4.精神障害を取り巻く偏見
1)精神障害のカテゴリー化
上ではリンゴを例にして偏見の説明をしましたが、今度は精神障害者という言葉(カテゴリー)を取り上げてもう一度説明します。これはリンゴの場合もそうなのですが、精神障害者に対する偏見もまた、大きく分けると二つの過程から成り立っています。一つは、精神障害者のカテゴリー属性を狭いものに単純化する過程です。たとえば、「精神障害者とは、危険な人である」といったように決めつけてしまうことです。そして、もう一つは、ある人を精神障害者というカテゴリーに入れてしまう過程です。偏見自体は、前者にあげたカテゴリー属性の単純化の過程だけでも成り立ちますが、それが実際誰かに向けられるときには、後者の具体的な個人をカテゴリー化してしまう過程も必要になります。それによって、「誰々は精神障害者である、だから危険な人である」といった偏見が作られていきます。
2)精神障害「者」のカテゴリー化
ところで、精神障害者というカテゴリーにまつわる偏見の場合、これら二つの過程それぞれに、リンゴなどとは大きく異なった複雑な事情が背景にあります。
まず、カテゴリー属性の単純化の過程ですが、通常、精神障害者にまつわる偏見は、「遺伝(あるいは育て方)、危険、不治」といわれ、それぞれが原因(過去)、状態像(現在)、予後(将来予測)に対応しています。そして、リンゴに対する個人的な偏見とは異なり、これらの偏見は、実に多くの人々の生活や人生に直接的な影響を及ぼすものです。「原因」は家族を苦しめ、「状態像」は周囲の人々の差別行動を促し、「予後」は本人や家族を絶望させるものなのです。精神保健福祉の分野で啓発活動が必要とされる根拠は何をおいてもここにあります。
3)精神障害者への偏見の特徴
さらに、これらいずれもが薬物などによる有効な治療法がほとんどなかった半世紀以上も前の時代から形成されたものであることがわかります。すなわち一朝一夕につくられたのではなく、何世代もかけた重い歴史を背負ってきた社会的な偏見なのです。そのため、啓発活動を始める際には、これらの偏見が背負ってきた重みと根深さに圧倒されることがあります。
また、これら三つの偏見の中でも、とりわけ「危険」については、今現在も繰り返し生み出し続けられている偏った情報であるという事情があります。最も目立つのは、マスコミによる事件報道ですが、精神障害者に関して社会的に流通している情報量は圧倒的に少なく、ときおり目につくものは事件報道のみという有様なので、まさに偏った情報のみが流されているわけです。
そして、このことは偏見を作り上げているもう一つの過程、すなわち精神障害者の実像がよく見えないままにカテゴリー化しているという状況と分かちがたく結びついて、精神障害者に対する偏見を独特なものにしています。