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7.精神保健福祉啓発活動のポイント
1)否定的イメージの変更に向けて
 精神障害のカテゴリー属性を明示することとは、見えにくい精神障害というものを一定の枠組みにはめ込んで、わかりやすい形で概念的に提示し、従来の単純化された否定的な属性を変更あるいは書きかえていくことです。そして、その際に留意すべき課題は二つあります。そのことを全家連で作成した「広報 精神保健福祉[1]〜[3]」(以下「広報」と略す。全文は本書の第4章「資料」に収録されています)を例にとりながら説明していきましょう。
 
[1]身近な問題として位置づけること
 一つは、精神障害、あるいは、より広く心の健康といったことについて、できれば自分の問題として、少なくとも身近な問題として捉え直してもらうということです。というのも、自分のかかえる問題の延長線上に位置づけてもらえれば、否定的な色合いはずいぶん薄まりますし、また、先ほどもふれたように、自分とは無関係だ、すなわち、自分の生活上あらためて考え直す必要性が高くないと判断されれば、わざわざ手間をかけてまでこれまでの捉え方をあえて変えようなどとは誰も思わないからです。したがって、精神障害を見えるものにする際に検討すべき最初の課題は、精神障害の問題をいかに身近な問題として位置づけなおしていくかということになります。
 今回作成した「広報[1]」の最大の目標はこの課題にありました。そのため、そこでは、基本的に耳慣れた、そして、身に覚えのあるキーワード(たとえば「ストレス」)を用いて、多くの人々がかかえる問題の延長線上に精神障害を位置づけ直しながら、従来の捉え方を書き換えることが試みられています。
 
[2]精神障害特有の問題として位置づけること
 二つ目は、上の課題と正反対のようにも聞こえますが、誰もがかかえる問題の延長線上にある同質の問題ではあるけれど、にもかかわらず、精神障害に特有の、あるいは、精神障害ゆえに対応が必要とされる問題があるということを提示することです。心の健康を保っていくということは、誰に対してもあてはまる問題であり、精神障害をかかえる方々のおかれている状況もまた、たしかにその延長線上に位置してはいるのですが、それだけであれば、逆に、地域においてさまざまな社会的サービスが必要とされる理由を示すことはできなくなります。
 「広報[2]」は、この課題に対応しています。誰もが必要とする「こころをやすめる場」をテーマにしながらも、特に精神障害者が利用する作業所やご家族が休まる場としての家族会を取り上げているのは、精神障害をかかえる人々やそのご家族がおかれているこころが休まらない状況の一端を理解してもらうためです。
 
 このように、自分のあるいは身近な問題として位置づけてもらうこと、および、にもかかわらず固有の問題が存在していること、この二つの枠組みで精神障害の問題を提示していくことが精神保健福祉啓発活動の第一ステップになります。
 
2)直接触れあってもらうために
 ただし、この第一ステップは、言葉による広報活動であり、そういう意味では、カテゴリー属性の提示や書きかえは目指されているものの、カテゴリーに覆い隠された一人一人の豊かな個性を浮き彫りにするまでには至っていません。そうした課題は、直接触れあってもらうという第ニステップの目指すものです。言葉を通じた概念的な理解ではなく、直接一人一人に接してもらって、カテゴリーの下に埋もれた多彩な生の姿を肌で感じてもらいたいというメッセージを届けていくのが第二のステップなのです。
 端的には、接触できる場としてのイベントやボランティア活動への参加を呼びかけるということになります。そのための具体的な工夫については、次章以下で詳述しますが、できる限り間口を拡げ、敷居を低くするために、たとえば、「広報[3]」では、誰もができる活動(たとえばじっくり話を聴く)こそが、この問題にとってはとても有意義なものであるというメッセージを発しています。
 
3)地道な活動の継続
 おそらく、啓発活動が対象とする範囲は、このように、直接一人一人に接してもらえるような場を設定し、そこへの参加を呼びかけることまでなのだろうと思います。あとは、直接触れあった人たちが自らの経験をふまえて、これまでの見方や捉え方を少しずつ変えていくのを期待するしかありません。もちろん、本来であれば、伝えたいことや理解してもらいたいことは、他にも数多くあります。少なくとも、継続的な関わりの中で少しずつ学んでいってほしいとも思いますし、自分の体験から得られた言葉を身近な人々に発信してほしいとも思います。
 しかし、精神保健福祉の分野に限らず、啓発活動とは、奇妙な表現ですが、非常に「禁欲的な活動」なのだと思います。人は誰しも、たとえそれがどれほど正しい知識や理解であるとしても、他人から無理矢理教え込まれたりすることには反発を覚えるだけだからです。そのため、啓発活動それ自体は、厳選した最小限のメッセージだけをじっくり時間をかけて繰り返し伝えながら、これまでの偏見に少しでも揺さぶりをかけていく地道な活動にすぎないともいえます。あくまでも世代を越えた重みある偏見が相手なのだということを片時も忘れることは許されません。決して欲張るわけにはいかないという謙虚な禁欲的態度と、しかし、だからといってあきらめたり投げ出すわけにもいかないという覚悟にも似た粘り強さとが必要です。とりわけ、歴史的といってもよいほどの重い偏見を前にするときには、身を削る謙虚さと、あきれるほどの粘り強さとを持ち続けることがどれほど大切であるかということを、まさに自戒を込めて、思い知らされることがあります。
 
 とはいえ、もちろん、精神論だけで啓発活動を展開していくわけにもいきません。そこで、以下、まず次章では、現時点で効果的と考えられている啓発活動の方法を整理し、そのあと、これまでに行われてきたあるいは現在進行中の先進的な取り組みを紹介していくことにしましょう。








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