは時間的に伴奏とよく合うことでなくて、吟じている声の響きが、伴奏のしゃれた響きに一致しているということ。ハーモニーなどという横文字を使うと余計に判らなくなるといけませんが、皆さんがよくいらっしゃるカラオケボックスで「兄弟船」とか「孫」とかをお歌いになりますね。きょうは乗ッテルナと思ったときは多分、その伴奏の響きと歌声が一致しているときです。吟詠伴奏集の曲でも、よく聞けば乗れる響きのあることが感覚的に判ると思います。
本誌
若い人達には割合よくわかることだと思いますが。
舩川
審査員になる人には、この響き合う感じと、異質なものが混ざっている感じを是非とも感じ取って頂きたいですね。以前のようなコンダクターによる音程審査で、四分の一音の狂いを聞き分けるよりは易しいですし、芸術的ですよ。
本誌
この前の少壮吟士に回答していただいたアンケートの中でも、伴奏曲を選ぶ基準として「よく響き合うかどうか、で決める」と答えた方が何人かいましたね。
舩川
よく考えると、これは単にコンクール審査だけの問題ではなく、吟詠が現代と将来に広く行きわたるための基本ともいえそうですね。また一般的に使える伴奏の形は、これから先、もっと進化させたいと思っています。