「E・M・T」
Emergency Maneuver Training
Rich StowellのFMT (Emergency Maneuver Training) No.12
鐘 尾 みや子
第4章 ピッチとパワー(その3)
機体姿勢や速度を一時的に変化させるときにピッチとパワーの問題を考えると、状況は複雑になります。そこで、簡単な実験により、ピッチは速度のコントロールを、パワーは高度のコントロールを受け持つことを証明してみましょう。
まず、速度60mphの水平飛行から、ピッチダウンした速度100mphになるまで降下し、次いでピッチアップして再び速度60mphになるまで上昇した後、水平飛行に戻します。1回目はパワーを使わず、2回目はパワーを使って行い、降下と上昇は2回とも同じ経路となるようにします。
パワーを使わず速度60mphから速度100mphまで加速するには、その分高度を消費しなければなりません。機体に働く抗力により、降下の後の上昇では機体はすぐに60mphまで速度が落ちてしまい、再び水平飛行に戻った時の高度は、降下を始めたときの高度より低くなってしまいます。1回目のパワーなしの実験は、高度の損失という結果となります。
図4−8 パワーなしでの降下/上昇
2回目、パワーを使ってこれと同じ飛行をすると、パワーを使った降下では機体はより早く、少ない損失高度で100mphの目標速度に到達します。このとき燃料は速度を得るために消費されます。つまり、消費された燃料により、機体は100mphの目標速度に到達することができるので、その分高度を貯えることができるのです。また、パワーを使うことで、機体をもとの高度まで戻すことができ、そのまま60mphの速度で飛び続けることができます。つまり消費された燃料により、機体は高度を獲得することができるのです。
図4−9 パワーを使用した降下/上昇
パワーの有無にかかわらず、さまざまな速度での飛行は可能です。しかし、図4−9からもわかるように、パワーを得ることでさらに、高度のコントロールにまで自由度が広がります。ピッチとパワーは密接に関係しており、一方が変化すると他方に影響を与えます。
第2章「基礎空力」では、安定した水平飛行中の機体に働く4つの力の要素を考えました。ここでは、それらの力の要素を上昇/降下を含む各飛行に対応させて展開してみます。わかりやすくするため、力の要素を、飛行方向に平行に作用する推力、抗力、及び重力の分力だけに限定します。水平飛行では重力の分力は発生しないので、推力の大きさは抗力と一致します。しかし、上昇・降下においては飛行方向に応じて機体重量の分力が影響するため、推力と抗力の大きさはもはや完全には一致しなくなります。
図4−10水平飛行中に均衡する力
上昇中における力の要素の釣り合いを見てみましょう。重力の方向は常に地球中心に向かうので、この時点では揚力の方向に対して正反対の方向には働かず、機体重量の一部は分力として抗力と同じ方向に作用しています。各力の要素のバランスのとれた上昇には、抗力と、機体重量の分力を合わせた力の要素の分に打ち勝つだけの推力が必要です。例えば、80mphの上昇飛行なら、同速度の水平飛行より多くの推力、すなわちより多くのパワーが必要です。
降下では、好みに応じて重力を利用することができます。機体重量の一部は分力として抗力と反対の方向、すなわち、推力と同じ方向に作用しています。各力の要素のバランスのとれた降下には、抗力と反対方向に作用する機体重量の分力の分だけ、推力が減らされていなければなりません。例えば80mphの降下なら、同速度で水平飛行を行うより少ない推力設定、すなわち少ないパワー設定の必要があります。
これらのことから、高度のコントロールが推力の調整によって行われることがわかります。
図4−11上昇/降下中に均衡する力
(以下次号)